9話 魔獣との戦い(前編)


「とりあえずまずは、情報共有といこっか〜」



 軽々とした口調で那原が話し始める。



「「はーい」」



 アオと佐々木が口を揃えて返事をした。



「なんでこの人たち、こんなに楽しそうなんですか……?」



 兼得が半ば呆れながら疑問を呟く。



「僕に聞くな」


「そうですよね。ごめんなさい」


「そうですよね、とは何だ」


「兼得、周囲の警戒〜。で、天陵は兼得の邪魔するなよ?」


 アオから少し圧がかかる。


 同盟を組んだ後、すぐに情報共有をすることとなった。交渉事や会議に向いていないと判断された兼得、天陵はアオに見張りを任されたのだった。



「じゃがいもはないが?」


「邪魔、って言ったんだけど……なんでそう聞こえるの。ほんとにバカだよね、君たちの班員は……」



「「めんぼくないです」」



 佐々木と那原の声が被る。



「ん"ん"っ、遊びはこんくらいにしてー、本題に入ろうと思いまーす。僕たちはダンジョンの入り口に浮いていた鍵を発見して手に取ったところ、ここに閉じ込められましたー。機械音声が聞こえたから試験のシステムだろうね」


 那原がわざとらしく悔しそうな表情で話すと、佐々木が言葉を引き継いだ。


「その声が言うには、最下層にある鍵の試練を受けて見事突破したら脱出できるらしい。

その鍵の試練の部屋には大きい魔獣がいて、もし歯が立たなくてもまた挑戦できるように出入り自由になっていたんだ。俺たちの班には攻撃型がいないから攻撃が効かなくて」


「なるほどねぇ……。弱点とかあるの?」


「たぶん、額が弱点かなー。攻撃がたまたま額に当たった時、今まで認識もされなかった僕たちがようやく狙われ始めたから」


「防御はできたけど、あれ以上いたらヤバかったよな」



 佐々木がそう補足し、他の2人も思い出すように頷いた。ジト目になるアオだが、気を取り直して口を開く。



「認識もされないってどんだけ弱いの。

ま、それで解決するなら簡単かもね。こっちは君たちと真逆で、2人共、攻撃特化だから」


「おおっ、それは頼りになる」


「どのぐらい戦えるのかは試練の部屋までの魔物で確認すればよさそうだねー。碧は見たところ心配なさそうだし、あの魔獣とも正々堂々、勝負に引き込むことができるはずさ」



 それから、アオたちはすぐに行動を開始した。

 試練の部屋につくまでに多くの魔物に襲いかかられたが、その全てを兼得が討伐。



 それも毎度一瞬でこなしてみせた。



「いや……強っ」



「その歳で俺たちと同じ準二級魔法師ってのはほんと伊達じゃないな……」


「あ、ありがとうございます!!!」



 年上2人に褒められて嬉しそうな兼得。



「えらかったね。よく頑張った」



 アオが肩を軽く叩いてそう言うと、彼は顔を赤く染め頭から湯気を出して俯いていた。せっかくの高い戦闘能力が勿体無い。



「い、いえ、それほどでも……」


「やっぱ熱あるんじゃないの? 休む?」



 何かを察した佐々木が兼得を強引に自分に引き寄せ、にやにやと笑っている。



「この子なら大丈夫だろ。熱はなさそうだし、ま、色々あるよな」


「そうです!! だ、大丈夫です!!」


「はぁ? まあそう言うなら、いいけど……」



 アオは、はぐらかされたと感じて、少し不機嫌になっていく。知らない所で話が進んでいるのは、何か癪だ。



「それで、本当のとこ、どうなんだ?」



 小さな声で佐々木が兼得に小さな声で聞く。



「なな、なにが、ですか」


「碧のこと、好きなんだろ?」



 佐々木が彼の顔を覆っている手を剥がすと、目を逸らしている。



「べべ別に、そんなことは……」


「ふーん? そういうことなら、試練でも良いところ見せなきゃな。俺たちも協力してやるよ。そうだろ?」



 兼得が後ろを振り向けば、ノリノリらしい那原と、強引に参加させられたような天陵が、小さく親指を立てていた。



「何バカなことしてるのかわかんないけど、ここが試練の部屋であってるよね?」



 アオが目の前の扉を見ながらそう那原達に聞く。見たことがないほど重厚感があり、いかにもダンジョンのボス部屋といった場所。


