6話 入隊試験


 気がつけば、特訓開始から一か月が経ち、窓の外を見れば煌びやかな装飾が見える。



 それもそのはず。

 今日はクリスマスイブである。



 基地の長い長い廊下も、部屋から訓練室までの道のりも、もう馴染んでしまった。

 もっとも、それ以外の場所を彷徨くのを禁止されているだけなのだが。



 入隊試験の日。



 市川に連れられて試験会場に向かうと、

 既にたくさんの入隊希望者が到着していた。



「うっわ、こんなに……」


「ええ。国防軍は日本の最高峰の砦。

 国民の憧れでもあるのです」


「で、なんで坂は来ないの?」



 手を腰に当てるアオが、地面を軽く蹴りながら不満げに尋ねる。



「坂隊長はアオさんが思っている以上に有名なのですよ。それも国民の殆どが知っているほどに。軽々しく人前に出られないのです」


「それほんとなの??」



 訝しげに市川を見るアオ。



「ともかく、アオさん。

坂隊長にも釘を刺されていると思いますが、試験以外で他の入隊希望者と揉め事を起こさないこと。魔法を無闇に使わないこと。そこは必ず守って頂きたい」


「わかってるよ、しつこいなぁ」



 彼女は不機嫌を隠そうともせずに、ぷいと顔を背けた。長いため息をつく。



「受付はこちらでーす」



 書類を持ち、そう叫ぶ男性に気がつき、市川がアオを向いた。



「どうぞお気をつけて。

 俺は、アオさんの合格を信じています」


 笑ってはいない。祈るわけでもない。

 彼は至って通常通りの表情。本気で、アオが合格すると信じているのだ。



「うん、任せて……行ってくる」




 試験会場の入口へ一歩、踏み出した。









 市川と別れ、受付を終えたアオ。自分の名前が書かれた受付用紙を手にして周囲を見渡す。


 緊張や不安、そして少しばかりの期待を込めた会場の独特な雰囲気は嫌いじゃなかった。


 視線を感じる。


 それがどの辺りから来ているのか見当はついていた。その気になれば人物を特定できるだろう。



「揉め事を起こさない……って言われたしな」



 すぐにでも煩わしいその人物を捕らえたいが、坂と市川に言われたその言葉を呟く。

 背中に刺さるような感覚を無視するように、正面を向いたその時。



「お前、試験受けんの初めてやんな?? どっから来たん?? 私、大阪から!!」



 関西弁の女性。


 明るい色のジャージを着て、小さな鞄を持っている。高めの声で、まるで旧知の仲のように話しかけてきた。



諸橋モロハシって呼んで!! よろしゅうな!!」



 ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべながら、無理やり肩を組んでぐいぐい距離を詰めてくる。


 坂が来ない苛立ちも、ずっと突き刺さる視線の気持ち悪さも、全部が胸の中で渦を巻いていた。そんな時にこの騒がしい諸橋だ。



 眉をひそめ、苛立ちを隠さずに諸橋を見る。



「えっと、何か用?? お喋りしたいなら他所を当たってくれないかな?」



 キツくそう言い放つ。ほぼ八つ当たりである。



「わーっ、塩対応!! なんかあったん? 私でよければ話聞くで!?」


「よくない。別に聞いてほしくない」


「いやいや、そんなん言わんと!!

 せっかくやし仲良くしよや!!」


「嫌だ」



 何がせっかくというのか。

 組まれた腕を強引に振り払う。彼女の笑顔はまるで気にしていないようで、アオは心の中でため息をつき視線を逸らした。


 そこで勝手に受付用紙を覗き込んだ諸橋が喜びの声をあげる。



「試験室も同じA室やん!! 運命やな!!!」


「まじで……?」


「ほな行こ、遅れてまったら大変やからな!!

