3話 招かれざる訪問者(前編)
やっと基地へと帰ってきたアオは、応接室へと案内された。個室で落ち着いた雰囲気ながらも、その豪華な内装に目を見張り圧倒された。
アオはふかふかなソファに腰を降ろし、上品な香りの漂う紅茶を飲む。緊張がほぐれていく。
彼女の目の前に座り、微笑んでいる坂。
対して「少々どころか本当にやりすぎだ」「敵をとりあえず殺そうとするな」とひどく怒られたようで、どこか気分が落ちている様子で坂の背後に控える市川。
2人はじっとアオを見る。
「それで!! 話って、何?」
紅茶のカップをくるくると回す姿をずっと見つめられ、耐えられなくなったアオが勢いよく訊いた。
「そうだったね。君の入隊についての話だ。
まあ簡単に言うと、君の仮の戸籍の作成と、入隊許可証の発行を幹部会でお願いしたら」
「……お願いしたら?」
少し雲行きが怪しくなってきたと感じたアオが坂の言葉を繰り返す。坂は花が咲くような明るい笑顔を浮かべた。
「入隊許可証の発行が断られちゃってね」
「はあ!!?」
アオは目を見開き、テーブルを叩き割りそうになった手を、ヒビが入った程度で抑えた。
「なんで? 私ちゃんとやれるって言ったよね?」「それは、なぜなのですか?」
立ち上がってしまったアオの肩に手を置き座らせながら、市川が坂に質問した。
彼は「それはね、」と語り出す。
☆☆☆☆☆
幹部は7人。
普段のように円卓を囲うように着席し、坂は、アオの事情を説明した。
「───という感じでその子記憶喪失なんだけど、家族がわからないし、実力はありそうだってことで特例として入隊させよう!! と総隊長と話し合った結果、入隊させると決まった」
「まぁできれば僕の部隊に入れようと思ってるってとこかな。なので、入隊許可証の発行を希望します!! はい、じゃあ異議ある人〜!!」
7人中、坂と鬼谷ともう1人の男を除いた4人が大きく手を挙げる。意見に反対、ということだ。
「まじかぁ」
坂は思わず天を仰ぎ、頭を抱えた。
「これ、多分絶対大丈夫って鬼谷さん言ってませんでした?」
「言ってないと思うで?」
さらっと答える鬼谷。
「まじかぁ、じゃねえよ!! どこの馬の骨ともわからねえガキを入隊させる!? 正気かよ!?」
キレ気味に不平を示したのは、机に足をかけ態度の悪い小柄な男性。坂とはあまり気が合わず、対立することも多い。
「アタシも反対だよ。戸籍の作成は家族が見つからない場合必要になるだろう。だが、他は話が別だよ、秀成」
続いてそう話すのは、ボブくらいの短髪で長身の女性。坂と肩を並べるほどの実力者であり、彼女が反対する時は、議題の否決が確定したようなものだ。
「数日前まで一般人だった子を、最前線の部隊に所属するなんて無責任だ。アンタが何を考えてるのかわからないけど、他の部隊まで巻き込む気かい?」
彼女は坂に厳しい視線を向ける。
「俺も反対ぃ〜。魔法師資格もない子供を入隊させんのはごめんだね」
3人目は白衣を纏った男。
気だるげながら、彼には国防軍一の思考力と計算力がある。彼にとってリスクは最小限にすべきで、感情論に流されることはない。
「いやいや、あの子の魔力はヤバいんだ。僕でも見たことないぐらいで」
焦って手を振り上げながら坂が主張するが、
「じゃあ仮に実力はあったとしても、その子が敵に回ったらどうするんだ?」
4人目の、眼鏡をかけた男性が口を挟んだ。話し方は気軽だが、真面目な性格だ。
「そぉだそぉだー、異議あーり」
白衣の男がそれに同意し参戦する。
「でも……」
「坂くん。一度引こう」
鬼谷に諭され、渋々ながら引き下がる。
普段は温厚な彼だが、その言葉には幹部たちが逆らえない重みがある。
重い空気を戻すように一言も発さず手も挙げなかった老人が、咳払いをした。
「──では、決を取る」
「入隊許可証の発行に、賛成の者………、
………反対の者………」
決を取った結果も、やはり覆らなかった。
☆☆☆☆☆
そして現在に至る。
「僕は頑張ったんだよ? それで結局、入隊試験を受けて合格すれば、入隊できるってことになったんだ」
「入隊試験って、半年に一度行われる一般入隊希望者のための、あれですか?次の試験まであと2週間もありませんが……」
「そう。それまでにアオの力を測り、できるだけ強くしなければいけないんだ。本当なら入隊してから特訓していこうと思ってたんだけど」
その言葉を聞き、アオの目が輝く。
「魔法の!?」
「う、うん、そうだね。……そこまで魔法を使ってみたいの??」
「まぁ、ね」
アオは答えを濁した。
自分の体が勝手に動いてしまうのが怖い。間違って仲間を傷つけてしまうのが、怖い。
──なんで私、こんなこと考えてるんだ?
