14話 素晴らしき雨の日(前編)


「市川ぁー」


「はい」


「暇ぁー」


「はい」


「なんとかしてー」


「……ガキは黙っていてもらえますか」



 入隊し、初任務をこなしたことで、市川の監視付きで部屋と訓練場以外の場所へ出歩くことを許可されたアオ。

 外は大雨が降っていて散歩もできなかったので、頼みに頼んで市川の執務室に入れてもらっているのだ。



「俺は仕事をしているのです。ここにいるなら静かにして頂けないでしょうか」


「だって暇だし」


「本とゲームは渡しました」


「読み終わったしクリアしたから」



「ハイスペックが……わかりました。

 あと10分我慢してください。この時間なら南本隊員がいるはずです。訓練場に行きますよ」


「やったぁ!!」



 市川は既に光のような早さだった書類の処理スピードをさらに上げ、



「行きましょうか」



 ちょうど5分後、パタンとパソコンを閉じた。



「最初からそうやればいいのに」


「何が言いました?」








 市川と軽く話をしながら廊下を歩く。


 その時だった。


 侵入者を感知したベルの音が鳴り響いた。蛍光灯が赤く変化する。

 廊下を歩いていた隊員が一瞬硬直し、覚悟を決めるような表情をする者も現れる。


 理由は、この警報音。

 市川の目が驚きで見開かれる。



「この警報は……魔人……!?」


「まさか!? また強化された基地の防衛結界を突破したの……!?」



(アオさんなら魔物と遭遇しても逃げることぐらいはできるはず……)



 冷や汗を浮かべながら簡潔に指示する市川。アオの目をまっすぐに見た。



「とにかくアオさんは訓練場へ避難を。

 俺は連絡室に、出張中の坂隊長に状況を報告しに行きます」


「一緒に行くよ。市川が1人になるのは」


「俺は隊長補佐です。心配ございません。では、お互い死ぬことだけはないように」


 市川の真剣な目を見て、アオが口を閉ざす。彼はこういう時に嘘はつかないはずだ。


 そして背を向け、訓練場へ走り出した。



「……南本、いる!?」



 到着するなり扉を殴るように開いて叫ぶ。訓練場内のほぼ全員が武器を構え、アオを見ていた。



「降ろせ。隊員だ」



 奥にいた南本がそう命じると隊員たちは安堵するように武器を降ろした。



「大方、市川隊員がここに来いと言ったんだろう。この部屋は安全だからな」


「なんで? ……あっ、防御結界!!!」



 初めて訓練場に入った時、防御結界の魔法陣が描かれていた事を思い出す。

 その時は訓練で壁が壊れないように張られているのだと思っていたが、こういう緊急時のためだったのかと改めて気がつく。



「でも隠れてるだけで何か状況が変わるわけじゃない。どうするつもりなの?」


「そうだな。報告によると、主な敵は魔人3体。

 大量の魔族引き連れているらしい。問題なのは、3体の推定階級が……特級ということだ」


「えっと、その特級って?」


「そういえば碧は階級制度をよく知らなかったか……。勇者や魔王を意味する神級の、その次に強いのが特級。魔法師に換算すると日本にはたった2人しかいないけどな。一級以上で時間稼ぎをして彼らを待つしか手はないだろう」



「……その2人って、誰?」


 静かに問いかけるアオに、南本は軽く頷く。


「伊津隊長と、坂隊長だ」


 そう言った彼の表情は、尊敬と、誇りに満ち溢れていた。









「報告ありがとう。僕の不在を狙った可能性がある。市川は内通者を洗い出しておいて」



 坂は通話を切ると、目を細める。彼の魔力が周囲に満ち、表情に怒りが滲んでいた。



「【シャドウ】」



 それは坂の個人魔法。彼は、影を操る。

 魔法を応用して基地の前まで転移した。



「これは……」



 坂はその光景に絶句する。


 空は暗い雲で覆われ激しい雨が叩きつける。


 禍々しく巨大な転移門が開かれ、そこから魔獣や魔族、魔人が転移してきていた。

 魔法の行使者本人を倒さない限り、永遠に湧き出てくるだろう。



 坂に気づいた魔物が一斉襲いかかる。

 その数、100体はゆうに超えていた。



「……まずい」




 





 訓練場にて。


 誰1人────反応できなかった。

 精々認識できたのは結界が破られたこと。



 アオの視界は一瞬にして赤に染まった。



「……え」



 訓練場内は血で染まり、大半の隊員は原型を留めないような姿で地に転がっている。目の前で、咄嗟にアオを護った南本の土魔法が崩れ落ちるのが見えた。



 その3体が訓練場へ入った時、空気が歪む。

 まともに息もできないほどの重圧。



 以前、敵意なく侵入してきた悪魔・フォラウスとは違った。彼らが確実に──、


 自分達を殺そうとしているのがわかる。



「あれあれあれー!? 弱すぎない!??

 人間ってこんなに弱かったっけ!?」



 少年の姿をした無邪気な魔人、焔。



「もう、言わないでよ。萎えるでしょ」



 女性の姿をした魔人、燈蘭。



「あーあ、生き残ったの2人だけかよ」



 態とらしくため息をつく男の姿の魔人、修羅。



 3体とも頭に角が生えていることから、魔人。その中でも、最上位三族の内の一柱。


 鬼人族であると推測できる。



「……何の用だ」



 南本は低い声でそう言い、睨みつける。



「君、薄情だなぁ!! 部下が殺されたのに冷静すぎるでしょー!! いいよいいよそういうの!!」



 素晴らしい劇を見て歓声を上げるように。

 自分の好きなものを見て、ただ興奮し声を上げるように。



「僕は、そういうのだぁ〜いすき!!!」

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