4話 国防軍の隊長(前編)
悪魔の侵入が去った後、市川が目を伏せた。
「……危険な目に遭わせてしまいました。
どこもお怪我はありませんか?」
「うん、平気」
短い返答の後、暫く沈黙が部屋を支配する。
市川はその沈黙を破るようにアオの持つ剣へ視線を向けた。
「この剣で応戦を?」
「そこに飾ってあったから使っただけ。といっても、再生する相手には何もできなかった」
「仕方ありません。アレは魔人ですから」
再び会話が途切れる。市川が何か言おうと口を開きかけると、アオが彼を見上げた。
「市川」
「……何でしょうか」
「フォラウスは私を知っていて、崇拝していた様子だった。だから戦いにはならなかった。
……でも、もしあいつに敵意があったら……私は殺していたと思う」
──ますますわからなくなった。躊躇いなく命を奪えるような私は、一体何者なのか。
このままで、いいのか。
「本能なんかに振り回されずに戦えるようになりたい。強くなりたい。だからさ、頼らせて」
静かに語られた決意に、市川は小さく頷いた。
「ええ、お望みならば」
アオがホッとしたような顔をする。
市川はわざと坂の口調を真似たかのように、軽い調子を装って話題を切り替える。
彼の表情は相変わらず無表情だが、その目は微かに柔らかな光が宿っていた。
「俺は坂隊長に報告に行かなければなりませんが……先程の件もありますし、一緒に来て頂けますか?」
「もちろん」
アオは微笑みながら答え、2人は並んで部屋を後にした。
市川が部下に聞くと、坂は他の隊長たちと共に、カフェテリアにいるとのことだった。
ちなみに、坂の居場所を教えてくれた部下は市川が話しかける度に顔を青ざめさせ、ビクッ、と肩を揺らしていた。
その部下だけでなく、市川が通路を歩くだけで、皆足早に去っていく。
「市川……何したらこうなるの」
「それが俺にもさっぱりわからないのです」
困ったように市川が言うが、“何もしていない”上司に対してこの反応は異常だ。
逆に市川が自覚していない事が恐ろしいのでは、とアオは考え思考を止めた。
他の施設とはまた打って変わり、洒落た雰囲気とコーヒーの苦い香りが漂うその場所。
カフェテリアについたアオは中から聞こえる声に身を固まらせる。
「もう一度聞こう。なぜ君は侵入者をすぐに見つけられなかったのかな? こんな不祥事を起こして国防軍が成り立つとでも?」
その声は普段の明るく爽やかなトーンとはかけ離れ、息が詰まるような威圧感に満ちていた。
「お許しください、坂隊長!!!!」
坂は声を震わせ懇願する男を見下ろして一瞥すると、気づいていたように市川を見た。
「市川、よく来たね。そして碧も。碧は……なんでここにいるのかな」
「碧って……」
「あの子が例の…」
碧という名を聞いて、幹部たちがざわめき始める。
「とにかく報告が先だ」
坂がそう市川に促そうとすると、男は彼を押さえつける部下の腕を振り払い、坂に訴えながら立ち上がった。
「本当に気がつかなかったんです!! な、なんでもしますから!!! ですから坂隊長、」
喚き散らす男の顔の横をナイフが掠めた。
男は悲鳴もあげられず、ただ体を強張らせるだけだ。ナイフが壁に突き刺さる鋭い音が響く。
「もう僕は君の隊長じゃない。今はくだらない話をする君に構う暇はないんだよ」
男はその冷淡な宣言に声を失った。
理想論と冷酷さを両立させることのできる、国防軍で現在最強と呼ばれる者。
罪人をも部下に収め、悪名さえも統率力へ変える。都市伝説と化したその部隊を指揮する隊長。
その人物こそ、第零部隊隊長、坂秀成である。
「秀成はほんとに変わらないね」
カフェテリアにいた幹部の1人、親しげな態度の女性が坂に言う。
「そこの男については、市川に任せるのはどうだ?? 彼ならなんとかしてくれるだろ」
坂は一瞬考える素振りを見せたが、市川に向き直った。
「そうだね、じゃあ市川。報告を」
「はい」
坂の厳しい雰囲気に動じることなく、主に仕える執事のように目を伏せて、答える。
「俺は碧さんの監視役として部屋の前で待機していたところ、基地内に気配の乱れを感じて複数の魔物の侵入を認知致しました」
「魔力と気配の調整が極めて巧妙で、どのような魔物か判断できませんでしたが、その場を部下に任せ、魔物の動きを追いました。
しかし、現場にいた隊員たちは既に無力化されており、突破されていまして……」
「うん。それで??」
「警報が鳴った時点で俺は膨大な魔力を碧さんの部屋から感じたため、急行した次第です。一体も確保することが叶わず面目ありません」
「……なるほど。まあ、魔人と相対してこれだけの被害で済んだのなら十分な功績だよ」
「寛容なお言葉に感謝致します…」
「じゃあ、碧からは何か報告はあるかい?」
アオは突然話を振られ、口を開こうとしたが、躊躇いを見せる。
──魔人が私を知っていたこと。それを言うべきか。
間を置いて、静かに答えた。
「市川が全部報告してくれた。私からは特にない」
「……そう、ならいいさ。
さて、少し話を戻すよ。僕はこの男が1人で基地の防衛システム制御室に入り、許可なく機材を使用していたところを捕縛した。つまり彼には、魔人と共謀して侵入の手引きを行った疑いがある」
「……僕の部隊からは既に外したから、後は市川、君に任せていいかい?」
有無を言わせぬ問いに、市川が頷く。
「承知。……ではお前、着いてきなさい。
ええ、歩いて結構ですよ。それとも……縄で縛り上げた方がよろしいでしょうか?」
絶対零度に凍った市川の漆黒の瞳が男を刺す。男は抵抗する気力さえなくなったのか、虚な目で市川についていった。
「碧さん、彼の処分を決めなければいけなくなったので、また後でお会いしましょう」
「うん、また後で」
言い残して市川はカフェテリアを出る。
その後、幹部の視線はアオへと向いた。
「あの市川が秀成以外の人間に自分から話すなんて恐れ入ったよ。秀成が認めてんのも少しは納得できる。アンタが記憶喪失の少女、霧山碧かい?」
女性はアオに笑いかけ握手を求めた。その姿は様になっていて、勇ましい。
「アタシは
「はぁ……」
伊津を見つめ続けるアオ。
握手を拒むと同時に無意識に目を細めた。何かを警戒しているようにも見える。
「他の人たちも、幹部会とやらにいたから私を知ってるってことでいいんだよね?」
彼女は周りを見渡す。
集まるのは国防軍長と国防軍総隊長の鬼谷を抜いた、幹部5人。
背中に長い武器を背負う女。
隊服を乱雑に着下す荒々しい小柄な男。
足をテーブルにかけ椅子を揺らす白衣の男。
眼鏡を整え黙々と書類を見る男。
そして最後に、笑顔を絶やさない男、坂。
それぞれ部隊の隊長たちである。
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