「で、誰が特訓するか、なんだけど……。僕は隊長としての仕事がある……市川、頼んでもいいかな?」
「俺も仕事はありますし、魔法はあまり得意ではないですが」
「えっ、そうなの?? すごい綺麗な魔法、見せてくれたじゃん」
その発言に常に笑顔を浮かべている坂の眉がピクリと上がる。
「それは初耳だ。アオ、市川はなんの魔法を使ったのかい?」
「……坂隊長、何か少し誤解を」
「炎の魔法だよ。いやー、感動したなあ」
「アオさん…!?」
市川は、必死にアオに目を向ける。それ以上はやめろと圧を送る。
気づいているのかいないのか、彼女は優雅に紅茶を飲んでいた。
「市川。戦闘か訓練以外での魔法の行使は禁じていたはずだけど?」
声を抑え、静かに問いただす坂の言葉に、市川は瞬時に背筋を正した。
「いえ、その、違うのです、いえ、アオさんに頼まれてといいますか……」
「でもあっさり了承してくれたよ?」
「アオさんっ??」
予想外のアオの裏切りに、表情の変化はないものの、市川が悲痛な声を上げる。
「君は基本的に真面目だけど、流されやすいところあるのは自覚してるよね?」
坂の問いに、市川は黙って頷くことしかできなかった。そこで疑問を持ったアオが坂に声をかける。
「ねぇ、なんで魔法を使っちゃいけないの?」
「戦闘時以外魔法の行使が禁止されているのは、職務濫用や、魔法の悪用を防ぐためなんだ」
「守るべき周りの仲間を不用意に傷つけないためでもあるんだよ。過去にも、新人が訓練外で魔法を使って事故を起こした例がいくつもある。まあ隊長格だけは特別に許されてるんだけど。
市川、これからは気をつけてね」
「……はい」
市川の硬い返事に、坂は少しだけ肩の力を抜いて笑った。
「今日は鬼谷さんが一日中仕事だから。
今日だけはアオを部屋から出してしまったことも、魔法の無許可使用の件も特別に多めに見るよ。次は僕に相談してからにすること」
市川はほっとした表情を見せた。
坂は、ぱんと手を合わせ、話を切り替える。
「話が長くなるけど、もう1つだけ。最初に言ったとおり、アオ。仮で、君の新しい戸籍を作った」
「そうなんだ」
アオは坂の方を見向きもせず、紅茶を注ぎながら端的に答えた。それは坂も予想していたのであまり気にせずに話を進める。
「それで、勝手だとは思ったんだけど、名前はフルネームにしなきゃいけなかったから、鬼谷さんの秘書にどんなのがいいか、聞いてみたんだよ」
「あぁ……あの人ですか……」
市川が少し嫌そうな顔をする。
普段自分から人と接することの少ない市川にとって、性格が真逆である彼女は、天敵のようなものだった。
「秘書? そんなのいたんだ」
「
「何が言いたいの?」
話が続かず、イラッとしながらアオが訊く。
「とにかく!! 君にはこれから、12歳の帰国子女、霧山碧を名乗ってもらうことにした」
「……霧山……つまり私は、知らないうちに顔も知らない人の家族として登録されたと」
そうは言ったものの、アオは胸の中に不思議な感覚が広がるのを感じた。
『
霧山がどんな人物なのかはともかく、アオにとって初めての“名前”らしい名前。
彼女は自分の居場所ができたような気もしたが、どうにも違和感が拭えなかった。
坂は頭を抑えて虫を噛み潰したような表情をする。
「君は彼女の妹となってしまった……。僕では力不足だったんだっ……!! あの人を止められる人は存在しない!!」
「そこまで??」
「そうなんだよ、あの人に理屈は通じない!! 霧山さんと話していると、僕は人と話しているはずなのに、理解不能の珍妙な生物か何かと話をしているような気がしてくるんだ………」
