15話 南本誠治郎という男(後編)


「鬼人は魔物を大量発生させて目的を曖昧にしている。内通者がいる可能性があるなら、軍の情報じゃない。だとすれば以前の襲撃で狙われた……」


 雨が滝のように降り注ぐ中、1人立つ男。

 彼に襲い掛かった魔獣や魔人が、一瞬にして死体として地に転がる。


「なるほど………狙いは、アオか!!

今すぐに向かわないと……【シャドウ】」



 次の瞬間には基地の中。

 坂の前には新たな魔族が立ち塞がる。


 その数、10体。魔族は彼の細身の体を見て、明らかに下に見たようだ。


「ハッ、人間が!! 大人しく殺されな!!!」


 坂に普段の穏やかな笑みはない。ただ淡々と終わりを告げるのみ。



「僕、急いでるからさ。通してもらいたい」



 2本のナイフを構えた坂は、ナイフを遠くの魔族へ投げ、命中。


「馬鹿が!! 自分から武器を手放すとは……!!」


 遮るように唱える魔法名。

 姿勢を下げて地面に軽く触れた。



「個人魔法、影【肆天解してんかい】」



 蛍光灯の影からナイフが飛び出し、高速移動。6体の魔族の脳天を貫通させていく。

 同時に先程投げた二本を素早く回収すると更に2体の心臓付近を躊躇なく刺した。



「僕、急いでるから」



 坂は魔物を斬りつけながら基地の入り組んだ廊下を風のように駆ける。

 魔族程度では彼の一瞬の足止めにすらならないようで、大量の魔物斬り伏せていく坂。


 曲がり角。横の通路から気配を感じナイフを向けようとすると、



「うぉっ、危な!!」



 背の高く背中に長槍を背負った女性と鉢合わせた。そう、伊津だ。彼女は驚きと焦りの混じる声で状況を伝えていく。


「秀成!! 帰ってきていたのか!! どうせある程度の情報は把握しているだろうけど、いま、魔物が大量発生しているんだ。敵の目的もまだわからな……って、秀成!?」


 説明している途中であるのに横を大股で通り過ぎ去った彼を引き留めようと叫ぶ伊津だったが、遮った坂が簡潔に話した。


「敵の目的は碧だよ、理由はわからないけどね。

 碧は訓練場にいるはずだから、これから向かうさ」



「碧、だって!? わ、わかった、私も行こう」








 凝縮された魔力の塊を投げ続けるアオ。

 周囲の床を抉り、地震のように揺らす。


「は、はは……!! 修羅、まだ魔力ある??」


「あるわけないだろ!!? いやでもアレ一回分なら……」


「いいよいいよ、使っちゃえ!!! 全滅するよりはマシだしね!!!」


 修羅はアオの魔力弾の猛攻を防ぎ、相殺しながら逃げていた、その足を止める。


 掌で印を結んだ。

 彼の足元には陣が浮かび上がる。魔法陣とはまた違う禍々しい呪いに似たその紋様。


「地獄に現れし暗闇よ、今こそ我に従い、我に集いたまえ、【鬼術淀入きじゅつとんにゅう】!!」




 禁忌魔術。

 自身の体と寿命を引き換えに、半径500m以内にいる自分より弱い魔物の魔力と肉体を吸収する。



 修羅の体は変形し、魔力はよりどす黒く、肉体はあらゆる箇所から血が噴き出す。


 筋肉が異様に膨れ上がり、皮膚が裂け、そこから新たな黒い腕が生えるように伸びていく。

 彼の咆哮は耳をつんざき、空気を震わせ、修羅の近くには不気味なナニカが蠢いていた。


 未だ戦闘を楽しみ、目を輝かせる焔と反対に、アオは突如、口を覆いしゃがみ込んだ。


 魔力の読み取りに長けたアオは情報の多さに意識が混濁し、遠い昔の記憶が引き摺り出される感覚に陥ったのだ。


「ぁ、あア、あああ……」


 嗚咽を上げ、頬を伝う涙を拭うこともせず、彼女の瞳孔は大きく開かれていく。



「っ…………Μυρίζει, είναι χυδαίο, πεθαίνω, είναι αηδιαστικό, τρελαίνομαι, γιατί είμαι εδώ; , που είναι όλοι; Πρέπει να πάω σπίτι σύντομα──!!!」