 先輩の私が案内したるで!」


「ちょ」



 ちょっと待って、とアオが言う前に腕を掴まれ、彼女はそのまま試験室に引っ張られた。








「よくお集まり頂きました。ここに集まっているのは準二級以上の階級をお持ちの魔法師。

 皆様優秀であることに間違いはありません」



 ──階級って、何。



 アオは疑問に思ったが、全員が知っているようなので質問するのは憚られた。




 魔法師の階級は九段階に分かれる。



 五級、四級、三級、準二級、二級、準一級、一級、そして特級と、最上位の神級。



 五級が専門学校の学生レベル、四級が1人前の魔法師。そして、準二級以上は国防軍や国家機関で働く者が多くを占める。


 ちなみに勇者や魔王に匹敵する者のみが到達できる"神級”は、この日本に1人しかいない。


 準二級魔法師とは、いわばエリートで、本来国防軍の入隊試験に参加するにはその資格が必要、なのだが──、アオは坂によって免除されている。





「国防軍が欲している人材には実力は不可欠です。なにせ国民を守る仕事ですから。

そこで皆様には、実技試験、筆記試験を行って頂き、それを総合して担当の試験官が定めた点数により合否を決定します。

A室0001から0500番は右手の筆記試験から。

0501から1001番は左手の実技試験からお進みください」


 試験内容を告げられると、周囲から微かなざわめきが聞こえた。

 アオは自分の力を試すことのできる興奮と、モヤモヤと渦巻く苛立ちで複雑な気持ちになる。



 彼女は自分の受付番号を用紙をみて確認した。



「1001番……実技試験、か」



 やっと諸橋と離れられる、と思い彼女を見ると、なぜかにやにやと笑っている。


 これもアオは勝手に坂により決められていたので知らないが、参加者は事前の志願書に、筆記試験と実技試験のどちらを先に受験するか選択する項目がある。

 その選択した試験を突破しない限り、次の試験には進めないらしい。


 よって、自身の得意な方を選ぶものが多い。

 諸橋が笑顔でアオを見た。



「私、0998」



「……嘘でしょ」




 




