第二章 東京都立魔法高等学園編
16話 特級魔法師
『東京都B2地区に魔獣出現!!
階級は準一級相当、応援求めます!!』
車の中で無線を拾い、マイクを取る。
「私が行くよ。車は向かわせといて」
「承知しました」
ドアを開けて車道に飛び出し、住宅街の屋根伝いに駆ける。
「おっ、いたいた」
巨大な魔獣を見つける。
交差点で暴れ、信号を破壊する。
魔獣は太い尾を振り回し、電柱をなぎ倒していた。既に何人かの隊員が迎撃を試みたのか魔力の痕跡があちこちに残っている。
しかしどれも効いた形跡はない。
民衆の避難は済んでいるようで、
少し離れたところで匿われている。
彼女は魔獣の真上に跳躍。
そのまま片手で下へ構え、呟いた。
「【魔力弾】」
魔獣の体は縦に貫かれ、衝撃波が広がる。
抉れた地面に静かに着地する。
静寂の後、歓声が巻き起こった。
「碧隊長すっげえ!!!」
「可愛くて強いなんて最高すぎるだろ!!」
彼らが求める“強くて可愛い隊長”を演じるように。
彼女──、アオは笑顔を作り、軽く手を振った。
「碧隊長、市川隊員のお迎えが」
部下らしき男が黒い車に視線を送る。
「おぉ、本当だ。じゃあ、回収は頼んだよ」
アオは、じゃあね〜、ともう一度手を振りつつ人波みを抜けて車に乗り込んだ。
すると運転席にいた市川が口を開く。
「鬼谷総隊長に呼び出されていることをお覚えで?」
「うん。覚えてる。あー、また鬼谷さんに注意されちゃうな」
「今日は応援要請があったので仕方がありませんが、次からは気をつけてくださいね」
「わかったよ……」
「15分遅刻です」
「わかったってば」
わざとらしく頬を膨らませる。
市川は深くため息をついた。
「よく来よったな、アオちゃん。待ってたで」
「こんにちは、鬼谷さん。
それで、なんで私を呼び出したんですか?」
3年前とは違う。
鬼谷の問いに敬語で答えた。
「ここのところ、魔物の発生が増加してるのは知っとるな?? まぁ……そこである高校に依頼を受けたんや」
「ある、高校?」
「東京都立魔法高等学園、通称、魔高。
貴族や成績優秀な生徒がいる国内トップクラスの名門校なんやけど、うん、もちろんアオちゃんは知らんよな」
「知らないですね。興味ありませんでしたし」
貴族、という言葉に眉を顰めるアオ。
昔。魔物が攻め込んで来た頃、活躍した家系。
ゲームのような魔物や魔法の出現に倣い、この日本にも貴族制度が導入されていた。
しかしやはり、評判は良くないらしい。
「そこでも魔物が発生しとるらしくてな。
隊員を派遣しようっちゅうことになってん。
一応、教師に二級魔法師はいるらしいから、それ以上の階級やないとあかんのや」
「もしかして、その役目を私に……?? 二級魔法師がいるなら雑魚の討伐ぐらい簡単でしょう。わざわざ先週まで出張で沖縄まで行ってた私に頼まなくても」
鬼谷の横をちらりと見て、視線を戻す。
「派遣ついでに入隊の勧誘をしてほしくてな。
いま実力もあって潜入もできそうな隊員は、アオちゃんぐらいしかおらんのや……最短だと今年いっぱいだけで済むから。
疲れてるやろけど、ほんますまんなぁ……」
「わかりましたよ……任務でしょう。私が国防軍だと知っている人はどれくらいいるんです?」
ため息を隠さずに承知して、訊く。
「校長だけや。明日から潜入してもらうから、そのつもりで頼む。人手が必要やったら第二部隊の李口班を使ってくれて構わん」
「李口班ですか……はい、わかりました。なるべく1人で解決しますよ。話はこれだけですか?」
「せや、もう退室してええで」
「では失礼します」
アオが礼をして執務室を出た後、鬼谷の隣で気配を消していたスーツ姿の女性が口を開いた。
「アオちゃん、絶対私に気付いてましたよね」
「せやな」
面倒くさいので素早い肯定。
女性はその返答に衝撃を受けている。
「いつもなら蹴り飛ばしてくるのに!! 見逃された感じですかね?? それともスルーされた!?」
「経験からいうと後者だと思うで。晴華ちゃん」
「姉の私を無視するなんて────、うぁぁあああァああああ!!!」
「ちょ、泣かんで……!?
俺が悪いみたいやないか!!?」
「ぐすっ……アオちゃんの冷たさが……心に、刺さるぅ……っ!!」
泣き出したのは、鬼谷の秘書、
お忘れかもしれないが、碧の設定上の姉だ。
彼女はアオを保護した時、姉になりたいと真っ先に言い出し、霧山という苗字をつけた。
小さい子供が大好きな、いわゆるロリコン、のようなものである。実力はあり、坂や隊長たちの誰にも手が付けられないので、諦められて放置されている。
「あぁもぅ、どうすればええんや……。まじで、頼むから、泣き止んでくれへん?」
アオが礼をして部屋を出る時、微かに口角があがっていたのを思い出す。
それはまるで、「勝った」とでも言うように。
「あー……これアオちゃんの嫌がらせやな」
廊下を気分よく歩くアオを見て、市川は不思議に思うのだった。
翌日、疲れきった表情の鬼谷から制服とその他諸々を渡されたアオは、市川と車に乗る。
校門の前に停まると、生徒の視線が集まる。
誰だって黒塗りの高級車が校門前に停まっていたら気になるに決まっている。静かに2人が降りると、ざわざわとした空気が広がった。
「え、誰?」
「めっちゃ美人……てか、あの車なに?」
「編入生? 転校生?」
そんな囁きが、あちこちから聞こえてくる。
「目立ってるねー、そんなに制服変かな?」
アオは口元にわずかに笑みを浮かべる。
「さあ?? 俺は着たことがないので、違いがわかりません」
もちろん制服の問題ではない。
一筋の黒いメッシュが入った白髪に、青色の瞳を持つ可憐な美少女と、長い黒髪を1つに結んだ、高身長の美男が高級車から降りてきた。
騒ぐなという方が無理な話だろう。
その騒ぎを聞きつけた女性教員が駆け足でやってくる。
「霧山、さんとその保護者様ですか?
校長室までご案内しましょうか?」
「ほ、保護者……んふっ……お願いします」
アオが柔らかい笑顔で答えた。
校長室では紅茶を出してもらい、ソファに座って優雅に飲むアオ。
市川は共に出されたクッキーの香りを嗅いで一口食べてアオに軽く頷く。流れるような作業。
これも隊長補佐としての仕事。毒見のようなものだ。
「そういうのやらなくていいのに……味が落ちるよ?」
「念のためです。俺は効かないので」
「私もだよ」
小声で軽口を叩いていると、校長が1つ、咳払いをした。
「ようこそおいでくださいました!!
それで、えーと派遣の方はどちらに……?」
「私ですよ、校長。霧山と申します」
「え!?」
校長はわざとらしく驚き、市川に近づく。
「すみません、この子供がですか?」
アオは子供呼ばわりされてその笑顔が曇る。問いかけられた市川も目を細めた。
「子供で申し訳ありません。しかしアオさんは俺の上司ですし、彼女の強さは本物です」
「そ、そうは言われましても……」
「……アオさん、隊員カードを」
市川に促され、カードを取り出す。
隊員カードとは、名前、年齢、所属部隊が書かれた、いわば証明書。
ちなみにアオは表向きに作られた第一部隊のカードと、第零部隊のカードの2枚を持っている。
「改めまして、私は第一部隊所属、特級魔法師の霧山碧です。これでよろしいですね?」
「と、特級、魔法師……!????」
「はい。特級、魔法師の霧山碧です」
「碧さんを、案内して頂けますね??」
特級魔法師とは上級貴族とほぼ同等の地位を持つ。市川が少し圧をかけると、校長の顔はみるみる青く変化していき、苦しそうな笑顔を浮かべた。
「ももも、もちろんでございます!! 先ほどは失礼を致しましたっっ……で、では早速、ご説明させて頂きます!!」
「ええ、感謝します」
アオは話の途中で頭を上下させたり欠伸したりしていた。
学園やクラスについての長い長い説明を受け、クラスに着いたのが1時間後である。
──国防軍に勧誘出来そうな子、いればいいけど。
教室の前に立ち、にやりと笑みを浮かべた。
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