5話 生命のエネルギー(前編)


 4日目は、アオが朝から暇だとゴネ続け、鬼谷から魔導書なるものを受け取った。



 それも20冊以上。



 彼女は読書をすることで安静に過ごし、市川にとっては数日ぶりに誰にも振り回されることのない落ち着いた日となった。



「先ほど医師から聞いたところ、怪我は完治したとのことです。明日からこの部屋を出られますよ」



 市川がそう伝えると、この狭い空間から解放されるとアオは喜んだ。



 その時にはすでに本は読み終えていた。









 翌日、つまり基地に来てから5日経った日。

 興奮で朝4時に目が覚めたアオは、訓練場へ訪れていた。


 今日から特訓が始まるらしい。しかし未だに魔法特訓の講師が誰か伝えられていない。やはり坂の部隊の隊員なのだろうか。


 7時30分、訓練場に到着。


 訓練場は広大で、アオは思わず見惚れてしまう。壁には多くの武器が並び、床には巨大な魔法陣が書かれている。


 魔導書で読んだ知識は既に全て頭に入っているので、1つの魔法に思い当たった。



「防御結界の魔法陣……」


「わかるのか」



 突然背後から聞こえた低い声に、アオは反射的に猫のように飛び退く。



「む……すまない。そう驚かせる気はなかったんだが」


「君が、私の講師の?」



 アオが静かに問うと、男は頷いた。



「俺は南本誠治郎ナンモト セイジロウ。坂隊長からお前の魔法の講師を頼まれた。よろしくな」



 アオは南本を測るように観察する。



 体格が良く、背が高い。見た目だけなら魔法よりも体術に向いていそうに見える。



──壁みたいな人だな。



 アオからの第一印象は壁だった。



「ふーん……私は霧山碧。南本って、強いの?」



 彼女は南本に疑いの目を向ける。

 この場に市川のような常識人(?)がいれば発言を咎めただろう。アオの暴走はエスカレートしていく。



「まずは手合わせしてよ」



 自分より弱い者に教わる気はない。

 納得するまでとことん検証する。



 それがアオの気質だった。



 南本は微かに驚いた表情を浮かべるが、すぐに口角を上げた。



「いいぞ、ルールは決めるか」


「戦闘不能か、降参したら負け」


「わかった」



 止める者はいない。

 自由奔放なアオと天然の南本。


 後に想像もできないカオスを生むのだった。









「お前……特訓要らないんじゃないのか」



 手合わせが始まり数分経った頃、南本がそう呟いた。アオの攻撃は正確に彼の隙に入ってくる。どちらも武器は使用していない。


 アオは抜群の戦闘センスと運動神経、南本はそれを体術と魔法で凌いでいた。



(圧倒的な経験の差はあるはず……。なのに俺と互角、それ以上の攻撃を仕掛けてくる…)


 少し焦りをみせる南本に構わず、猛攻を仕掛けるアオ。



「よっ」



 掛け声と共にアオは跳躍して、南本の頭に空気を斬るような蹴りを繰り出す。



「腹のガードが甘いな。風魔法!」



 南本は片手で魔法を発動し、アオの体ごと吹き飛ばした。一気に距離を取らされる。



「うふぇぁっ!?」



 悲鳴ともわからない声をあげるが、地面に転がり威力を殺す。すぐさま体勢を立て直したアオが南本へ駆けた。



「早いっ……土魔法!!」



 回転蹴りを仕掛けたアオの足が何かに絡め取られ、そのまま宙吊りにされてしまう。



「……これは、木の根?」



 アオは逆さになったまま、足に絡みついたものを取ろうともがく。しかし、そのうち腕も縛られ、なす術がなくなった。

 よく見るとその根は床から生えているようで、先程の魔法で作られたのだろう。



「……降参か?」



 目の前に立ち、南本が訊く。

 アオは口を尖らせたが、すぐにニヤリと笑う。



「降参……するわけないよね」



 その刹那、空間が曲がった。

 いや南本はそんな錯覚を覚えたのだ。


 強烈な魔力がアオの体から溢れ出した。

 その影響か、創られた木の根が崩れていく。



 一瞬、アオの雰囲気が変わった。



「貫け!! 【魔力弾】!!」

「【シールド】!!」



 彼女の手に浮かんだ無数の弾が、放たれる。

 南本は即座に反応し片手を掲げた。


 爆音と共に煙が立ち込める。



 直撃したのは南本が展開したシールド。彼の周囲の床は余波で抉れているが、彼自身には傷ひとつ付いていない。


 反動で後ろへよろめいたアオを見逃すことなく、一瞬で距離を詰めた。そして彼女の手を背中に回し、抑え込む。逃げられない体格差があった。



「これで、降参だな?」



 南本が再度アオに訊いた。

 彼女は悔しそうに短くため息をつく。



「……こぉーさん、私の負けだよ。私はこれ以上の攻撃手段を知らない。さすが、強いね」



「お前も……十分強いと思うけどな」



(あの魔力……本当に人間なのか疑わしいほどだ……この短時間で、これほどの魔力を収束させるとは……教え甲斐がある)


 アオの戦闘力に冷や汗を掻くと同時に、笑みをこぼした。




「これは、将来が楽しみだな……」


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