 怪しい魔力がその部屋から溢れ出ている。


 その奥からは不気味な低音のうなり声が微かに聞こえ、全員の体に重圧がのしかかる。



「今度こそ、だな」


「そうだねー。作戦に穴はないし、助っ人もいる。大丈夫でしょ」


「絶対負けねー」



 3人それぞれが、決意を語る。



「入るよ」



 アオが足を踏み出すと、大きな音を立てながら扉がゆっくりと開いた。



 ──「まずは散開して魔物を混乱させ、動きを鈍らせる。その後は碧、凪。2人は自由に魔物を攻撃してほしい。僕たちがそれを援護するから。魔獣は大型だけど、2人なら額に直接攻撃できる程度だよ。とにかくそこに攻撃を叩き込もうと思ってる。それから──」



 那原の作戦が頭を巡る。



──良い策士だ。階級の平均はよくわかんないけど、さすが準一級だな。



 アオがのんびりと考えていると、耳を刺す咆哮。中にいる、大型の狼のような魔獣の威嚇。

 黒く深い体毛に覆われている。その魔獣は軽く見積もっても、20メートルはゆうに越しているだろうと予想できた。



「全員散開!!」



 アオの合図と共に、4人は魔物の周囲に回り込んだ。アオが魔獣を引きつけるため周りを走っていると、


 ────時間が止まった。



「グオオオオオオオオ!!!!」



 そう感じた次には、魔獣が叫び声をあげていた。兼得が足を切り裂いたのだ。



「す、すみません、浅いです!!!」



「いや上出来。次は私やるから下がって!」


「はい!!」



 戻ってきた兼得に、すげーよお前、と佐々木が声をかけ、シールドを施す。



 佐々木は防御特化の【空間固定】の個人魔法を持つ珍しいタイプで、名の通り空間をその場に固定できる。通常のシールドの10倍の硬度、そして広範囲に展開することができるのだった。



「ああ。良く働きだった」



 そう話すのは天陵。

 回復特化の【超回復】の個人魔法で、攻撃はポンコツだ。今回彼は兼得の体力を回復させる役割を担っている。



「良い働き、だぞ」



 直後、轟音が響いた。

 何事かと魔獣に目を戻すと、大きい魔力の塊が直撃し、魔獣の片足の膝から下が吹き飛んでいた。



「えっ」



「一回じゃ両足削れない、か……風魔法!!」



 びゅん、とアオの腕が空をきると、もう片方の足が爆風と共に吹き飛ばされる。



「結構やるとは思ったけど、こんなの、あの子1人で事足りるんじゃないの……?」



 那原は唖然とした表情で硬直。



「みみみ、見ましたか皆さん!!

 霧山さんはすっっっごいんです!!!」



「いや凪もやべーからな?」


「兼得!! 突っ立ってないで額に攻撃!!!」


「すみません、霧山さん!! いま行きます!」



 壁を使って跳躍し、魔獣の真上に跳んだ。

 また時が止まる。勢いよく魔獣の額から血が噴き出した。雨のように降る返り血を浴びながらアオは思考に入っていく。



 ──やっぱりこれは……兼得の個人魔法か。



「時を止める魔法……ってとこかな」


「凪!! 危ない!!」


 天陵が叫ぶ声でアオは現実に引き戻される。


 兼得が着地した背後に魔獣がいた。

 魔獣が手を振りかざし、そのまま兼得に向かって振り下ろそうと──。



「ひっ……」



 終わった。


 そう感じたのに何秒待っても衝撃は来ない。



 兼得が恐る恐る目を開くと、彼に背中を向けるようにして兼得を庇う天陵の姿があった。

 天陵の前には少し離れた場所から支援された佐々木のシールドが張られている。



「天陵、さん……!?」


「………すまないが、僕ではない」



 彼は視線を魔獣、いやその前に立つ彼女に向ける。彼女は痛みを耐えながら大きく咳き込んだ。



「この駄犬……が……」



 魔獣と天陵、兼得の間に滑り込み、身を挺して守っていた。魔獣の大きく太い爪はアオの肩を貫通し、赤を滲ませる。



「霧山さん……!!!?」



 目を見開いて愕然とする兼得が、悲鳴に近いその声で彼女の名を叫んだ。

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