2話 安静にしていなさい(前編)

「暇だ」



 自室。ふかふかのベッドの上で寝転がりながら、電気の消された薄暗い部屋の中でアオが吐き捨てるようにそう呟いた。

 国防軍に入隊することになったアオは、早く何かさせろ、と鬼谷に頼みこんだ───のだが「まずは4日ほど安静にしていなさい」と2人に部屋に置き去りにされ、2日目。


 今に至る。


「せめて暇つぶし用の何か持ってきてくれればいいものを……」


 そう考えていた時、昨日、会った1人の男を思い出す。坂から紹介された監視役のことだ。




☆☆☆☆☆




「鬼谷さんが『アオちゃんは逃げ出しそうだから監視が必要や』って言っていてね。だから君がちゃんと約束を守るように完治するまでの残り4日間、僕の部下に監視役を任せることにしたんだ」


 坂は、アオの部屋に入ると同時にそう話を切り出した。彼の背後には知らない男が立っている。



「別に無理して外に出たりはしないけど?」


「そうかい? で、彼がその監視役を務めてくれる、市川だ」



 年齢は坂と同じぐらいか、少し下だろうか。


 身長は190センチをゆうに超える長身で、手足が長くスタイルも良い。

 切れ長の目に端麗な顔立ちをしている。長くストレートな黒髪が後ろで結われていて、質素で堅い印象を受けた。


 黒いスーツを見に纏い、一才の乱れがない。

 彼は胸に片手を当てて軽い会釈をした。



市川燐矢イチカワ リンヤと申します。お見知りおきを」



 アオは少し目を細めて興味深そうに彼を眺める。暫くすると微かに口を開いた。


「……私はアオ。

君は、どこまで私の話を聞いてる?」


「大きな事故に遭い、記憶喪失になって保護された、と。じきに国防軍に入隊すると聞き及んでおります」


「……そう。じゃあ君は先輩だね」


 沈黙が落ちる。


「僕は忙しいから側にはいてあげられないけど

市川が常に廊下にいるから何かあったらすぐに言うんだよ。一応、僕の部隊での右腕的な存在で、実力は十分あるから。市川、後は頼んだ」


「僕の部隊、って、坂は隊長だったのか」


 ひとつ、気になる言葉に反応するアオ。


「ええ、そうは見えないかも知れませんが、この国防軍の中で、坂隊長に勝てる方はいませんから」


「へぇ」


「市川?? 僕ってそんなに頼りなく見えるかい?? ああ、そうだアオ。言い忘れたけど」


 坂は少し屈んでアオの耳元に口を寄せた。

 アオは距離の近さに怪訝な表情をするが、次の言葉に一瞬だけ目を見開いた。


「市川はちょっと、訳アリだから。

忠告はしておくよ」




☆☆☆☆☆




───面白そうなこと、思いついたかも。



「ねぇ」



 アオは、部屋のドアを開けて、廊下にいる監視役の隊員に声をかけた。


「何か? 部屋からは出すなと命じられていますが」


 若い長髪の隊員、市川がアオを一目見て、真顔で先に答える。


「いや、そうじゃなくて。暇だからさ、少し付き合ってほしいことがあって」


「……俺が、ですか?」


「他に誰がいる?」


 どうするべきなのか、戸惑いをみせる。

 監視役として動くべきか、それとも命令を守り部屋に入らずここで待機すべきか。


 しかし、他に誰もいないのは事実なので、再度アオを向いて判断を下す。



「わかりました、何をしたらよろしいので?」



「君って強いんだよね? 魔法も使えるのかな? ちょっと、やって見せてくれないかな」


 アオの問いに、市川は少しだけ眉を動かし、彼女の期待のこもった輝かしい瞳に照らされる。

 それから、目を閉じて静かに答えた。



「……では、少しだけお見せしましょうか」


「おおっ!!!」



「……炎魔法【陽炎リファイア



 市川が片手の手のひらを上に向けると、部屋の中の空気が揺れ、魔力が集まる。ぼ、と小さく音を立てる。炎の球がふわりと浮かび上がった。オレンジ色の光が暖かく部屋の壁を照らす。



「────きれいだ」



 思わず息を呑み揺らぎに魅入られるアオ。炎はただ燃えるだけでなく、まるで生きているかのように形を変え、踊るように揺らいでいる。



「決めた。私に教えてよ、魔法。坂のを見てから、ずっとやってみたかったんだよね」


「……ここでは教えられません。危険なので。

それに命令もありますし、俺はアオさんから離れるわけには」



「じゃあ、外でならいいの?」



 アオがぐいっ、と市川の腕を引っ張り、走り出した。市川の長身が不意打ちだとはいえ、いとも簡単にバランスを崩される。



「何をっ………!?」



「付き合ってくれるって言ったじゃん……、せっかく、暇つぶしになるんだからさ」



 部屋の中にある、窓に向かって。



 だんだんと窓との距離が近づき街の騒音が大きくなるのを感じ、市川は言葉を失った。





「まさか」




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