7話 ホンモノのバケモノ(後編)
氷山に向かうにつれ、肌を刺すような冷たい風が吹き荒れる。
地面は凍てつき白く氷が張る。
しかし氷は不安定で、踏み出すたびに微かなきしみをあげていた。
吹雪で視界もあやふやで、諸橋は遠足気分とでもいうように軽い足取りで歩いているが、斗根、兼得は前を歩くアオについていくのがやっとの状態なのだった。
「ちょっ、諸橋さん、なんでそんな元気なんですか、僕、凍え死にそうですよ」
「わ、た、しも、凍えそう、です」
「こんくらい屁でもない。昔、二級魔法師の資格取る前に、こういう訓練されられたことがあるんや」
「よく生きてましたね、それ」
「せやけど、魔法を応用すればこの程度の寒さはなんとかなるで……ほら、炎魔法」
諸橋がそう呟くと、2人の周囲に薄く暖かい空気の膜が広がった。斗根が驚きの声を上げる。
「知りませんでした、こんな魔法があるなんて」
「これって、相当魔力を制御できなきゃ無理なやつですよね……さすがは、二級魔法師……」
準二級と二級魔法師。
準二級魔法師でも十分な実力だが、二級魔法師の試験はさらに過酷。
魔法がそれなりに使えても、強靭な精神力も必要となり、不合格となることも多い。
二級魔法師より上の階級を持つ者は、一般的に見れば人間の域を超えていると言っても過言ではないほどに、その境の壁は分厚い。
「しかしほんとに猛吹雪……。
霧山さんもよく平気でいられますね……」
「別に。普通だよ」
アオはただ静かに前を見据え、冷気を意に介さないように進む。その姿に諸橋は、何か得体の知れないものを感じざるを得なかった。
「隊長……こいつは何者なんや」
突如、アオは何かに気がついたように後ろを振り返り、
「伏せろ!!!」
そう叫ぶや否や、兼得を地面に引き倒した。
次の瞬間、1発の銃声が鳴り響く。
その弾丸は斗根の腕を貫通し──、
バンドを撃ち抜いていた。
「痛ッ、あ"あ"あ"あ"あ"ッッ!!!」
彼女は、血が溢れ出す腕をもう片方の腕で抑えながら、膝をつき、崩れるように地面に伏した。降り積もる白い雪に真っ赤な跡が滲む。
苦悶の表情で絶叫し、息を荒げる斗根。
[44班、0932番。バンド紛失により、失格]
機械音声が聞こえると、破壊されたバンドが魔法陣を映し出し斗根を囲む。
「待って、まだ、!! 私は──」
言い終える前に眩い光が魔法陣から発され、彼女は強制的に転移させられた。
「霧山さん!!! 斗根さんが……!!」
兼得が叫ぼうとすると、アオがその口を塞ぎ、自身の口元に指を立てる。
「君も失格になりたいの? この馬鹿。まだ近くに気配がする。相手が狙撃銃を持っている今、音を立てるのは危険だ」
「ご、ごめんなさい」
「霧山の言う通りやね。
ここは私の出番や。2人は隠れとき」
諸橋がアオ、兼得を庇うように立ち上がる。それが彼女の様子に気分を害したのか、アオが薄笑する。
自分より弱い者に守られるのは嫌いだ、と。
「へぇ? その魔力で私を守る気なの? とても正気とは思えないけど……君、頭大丈夫?」
「別に私は喧嘩腰なわけじゃないんよ。コイツがやっとることは、試験とはいえ、立派な犯罪や。
正義が悪を罰せずに誰がやる言うん?」
「……正義? 何の話?」
アオが怪訝な表情をする。
「堪忍した方がええでー、スナイパーはん!!
5秒待ったるから、はよ出てきな!!」
吹雪の中に時々うっすらと見える影。銃口を構えたその姿は計算された動きを見せている。
誰も、出てくる気配はない。
5秒、と数え終わった諸橋の表情が、真剣なものへと変わった。瞬間、彼女の姿は消える。
銃を持った女性がアオの方へ雪を撒き散らしながら飛ばされてきた。
「クッ……!!? 今、何がッ!!?」
その女性は体勢を整えながら叫ぶが、諸橋にどこからともなく取り出した手錠を素早くかけられてしまった。
「第壱部隊潜入班、諸橋歩や。
銃刀法違反でお前を逮捕する!!」
「潜入班……!? 噂で聞いた事があります!! 入隊試験に参加者として班に潜入し、加点減点をしていく隊員がいると……!」
兼得が早口でアオに話す。
「兼得。君、国防軍に詳しいの?」
「ま、まあ……。
元はただの国防軍オタクですし……その姿に憧れて、僕はここにいますから」
「物知りやなぁ、ええ事や。……こいつを引き渡さなあかんし、国防軍ってこと、バレてもうたしな…。私はここらでお暇しよか」
諸橋は軽々しく、そう告げる。
それはつまりこの班を抜けること。
「……え」
兼得は蒼白になり、声も出せない。
対するアオも険しい表情を浮かべ、諸橋を睨みつけていた。
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