10話 最悪の架空(後編)

 部屋から出ると、そこは入室した場所とはまた違う場所らしく、一次試験突破人数が76名に対し、現在はたったの10名しかいなかった。


 顔見知りを発見したアオは即座に声をかける。



「那原。お疲れ様」


「碧。遅かったね、待ちくたびれたよー」



 彼は軽く手を振り、彼女の体を見て目を見開く。先程とてつもない戦闘能力を見せつけたアオが怪我を負った事に対して、だ。



「その、怪我は?」


「はは……私も力不足だったみたい。

 大したことないよ。そうだ。佐々木と天陵、それと兼得はまだ?」


「うん、まだ誰1人来てないよー」


「へぇ」



 端的に答え、那原から視線を外す。

 アオの表情はどこか不安そうで、心配しているかのように見えた。那原はその様子を一瞥すると、アナウンスに耳を傾ける。



「試験終了です。見事実技二次試験を突破した12名の皆様、お疲れ様でした。これまでの試験で負傷された方は、治療室までお越しください」



 結果として後から出てきたのはたった2人。



 ──つまり佐々木、天陵、そして兼得は……。



「もしかして寂しいの?? 碧」



 治療室で治療をしてもらっていると、唐突に、隣で治療されていた那原がアオに問う。彼女は、まさか、と首を振り目を伏せた。


「確かに見込みがあったから残念だけどね。

 失格になったなら、仕方ないでしょ。

 ……まぁ、あの3人がそう簡単に落ちるとは思わなかったけど」



 そう呟きながらも、アオはなぜか一度だけ、ドアの方を振り向いていた。見て見ぬふりをして那原は軽薄に笑う。


「ドライだね〜」


「そっちこそ。それより、那原も怪我したの?

 大丈夫? いや元気そうにはみえるな」


「僕も力不足だった……というか、何回も言うけど元々戦闘向きじゃないからさー。最初は筆記からにしようとしてたんだけど、実技の方が面白いって聞いてたから。ほら僕、準一級魔法師だからいけるかなぁ、みたいな」


「そういえばそうじゃん。階級って数字が小さい方が上なんだよね? これ準二級から受けられるんだったよね? え、準一級のどこが戦闘向きじゃないっての?」


「なんでだろねー」


「は?」



 疑問をぶちまけたアオに対し、笑ってはぐらかす。癇に障ったアオが何度か絡むが軽く流されるだけだった。

 治療が終わり治療室を出ると、ゴォんと機械が動いたような音がした。それは壁の方から聞こえてきて、アオは思わず耳を塞ぐ。



「ではこれから、実技試験に移動します!!」



 何かが起こると予想する一同。


 アナウンスと共に、部屋が動く。

 というよりも部屋ごと上昇していった。


「エレベーター式なんだ……」


 参加者全員がアオの呟きと同じことを心の中でツッこんでいた。






 国防軍の筆記試験では、


 魔法を理論的に分析する、魔法理論学。

 魔法や魔物を研究した歴史、魔法科学史。

 国防軍が使用する武器を造る、理工学。

 戦闘時の判断力が試される、戦術学。

 医療に関する知識を問われる、医学。


 主に5つの科目がある。


 その全ての合計点数が合格点を上回れば、

 筆記試験突破と看做されるのだ。



 総合500点満点で、合格点は380点。



 全ての科目で高得点を叩き出さなければ合格はない。



 ──まあ、落ちはしないだろう。



 アオはため息をついて、タッチペンを置いた。







 試験の合否は実技試験における担当試験官からの評価と、筆記試験の点数を踏まえて判定される。それを決めるのは国防軍軍長と、入隊試験の運営を任されている第一部隊だ。



「最後は……試験番号1001番……。

 これが例の、坂隊長の推薦者か……」



 立派な顎髭を蓄えた強面の試験官が呟く。



「せや、霧山碧っちゅう子供やな」


 対して答えたのは関西弁を話す女性。


「性格はまぁ置いておいたとしても、戦闘面ではこれ以上ない逸材。試験前から私の視線に気づいとったようやし、ほんま驚きましたわ。坂隊長が言うんやからそれは分かりきった事やし、性格も、マトモな子はけぇへんやろけど」



「あの部隊は我らの最高戦力であると同時に、最も例外で危うい部隊である。決して詮索などしてはならないのだ。分かっているだろうな、第一部隊副隊長殿」


 鋭い眼光が彼女を刺す。

 そんな視線もへらりと躱すその女性。


「もちろんですぅ、東江あがりえ軍長殿」



 明るく答えたのは、第一部隊副隊長でありながら、今回アオの班に潜入し担当試験官を命じられた、諸橋歩だった。



「では問おう。副隊長殿は此奴を国防軍に入隊すべきだと思うか」



 部屋が静まり返る。

 他の試験官である隊員も固唾を飲み様子を見守っている。流れる緊張。




「いいえ、入隊すべきではないと思います」




 諸橋は、笑顔を消し、そう言い放ったのだ。


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