蝉時雨に掻き消える

終うずら

第0話 始まり

――夏の始まりに行われた、ただのレクリエーション。


 それぐらいの認識だった。


 聞き慣れない童遊び。

 高校生にもなってそんなことをやるとは思っていなかった。


 失様(ぬかりさま)のルール。


■ 手順

1.床に輪になって座る


2.輪の中心に供物を置く


3.全員が目を閉じる


4.指名役が失様を選ぶ(肩を叩かれたら失様)


5.失様は音を立てずに供物を回収する


6.失様の動作終了後、指名役が「目を開けて」と告げ、全員が目を開ける


7.全員で失様が誰か話し合い決める。当てられなかった場合、失様の勝利となる。


 窓はカーテンで閉め切り、僕たちを照らすのは朧げな蝋燭の光だけ。

 やがて、全員が床に座り、輪になって、静かに目を閉じていた。

 蒸し暑い教室の中、蝉の声だけが、まるで耳の奥に貼りつくように響いている。


――スゥー……ハァー……


 誰かの小さな息遣い。

 そんな些細なものが、いつもより大きく、はっきりと聞こえた。


 まぶたの裏は暗く、時折、誰かの気配がかすかに揺れる。

 風はないのに、空気の流れが変わった気がして――無意識に息を潜める。


 どれくらい時間が経ったのかは分からない。

 きっと数十秒、いや、もう少しあったかもしれない。


 けれど僕には、その沈黙がやけに長く感じられた。


「もういいよ」


 指名役の声をきっかけに、目を開ける。


 最初に目に入ったのは、真ん中の何もない空間。

 輪になったはずのその中心は、蝋燭の灯りが淡く照らしているだけで、何の変化もない。

 いや、正確には正常な状態だったと言うべきだろうか。


 誰かがカーテンを開けると、月明かりが窓の外から教室内を照らす。



 その瞬間、違和感が胸をかすめた。



 すぐさま声が上がる。


「……え、ちょっと待って。七人……?」


 ぐるりと周囲を見渡す。

 全員が同じように、誰かを探していた。

 視線の先は、ぽっかりと空いた一人分の空間。

 床に置かれていたはずの上履きは、そこにはなかった。


「八人でやったよな……?」


「いたよ。さっきまで、確かに」


 ざわめく声。

 誰も立ち上がらず、その場に座ったまま、輪の内側を見つめていた。


 「トイレ?」と誰かが言ったが、そうじゃないことは皆わかっていた。

 あまりにも不自然な空席。


 目を閉じる直前まで、確かにいたはずなのに。


――八人いたはずの僕たちは、七人しかいなかった。


 あれが、全てのはじまりだった。

 いや、僕がこの学園にやってきた、あの日。


 全ては、あそこから始まっていたのかもしれない。

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