5話 生命のエネルギー(後編)


「お前は強い。特に魔力操作は超一流だな」


「えぇ……」



 褒められているはずなのにアオは期待外れというふうに眉を寄せる。強くなるために来たのだ。今以上になれないと、意味がない。



「強いて負けた理由を挙げるならば…、攻撃手段の少なさだな。たしかに、俺が魔法を教えるのが早そうだ」


「おお、やっとか!! どうやるの!!?」



 待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて身を乗り出すアオ。制御できていない魔力が体に溢れる。



「待て待て、おちつけ」



 南本は苦笑しつつ、真剣な表情に戻った。

ふむ、と顎に手を当ててアオを向く。



「お前、さっきの魔力弾は独学か?」


「独学、というか昨日読んだ本に書いてあったからさっき初めて撃ったよ」



 当たり前のように話すアオ。


 南本は固まった。彼は、あり得ない物を見る表情でアオに指を指す。



「初めて、だと!? なんでそれで出来るんだよ、おかしいだろう!!」


「いやだって……できたし」


 南本は呆然としていたが、アオにとっては通常運転なのだろう。そう思い気を取り直して頷いた。


「っ、そうか。……独学なら、はじめから教えよう。この辺は魔法学院で習うところだがな。ではまず、魔力とは何か」



 彼は軽く息をつきながら語り始めた。



「まず初めに、魔力とは生命のエネルギーからできていると言われている」


「生命の、エネルギー?」


「そうだな……。怒り、苦痛、愉悦──」


「強い感情はエネルギーとなる。もっと言えば、生きているだけでエネルギーは発生している。それを認知して意識的に操れば、魔法として具現化できるということだ」


「へぇ……!! つまり本気で望めば、どんな魔法でも使えるってこと??」


「微妙に違う、が、理論上はな。だけど、ただ望むだけじゃ駄目だ。使用するには基礎が必要。お前はまず、それを教えてやる」



 アオは勢いよく頷いた。



「うん! よろしく!!」







「基礎魔法は全部で7種類。

炎、水、風、土、雷、光、闇の属性がある。

個人魔法はその自然の法則から逸脱した魔法だから、種類としてはまた別物なんだ」



 アオはまず、基礎魔法を教わった。

 4時間も特訓を続けると体が魔力を消費することを学んだのか、思考するだけで直ぐに魔法が発動できるようになっていた。



「魔法に慣れてきたな、その調子だ。

基礎魔法は雷魔法に適性があるようだな」



 そう軽く言いながらも南本は、内心は酷く動揺していた。アオの上達速度はそれほどに異常だった。


(おかしい……まさかたった4時間で基礎魔法を全部習得するなんて…)



 驚きを通り越した呆れから、口の端をピクピクと痙攣させながらも平静を装う。



「なんか、やったことある気がするんだよね、魔法。楽しいから細かい事は良いんだけど……」



「よし……雷魔法!!!」



 手に小さな雷光がほとばしり青白い閃光となった。そのまま標的に放たれると、空気が震え、敵に見立てたその人形を一気に焼き焦がした。



「跡も残らないじゃん、すごっ」


「……いや、普通こんな威力でるか?? 4時間の特訓で?」

 

「あのさ」



 南本が混乱に陥っていると、アオが話しかけた。視線を向けると彼女は何か考え込んでいる様子だった。



「この魔法、やっぱり変だよ」


「いや、どこが??」


「魔導書では、雷魔法の中にもたくさんの魔法の種類があるって書いてた。雷魔法って魔法があるんじゃなくて、それは属性。

ただ電気を撃つだけの魔法じゃないはずだ」



「お前は何が言いたいんだ」



 アオの突飛な発言に、焦れったさと呆れを含んだような表情で南本が訊く。



「魔法は魔力を生み出すエネルギーから来るんでしょ?? なら考えるだけでも本当に魔法は発動できるはず、って言ってたじゃん。なんで態々、魔法名を唱えて手を掲げる必要がある??」



「今俺たちがやっているのは長い詠唱を必要としない無詠唱魔法と呼ばれる方法で、魔法名を唱えるのは効率をあげるためだ。

お前が言おうとしているのは理論上の机上の空論。それを完全無詠唱魔法と言う。

今この世界の魔法師じゃ、誰1人出来ない……」



「じゃあ今からやってみせるから、見てて」



 そう言い切ったアオの目はまっすぐに南本を見ていた。無言の圧力に彼は言葉に詰まらせる。


 アオが静かに目を瞑った。


 すると、しだいに空気が揺れる。彼女の周囲の魔力が動き出しているのだ。アオの白い髪が、隊服がなびいたかと思うと、彼女の指からパチ、と光が弾けた。



 それは体中に広がり、駆け巡る。

 それが自然な状態であるかのように。



 アオは電気、いや、雷を纏った。



「ほら、できた」



 そう笑った少女は、まるで魔法の神に愛されたように美しく、神秘的で、恐ろしい。


「知っていること」を友達に自慢するように平然と、誰もが不可能と判断し諦めた理論を、いとも簡単に実演し証明してみせた。


 南本は眉間にシワを寄せる。この異常な才能の扱いをどう処理すればいいか。



「こんなのを俺に育てろと……?」



 坂に何をどう報告すればいいか、彼はひどく頭を悩ませるのだった。








 次は市川の体術の訓練。

 模擬戦のような形式で永遠にかかっていく。



 アオは攻撃を仕掛けては、転がされ続けた。



「スピードはとても良い。

立ち直りも早いですが、ひとつひとつの攻撃の俺を攻撃する意思が弱いですよ。これじゃ俺も避ける気さえ起きない。……殺すつもりで来ないと」



 市川の声は淡々としているが、その中には微かな厳しさが混じっている。



──負けるのは嫌だ。



 アオは動きを止め、市川の周囲を観察する。


 そして再び低く構えフェイントを入れながら彼に突進した。だが、市川が一歩足を引くと彼の手刀が首を掠める。

 アオが間一髪で回避するとそのまま襟首を掴まれ、彼女はまた地面に叩きつけられた。



「悪くない動きですが、見え透いていますね。

アオさんは反射的な動きが多いので。

緩急をつけて攻撃を読まれづらくするのです」


「はぁ……??」



 アオは縦横無尽に攻めているのに、市川は息ひとつ乱さず流してくる。



──いや体力おかしいでしょ。



 さすが坂の右腕といったところだろうか。

 その日の夜、アオはベッドに倒れ込んだまま指一本も動かせなかった。



「筋肉痛って恐ろしいな……」



 ベッドの上で眉を寄せ呻きながら、アオは市川の無限の体力を改めて恨んだのだった。





 それからは激しい特訓の日々。

 日は刻々と過ぎていく────。

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