 アオの声は震え、かすれた音で異国の言葉を吐き出した。

 まるで、彼女の中に別の存在がいるかのように。ブツブツと呟き始めたアオに恐怖する焔と修羅だったが、暫くすると呟きが止まり、暴走していた魔力が嘘のように霧散した。




 アオが我に返ったのだ。




「私は、何を……そうだ、南本は……」



 虚ろな瞳で朦朧とした意識のなか周囲を見回した。



「【刻円の燐火】!!!」

「死ね!! 【雷剣ライトソード】!!!」



 それを見逃す焔と修羅ではない。アオは為す術もなく呆然とする。




 死。




 そう直感するのと、アオの前に誰かが滑り込んだのが同時だった。



「【シールド】!!!!」



 反射的に張られたシールドは十分な強度を持たなかった。

 シールドは破られ、アオを抱えて回避しようとしたその人物に直撃する。

 彼のシールドを構築した左手は吹き飛ばされ、足は炎に焼かれ負傷していた。



「……よかった、間に合って。ここからは僕たちに任せて」




「坂……!?」




 アオに声をかけたのは、坂。

 隣に立った伊津も同意するかのように鬼人2体に大きな槍を向けている。



「いまさら人間が増えたところで手遅れ!! 見てみなよ、周りを!!! 君たちが邪魔するせいでこんなに多くの人間が死んだ!! 君たちも大人しく逝きな!!!」


 負傷した男と、女性。

 そして暴走して疲弊したアオ。相手は人間。


 余裕の出てきた焔が笑うが、それを一笑に伏すのは坂。



「気がつかなかったのかな。彼は禁忌魔術で強くなった気でいるかもしれないけどね。外の魔物はほとんど僕たちが倒したよ。

 あの数が禁忌魔術で吸収されてたら歯が立たなかったけど、君たち程度なら問題ないな」



 坂が冷たい笑顔で言い放つ。

 坂と伊津は、息ぴったりに魔法を発動した。



シャドウ【光なき世界】」

武器ウェポン【散弾雨】」



 訓練場内が影に包まれ、暗転する。

 その中で伊津が銃弾の雨を降らせると、水に落ちるように地面の影に吸い込まれる。



「逃げ場が、ない……!?」



 それはまさに無限ループ。


 上下に影の膜が張られ、魔力が続く限り永遠に回し続けることのできる複合魔法。

 伊津は坂の影魔法で修羅の目の前に転移し、そのまま槍を心臓付近に突き刺した。



「うあ"あ"あ"あ"あ"っ!!!!!」



 絶叫し、やがて魔術が剥がれ落ち、元の姿が露わになる。修羅がその場に崩れ、灰のように消えていく。



「しゅ、修羅まで……!? ちょっと待ってよ!」



 笑顔から一転、焔は絶望した表情で床に腰をついている。仲間二人とも殺されたのだ。

 魔法を解除し、焔の首元に槍を突きつける伊津に、焔は慌てた。



「だ、だから待って!? なんなんだよ!!! 何が起こってる!? とても、人間とは思えない!!!! ま、まさか……ありえない。君は出張だ、って……!」


「僕は坂秀成。

 それ、詳しく聞かせてもらおうか?」


「……もも、もちろんだよ!!

 言ったら、殺さないでくれるよね!?」


 その言葉に先に反応したのは、アオだ。ぴくりと眉を寄せ、目を細める。


「これだけ殺しておいて、甘えてるの?」


「……は」


「南本を殺したくせに、許されると思っているのかって聞いてるんだよ、下衆が!!!」


「南本が!? まさか、そんなこと」


「殺された……!? 碧、それは……!?」


 信じられない伊津と共に勢いよく坂がアオに詰め寄るが、アオは無言で南本の死体がある方向を向く。


「南本、さん……っ!!!!!」


 坂は南本の死体に駆け寄って床に膝をつき、静かに頭を落とした。彼の頬には涙を伝う。

 その様子を横目で見た伊津は焔に向き直った。


「とにかく、アンタは生け捕りにしよう。せいぜい、研究中に漆原に殺されないことを祈っておくんだな」






 翌日。街の人々が新年を祝う中、基地の中で犠牲となった隊員を弔った。

 国防軍の隊員は半数以下となり、戦力が大幅に減少した。



 中でも痛手だったのが南本の死亡。

 そして──、坂の引退である。



 坂は、その機動力と二刀流でナイフを使う戦闘スタイル、万能な個人魔法で、特級魔法師にまで登り詰めた。


 しかし足を焼かれ、歩くのでさえ精一杯なほどの運動能力が低下し、片腕も失った。


 普通に考えて、戦闘などもってのほかである。

 そんな状態にしてしまった罪悪感だろう。



 アオは部屋に引き篭もったまま、一日中出てくることはなかった。





「アオさん」




 そのまた次の日の朝、市川がドア越しに呼びかけると、勢いよくドアは開いた。

 市川がほっとしたのも束の間、その笑顔に強い不快感と違和感があったのだ。


「あーっ、市川!! 昨日はごめんね!! 何か用かな??」



 突然のテンションの高さに、市川は戸惑う。



(……何だこれは)



 まるで別人のような明るさ。

 昨日まで閉じこもっていた人間とは思えないほど、弾んだ声。


 乾いていて、感情のこもらないその瞳。



「本日の幹部会で、坂隊員の後任が決定しました」



 意を決するように彼女を向いた。



「第零部隊隊長は……あなたです、アオさん」


「ええっ、そうなんだ?」


「鬼人、燈蘭を討伐したのが評価されたそうです。マフィアに所属している俺はもちろん、第零部隊は元々訳アリの人材のかき集め。本来なら南本隊員が後任と言われていたのですが……。こんな状況なので、他の隊長たちが反論するまもなく決定してしまい……」


「それで私!? 雑だねー、上も」


「よ、よろしいのですか……??」


「決まったんでしょ?? …………大丈夫だよ。

 私強いし、なんとかなるから」


 その笑顔はあまりに不自然だった。

 普段のアオは、こんな笑い方はしない。


 気づけば、市川の手がぎゅっと握り締められていた。



「……今日から、隊長補佐としてあなたにお仕えします。アオ隊長」


「うん!! じゃあこれからもよろしくね」



 アオはそう言って部屋のドアを閉める。それはまるで心に大きな溝ができたようで。

 廊下に1人取り残された市川は険しい表情をしていた。



 こうして、アオは坂の跡を継ぐ道を選んだ。





 ──それから3年の月日が流れる。




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