 実技試験は4人で一班になり、会場の部屋の中に作られた森に軟禁される。


 制限時間は3時間。


 そこから脱出するための出口と、森に隠された鍵を探し出すことが試験内容である。


 見事脱出できれば実技一次試験を突破できる。全部で125組(1つは5人班)あるのに対し、鍵は20個しか隠されない。




「つまり一次試験を通るのを許されるのは20組だけ……しかも早い順、ですよね」



 そう推測するのは20代前半の女性。

 アオと同じ、44班のメンバーだ。


 半ば強制的に諸橋と同じ班に入れられ、残りの2人も適当に連れてきたのだ。アオの機嫌は更に悪くなっていく。



「私、諸橋!! 20歳で、二級魔法師やで。入隊試験受けんのは3回目や。みんなよろしゅうな!」


斗根優奈トネ ユウナです。24歳で、準二級魔法師。試験は2回目です。よろしくお願いします」



 冷静に分析していた真面目そうな女性。

 髪は茶色で長く、目元は優しげだ。



「僕は、兼得凪カネトク ナギ。15歳、準二級魔法師です。初参加です……。よ、よろしくお願いします」


 赤みがかった髪色の少年が目を泳がせながら遠慮気味に言う。彼の手元は震え、緊張しているのがわかる。


 アオは斗根が推測した言葉に何か引っかかっていた。静かに目を閉じて考え込んでいると、突然勢いよく諸橋に背中を叩かれた。



「なっ……」



「なに緊張してんねん、しゃーないのぉ。

ほら、みんな自己紹介終わってもうてん。あとはお前だけやで!!」



「……霧山碧、帰国子女」



 アオは簡潔に、坂に作ってもらった戸籍通りの自己紹介をする。



「それ以上、君たちに言うことはない」



 彼女の中では考え事を中断されたことによりストレスが膨れ上がっていた。呼吸を乱さないように努め、鎮める。



「ノリ悪いやん〜。

やっぱなんかあったんとちゃうか〜??」


「あ、あの、あまり刺激しない方がいいのでは?気分が悪そうに見えますし……」



 兼得が萎縮しながらそう諸橋に声をかけた時。アナウンスが流れた。



「他班への攻撃は自由ですが、もちろん殺人は失格、受付用紙と共に配った手首のバンドを紛失した場合も失格となります。

これは注意点ですが、鍵で部屋を出る際に3人以上揃っていない場合は脱出できません!! では……お気をつけて」



 それが合図なのだろう。壁や床から魔法陣が浮かび上がり、受験者全員が──、





 転移した。





「ん……」



 アオは気を失っていたようで、目が覚めると同時に周囲を警戒しながら飛び起きる。

 辺り一面木で覆われていて、アオの近くには3人の班員がいた。皆気絶しているようだ。



 ──まずは情報を集めなきゃ。



『自分の現在地がわからない時、1番初めにするべきことは、情報収集だ。情報を手に入れるために有効な魔法は』



 南本との特訓を思い出し、魔法の名を呟く。



「【魔力感知】」



 青色の瞳が黄へと変化した。アオの視界が広がり、魔力の流れが手に取るように視える。


 並の魔法師では半径数百メートルの感知が限界だが、アオは遥か昔からこの魔法を使っていたのかと思うほど慣れていた。



 南本と特訓したおかげで、アオの魔力感知の範囲は、半径2kmに及ぶ。



 よって、この森全体の把握など造作もない。


 彼女がいるのは森の北西で山間部。

 思考を遠くへ向けて出口を探していると、アオの200mほど手前で魔力が乱れているのがわかった。



「人数は8人。二つの班が協力しているのか」



 彼らはこちらの様子を伺っているようだった。


 武器は持っているので攻撃の意思があるのは明白。しかし自分は敵に気付いているのに、揉め事を起こしてはいけない。


──手を出せば後で問題になるかもしれない。でもこの状況じゃ動かない方が危険だ。

ならこれは正当防衛と認められるのでは?


 そこまで考え、握りしめた拳が小刻みに震える。怒りが胸の奥で煮えたぎり、ついに耐えきれず限界に達す。



 ──坂も、諸橋も、この煩わしい敵も。



 アオは全身の力を込めて叫んだ。




「ほんっと、うぜえーーーっ!!!!」




 音が鳴るかというほど腕を空高く上にかざす。アオから大量の魔力が溢れ出し、その全てが彼女の手のひらへと集まっていった。




「あれ、何が起きてんの……?」



 アオが1人起きているのを発見したその女性は、思わず呟く。双眼鏡を目から離して顔を青ざめさせる。



「1人なら大丈夫って言ったのキリカじゃん!

 何あの魔力!! やばくない!??」


「ここまで離れてるのになんで俺たちに気づいてるんだよ、あのガキ!!」



 アオが8人の方向に手を構え、魔力を収束させていく。そして無詠唱で唱えた。



 ──【魔力弾】



「更地になれ───っ!!!」



 放たれた弾丸は地面や木を抉り、一直線に破壊していく。



「シールド、シールド張らなきゃやべえって!」


「俺も手伝う!!」

「僕も!!」


「「「【シールド】!!!!」」」



 8人分の魔力がこもったシールドと、アオの魔力弾が激しく衝突する。


 シールドに亀裂が入り、ひびが音を立てて広がった。次の瞬間、爆風とともにシールドが粉々に砕け散り、敵が吹き飛ばされていく。



「嘘だろ、!!?」



 アオは追い討ちをかけるように、彼らの元へ駆け、既に倒れている敵の前に立った。




「あははっ、君たち、あーそぼ?」




 どす黒さを含む笑顔に、班長のキリカは恐怖する。しかし、もう一班を巻き込んだおかげで引き返すことは不可能。


 冷や汗をかきながらもナイフをアオに向けた。



「わ、私は!! 二級魔法師よ!! 16回もこの試験に参加したの!! 子供なんかに負けはしない!!!」



「それ16回も不合格になってんじゃん。弱すぎ?」



 アオはナイフなど意にも返さず、煽る。その言葉に、キリカは地面にしゃがみこんだ。



「そう、なのよ………」


「キリカが落ち込んじゃったじゃないか!」

「ゆ、許さねえぞこのガキ!!」



「茶番かっ!!」



 そこからアオは単純な体術で伸し、他の班からの刺客を全員倒して敵のバンドを外した。


[15班、102班、9班、68班、123班。

74班の0510、0514、0897、0635番。

バンド紛失により、失格]



 アナウンスが流れる中、山積みになった敵の体の上で清々しい伸びをする。



 その表情は、気持ちの良い満天の笑み。




「あーっ、すっきりした」




 チームの事は、既に忘れられているのだった。

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