「その珍妙な生物の妹がここにいるんだけど」
アオの言葉を無視して坂は深呼吸をする。
「すまない、少し取り乱したみたいだ。とりあえず碧は約束通りあと2日安静にして。その次の日までには魔法特訓の講師を手配しておくよ」
「やっぱり、市川はできないの?」
不満そうにアオが言う。
「そうだね。……じゃあ、体術の特訓は市川に任せようか」
「いいの?」
「市川、どうかな?」
坂が静かに市川を見て返答を委ねた。市川は、静かに目を閉じて頭を下げる。
坂への限りない忠誠。丁寧な彼の姿からはそれが見てとれた。
「はい、ご要望とあらば。その間の仕事は俺の部下に任せてもよろしいでしょうか?」
「ああ。僕の部下たちは皆優秀だし、君からの頼みならなんでも聞いてくれるはずだよ」
「ご厚意、感謝致します」
話が上手く纏まったので、その後はお茶会のような雰囲気になった。坂が幹部会の差し入れでもらったというクッキーを食べながら、アオは特訓の日を楽しみにしていた──。
安静にしろと言われ、3日目。
「暇だ」
2日目と同じように吐き捨てるように言う。
しかしさすがに昨日と同じ手は使えない。
昨日の夜遅く、基地に戻った鬼谷は1日の報告を聞き、アオのところへ飛んできた。
耳にタコができるほど釘をさされ、代わりに数冊の本を手渡された。
まず国防軍の規則一覧。
そしてこの世界の歴史書と、魔法一覧表が掲載されている本だった。
今、アオはとても困っていた。
窓の温かな光が差し込む静かな部屋で、天井の傷をぼーっと数えながら呟く。
「全部、読み終わってしまった……」
ノックの音が静かな部屋に響いた。
──市川か?
直後、アオの肌に悪寒が走る。
即座にベッドから飛び出て目を鋭くして前をみる。部屋に飾られていた古びた剣を手に取り、ドアの外を警戒。
「用があるならさっさと入れば?」
ドアノブが回される。
黒いフードを被った、何者かが入ってきた。
部屋の空気の温度が急激に下がり、異様な威圧感と緊張感がその場を支配した。
アオの頬に冷や汗が伝う。
自然と鼓動が強く脈打ち、沸騰したように熱い血液が体中を走った。
彼女の予想に反して、その人物はアオの前で跪き、まるで神を敬うかのように熱狂的に語り始める。
「……私ワタクシがどれだけ貴方さまにお会いしたいと願ったことか、私が身も焦がれるような想いで今日を待ち侘びたことか………!!!」
中世的で、ひどく興奮したその声色。だが。
「んふふふっ……いま私は、言い表せないほどに感動しているのです!!!!」
部屋中に響き渡るその声は、どこか冷え切っていた。アオが片手の剣に強く力を込めると、何が可笑しいのか、軽く笑う。
「……アァ、これはご無礼を」
息を吐き、妖艶に指をかけ、フードを外す。
恍惚と法悦の混じった表情を浮かべる男。
とても人間のそれとは思えないほどの銀の滝のように美しい髪。顔立ちはどこかアオと似て、中性的だ。
しかし、血のように赤黒い瞳が恐ろしく異様な輝きを放っていた。
──魔族。
アオは、瞬時にそう理解した。体が動く。
風を切る音とともに剣が閃き、彼の片腕を容赦なく斬り落とす。さらに彼女が一歩踏み込むと、その細い剣先を首元に突きつけた。
空気の流れが静止して時間をも凍らせる。
刃先が軽く掠め、首から微量の赤が流れた。
「動いたら………殺す」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます