4話 国防軍の隊長(後編)


「他の人たちも、幹部会とやらにいたから私を知ってるってことでいいんだよね?」


 彼女は周りを見渡す。


 集まるのは国防軍長と国防軍総隊長の鬼谷を抜いた、幹部5人。



 背中に長い武器を背負う女性。


 隊服を乱雑に着下す荒々しい男。


 足をテーブルにかけ椅子を揺らす白衣の男。


 眼鏡を整え黙々と書類を見る男。



 そして最後に、笑顔を絶やさない男、坂。




 それぞれ、部隊の隊長たちである。








「まぁそんな感じだな。記憶喪失っつーから、不安いっぱいで泣いてるお嬢ちゃんかと思ってたが、まさかこんなに冷静だなんて」



 興味深そうに伊津がアオを覗き込むようにして笑った。



「人のことジロジロと……。坂、これどうにかなんないの?」


「それは僕に言われてもねえ…」


「お前、さっきの秀成と男のやりとりは見てたはずだろ。泣くどころか平然としてやがる。ハッ、気味の悪いガキだぜ!!」



 目つきの悪い男が鼻で笑った。



「戸籍の作成は議決されたが、コイツを基地に置いてんのは聞いてねぇぞ、坂!!」


「落ち着きなよ、大我。霧山さんの妹ってことになっちゃったんだから仕方ないじゃないか」


「たしかに坂、てめぇでもあの霧山さんを止められるとは思ってねえけどよ……」



 第二部隊隊長、森壁大我モリカベ タイガ



 森壁は腕を組み、怪訝そうにアオを見下ろす。


 部外者を信用しない彼にとって記憶喪失の少女を重要な基地に置いておくという坂の判断が到底理解できない。



「霧山碧の話はもういぃでしょ……。この前の幹部会で、入隊試験を受けて合格すれば正式に隊員にするって決まったんだし。話を元に戻そぅ。魔人の侵入があったけど、試験まで1週間と少し。



「どーする? やる?」



 そう言ったのは白衣の男。


 第三部隊隊長、漆原尤司ウルシバラ ユウジだ。伊津とは正反対でさほどアオに興味がない。


 というより、殆どの事柄に対し興味がない。



「え、私もう用済み? 戻っていい?」


「だめ」



 話題を切られたアオが言い、坂に断られる。

 そこで眼鏡の男が手を挙げた。



「僕は延期で実施するべきだと思う。このくらいの侵入、国防軍は何も影響がないというのを世間に知らせなければいけないんだし」



 男は、第四部隊隊長、時薪和制トキマキ アイセイ


「アタシも同じ意見だね」

「僕もそれでいいよ」


「じゃぁ、それでいい? 森壁」


 漆原が森壁に問う。

 多数決によって答えは決まっているが。


「ああ、それでいいぜ。いつにすんだ?」


「んー……」


 森壁の質問に漆原が考える仕草をする。だが漆原が答える前に坂が短く答えた。



「1ヶ月後」


「あ"? 理由は」


「それまでに碧をもっと強くする。基地の復旧もそれで十分できるよね」


「チッ……またそのガキかよ?? 素性も不明なガキを試験に参加させんのは危なくねえか?」


 森壁の意見に、時薪が口を挟んだ。


「元々、通例の試験でも素性はそこまで調べてない。優秀な人材が集まるのなら、その程度の危険は考慮すべきだろ」


「……そうかよ」



「決まりだな。試験は1ヶ月後、12月24日に実施。異議はあるか?」



 時薪がまとめると、幹部の声が揃う。



「「「「異議なし」」」」







「んじゃ次、霧山碧の件ももうちょい

 ハッキリさせとくかあ」



 伊津が空気を切り替えるように声を張る。



 ガタ、と椅子の引く音がした。漆原が伸びをしながらカフェテリアの出口へ向かっていくのが見える。



「俺はパぁス。まだ面白い研究が残ってるんだよねぇ〜。子供に構ってる暇はなーいの」



 彼は、じゃあねー、とだるそうに手を振りカフェテリアを出た。呆れたような諦めたような視線が彼に注がれる。



「自由だなぁー、アイツ」


「伊津隊長、誰よりもあなたに言われたくないと思う」


 ケラケラと笑う伊津に、時薪がツッコんだ。

 ひとしきり笑った後、彼女は真剣な眼差しで坂と森壁、アオを見据える。



「霧山碧は、霧山晴華の妹っつー設定だ。そんで基地にいるのは今度の入隊試験の日まで。合格したら部屋を用意して、不合格なら、ここからは追い出して施設に送る。そういう認識でいいんだな?」


「追い出されるの私??」



 初耳のアオは目を丸くして、



「知らなかったのか」



 時薪がその様子に驚いてアオを見下ろす。



「うん、そういう認識で大丈夫だよ」


「……決めちまったんだから仕方ねぇな」



 坂と森壁が答える。

 森壁の返答が意外だったのか坂が彼を見た。



「大我……どこか頭打ったのかい?」


「打ってねえよ!!? これが通常だ!! てめえ煽ってんのか!?」


「ははは、煽ってなんかいないさ」


 皮肉めいた軽口の応酬。


「そうかそうか、話がすっきりした」


 少し険悪になる坂と森壁の会話を強引に切り、満足気な伊津がアオに近づく。


 アオの背に合わせて屈み、耳元で囁いた。



「……頑張れ、少女。期待はしてるからな」



 ──期待。初めてだけど、悪い気分ではない。



「どーも」



 アオは感情を隠すように、そう短く返す。

 その返事を聞いた伊津は一瞬だけ微笑み、すぐに表情を引き締めた。



 他の幹部たちも、それぞれの思惑を秘めた目でアオを見ていた────。

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