3話 招かれざる訪問者(後編)
「動いたら………殺す」
自分でも驚くほどの、低く強張った静かな声がアオから発された。
彼は落とされた腕を見おろし、それでもなお恐怖の欠片も感じさせない笑みを浮かべている。
「すばらしい……!!!!!」
それは異常で、奇怪で、不自然。
通常の人間ではあり得ないその様子に訳の分からない気味悪さが、この上ない不快が、アオの心臓の奥底を抉る。
「これでこそ私が待ち侘びた存在!!! いやしかしやはり……弱ってしまっているというお噂は事実でしたか………」
彼を切断された部分から黒い煙が渦巻き、新しく創造された腕が徐々にもとの形を取り戻していく。
「私のような魔人程度にさえも、まだお力が回復していないご様子ですし……」
「魔……人……?」
アオは、その言葉にはっとした。
この再生能力に、赤黒い瞳。
──〈魔人。悪魔、堕天使、鬼族のことを指し、魔獣や魔族のさらに上、最上級の魔物。魔界での地位は極めて高い〉
歴史書に載っていた“魔人"、その中でも悪魔の特徴そのものだ。
「君は、悪魔、なの……!?」
その言葉を投げかけたと同時にけたたましいベルの音が鳴り響いた。
部屋の外が騒々しい。
魔人の男が、視線だけでドアを見た。
『侵入者だ!!! 魔族が現れた!!!』
隊員の切羽詰まった叫び声が聞こえる。
魔族が現れた、という部分で男は眉間に皺を寄せた。
「魔族、か。あいつら……勝手な行動は慎めとあれほど言っておいたはずなのに…」
それから心底うんざりしたように呟く。
「……これだから集団行動は嫌いだ」
そこに勢いよくドアが、吹っ飛んできた。
魔人が最小限の動きで避けると壁に衝突し、大きく音を立てた。ドアのあった場所には、背の高い男。
「アオさん、ご無事ですか!!!」
その男──、市川は息を切らしながらもすぐに状況を把握し、魔人に厳しい視線を向けた。
「……これは珍しい。魔人……いえ、悪魔がいるとは。もしやお前は、魔王軍の残党なのですか?
それにしては随分とお若い方だ」
「……は?」
市川の問いに、魔人は明らかに苛立ちを滲ませた表情を浮かべる。
「面白くないなァ。折角の対面を邪魔をするとは。しかし、相手が第零部隊の黒薔薇か。私も流石に分が悪い……この辺りが潮時のようです」
いつの間にか男は窓辺へと軽やかに身を躍らせた。その背後には、禍々しい扉が浮かんでいる。
「私の名はフォラウス!! いずれ人間界を完膚なきまでに支配する新魔王軍、そのリーダーを務めています! そして──」
彼はわざと間を取り、儀式のように声を響かせて腕を広げる。銀髪が靡き、非現実的に反射する。
「あなた様の忠実な僕となるため、わたくし、自らが結成致しました!!」
「このぬるま湯のような世界でもあなた様の本質が変わることは決してない……!! あなた様はどんな事があろうと、こちら側と確信しております……!!」
「それって、どういう意味」
「もしも!! ご興味がおありならば………」
遮るように声を張り、背後の扉に片足をかける。
そこにいるのは彼と同じように黒いフードを被った数人の魔人と魔族。
彼らの瞳もまた赤黒く光り輝き、不気味なほど静かにフォラウスの背後に並ぶ。
フォラウスは振り返ると、アオに向けて楽しげに笑いかけた。
「どうぞ私をお呼びください!! いつでもどこでも、お迎えに上がりますよ♪」
扉の中へと姿を消した。
黒い煙が立ち上り、勢いよく宙に吸い込まれていくように扉が跡形もなく消滅する。
それを見て悔しそうに呟く、市川。
「……悪魔風情が」
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