15話 南本誠治郎という男(前編)
眼前に迫りくる、死。
他人事のように目の前の光景を眺めながら、南本は過去の記憶に身を馳せていく。
☆☆☆☆☆
15年前。
まだ国防軍ができる前。
自衛隊として魔物と戦う日々を送っていた、鬼谷と南本。彼らは、時間が空いた日によく2人で、未来について話すのが習慣だった。
そのような関係性が二人にとってかけがえのない大切なものだったから。
「南本くん、俺ぁな。
みんなが幸せで暮らせる世界を作りたいんや」
突然切り出すその話も、もう慣れた。
「そればかりだな……。そんなもの、理想論に決まっているだろう」
呆れて興味すらなさげな南本に、鬼谷は困り顔をしながらも、悔しそうに口を噤んだ。
その意味するところはつまり。そう察した南本は眉を寄せると小声で問いかける。
「それ、本気で言っているのか?」
「本気に決まってるやろ。でももちろん簡単なことやないとは思っとる……せやから………」
少し溜めを作る。まるで子供のようなキラキラとした瞳だ。
南本に笑いかけると鬼谷は彼の影に隠れるものを前へと押し出した。
「じゃじゃーん!!」
鬼谷の背後から出てきたのは警戒している様子の少年だった。明るい茶髪が、その暗い瞳にかかる。
服はぼろぼろに破れ、傷だらけだ。
何日も飲まず食わずなのか瘦せ細っていて、目の下に隈までできていた。
荒んだその瞳は今にも無差別に襲い掛かりそうな、子供とは思えない迫力がある。
「どこから出した……それで、その子がどうかしたのか?」
「親を魔物に殺されたそうでな……。襲われているところを俺が助けた。まあ言いたいのは。
子供っちゅうのは未来を創る。俺たちは子供を守らなあかんっちゅうことや」
「まあ………そうとも言えるが」
雑な説明にも納得してしまう南本に、鬼谷はにかりと笑顔を浮かべて提案する。
「それで急なんやけど、預かってくれへんか?」
「その……何を言っているんだ?? お前には……いつも脈略と理論がないな……」
急な展開に困惑する南本。
もちろんそんな余裕はないと断るが、鬼谷が人の話を聞かないのは今に始まったことではない。
長い長い説得の末、南本が折れることとなる。
「……お前、名前は?」
「坂、秀成」
少年はそう名乗り、南本が自衛隊であると知るとすぐに、戦い方を教えてほしい、と懇願した。
彼自身の両親の仇を討つために。
当然、気は進まなかった。血生臭い世界に踏み入れさせてしまうから。
しかしいつか南本が世話をしなくても生きていけるように。そう願って、戦う術を教えた。
その5年後。
坂は既に世界防衛共同戦線の創立メンバーとして幹部になり、最強として名をはせる。
一方、南本は孤児の世話を頼まれるようになっていた。
実のところ、南本は坂を国防軍に入れてしまったことを深く後悔していた。
危険な目に合わせないために保護していたはずなのに、前線に立たせてしまうのは意味がない。
それこそ本末転倒。
孤児には、自分が国防軍の隊員であることを隠すようになった。
街の不良たちの纏め役と偽り、「家」と呼ばれる施設を作った。
孤児や居場所がない子供を、ただただ保護し続けてきた。
偽りという僅かな罪悪感を抱えながら。
それでも、大切な仲間と、かけがえのない家族を守るために。
☆☆☆☆☆
(せめて、本当の事を話したかった)
今日も“家“残してきた子供達に想いを馳せる。
(もし俺が死んだら、あの子達はどうなる?? 秀成が引き継いでくれるだろうか………いや、さすがに忙しいだろうな。ああ、ならば、もう1人の愛弟子に……)
南本は視線をアオに向けた。
動けないようだ。その顔は歪み、切羽詰まっている。懸命にこちらに何かを叫んで、冷や汗を掻いていた。
(普段は無表情のくせに……何だ、その顔は)
景色がスローモーションとなって彼女の発している音は聞こえない。
けれど、南本の身を案じているのは短期間ではあるが、彼女を見てきたからわかっていた。
(叫ばないでくれ。
俺の人生は終わる……だから……)
彼の表情に衝撃を受けるアオ。それは彼女には理解しがたい心情。
恐怖、絶望、後悔。死の淵に陥った者はそんなものだと決まっているはずなのに。
彼は優しげで、
満足したような笑みを浮かべていた。
「碧、後は、頼んだ」
頭蓋骨が砕けた不快な音が響き渡り、その後静寂が訪れた。
血の匂いが充満するこの部屋で立ちすくむ少女。
アオの心にモヤモヤとした何がが渦巻く。
回転の速い彼女の脳であっても思考を硬直させるに至った。
答えが出ない。
状況が、音が、視界が、嗅覚が、壊れたコンパスのように指針を失っている。
──南本は弱かったわけじゃない。でも相手が異常だった。だから負けた。
ぐるぐると渦を巻く。頭に混濁が訪れる。
──仕方ない。いつも思っている、仕方ない事。鬼人は強くて、南本は弱かった。いや、違う。弱くはなかった。私が……認めた、師匠に値する男。
チカチカする。彼女の思考は限界を超えて、意識が闇に沈んでいくのを感じていく。
「ちょっと何してるの、修羅!?」
「何のこと……って、はぁ……!?」
女性の鬼人に叫ばれ、男の鬼人──、修羅が驚愕の声をあげる。
アオを拘束していたはずの魔法が壊れていたのだ。どうしてか急激に彼女の魔力が増幅しているのを感じる。
「なになになに、あの魔力量………!?」
焔が子供のように目を輝かせた。異常だとしか言い表せないこの光景。
沈黙の後、アオは腕を垂らしゆらりと傾く。
彼女の魔力は訓練場を包み、魔人に届く。空気を押し潰し肺を締め付けるその魔力濃度。
息が整えられない。足が強張り地面に根が生えたように体が固まっていた。
修羅は自分の手が震えていることに気がつく。
起こしてはならないバケモノを起こしてしまった────。それを悟るも、既に時は遅い。
「その気なら……本気でいくよ!!!!」
「よせ、燈蘭!!!」
意志の力で強引にも震えを打ち破った燈蘭がアオに走る。頬に伝う粘りのある汗も冷たく乾燥していく。背筋が冷たいのはそのせいであると、燈蘭は自身に暗示をかけた。
アオの間合いの内側に踏み込むが、未だ攻撃はない。
(いける!! 魔力はハッタリね!!)
その油断は、命取りだった。
燈蘭が認識するよりも先に、アオの回転蹴りが彼女の首に直撃。ゴキ、と鈍い音を立てたかと思えば肉の裂ける凄惨な姿。
衝撃が走り、燈蘭の視界が揺れた。天地が反転し、赤黒い跡を引きながら転がるソレに、修羅と焔の視線は釘付けとなる。
鮮血がアオの白い髪に飛び散った。
雪の中に乱雑に敷かれた彼岸花の花びらのように、美しくもおぞましい。
「あははっ………あと……二体……」
前髪の隙間から彼女の青い目が覗く。獲物を狩る獣のように爛々と、しかし冷たく輝いていた。
「燈蘭が……やられた? ……まさか一瞬で?」
修羅が一歩後ずさる。焔は声も出せずに無理やり笑みを浮かべていた。
魔人をも恐怖に陥れる狂気と暗い魅力。
「焔、修羅……、おいで??」
正気を失った、アオの口角が釣り上がった。
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