第13話
段ボールの山が解体され、代わりに夏菜子先輩のスペースが拡張されている。とはいえ部室は随分と広くなった印象だ。
モノに囲まれながら肩を寄せ合うような狭さから、それぞれ個別の机と活動スペースが確保された。夏菜子先輩のスペースにはフィギュア棚が置かれドラゴン像が並べられ、日向のスペースには、部誌や読破した小説や漫画が並べられた本棚が確保されている。
幽子部長のスペースは、依然段ボール箱が積まれている。というか彼女のスペースが部室の半分近くを占めている。
あの片付けに奮闘した段ボールの山だが、かつての部員が残したガラクタ以外の有用な資料のほとんどが郷土研究の為に積み上げられてきた資料という訳だった。
「さて、雄一郎。これが君に頼みたい仕事だ」
幽子部長が言って、俺の机にどさりと新聞の山を載せる。
「……なんです、これ?」
「何ってスクラップ帳さ。新聞の切り抜きをペタペタ貼っていくヤツさ」
「いやそれは分かるんですけど、なんです? この量」
「…………」
「なんです、この量?」
「…………てへ」
「てへ、じゃないですから。夏菜子先輩も前やっていましたけど、貴女が元凶なんですね。というかスクラップ帳は毎日やるから意味があるのであって、溜め込んだらそれはただの新聞の山ですからね」
「まぁ頑張ればすぐさ。学校と生徒が出てくる記事はこのスクラップブックに、地域の刑事事件はこっちに、地域振興や歴史は……仕方ない、私が担当しよう」
部員皆がそれぞれ独立して作業に没頭する中、俺と幽子部長の机は並べられ、向かい合わせに新聞を読み合うことになる。
幽子部長は意にも介さない様子だが、新聞は3ヶ月分は溜まっている。1学期ほとんど手を付けていなかった様子で、机に置けなかった新聞の山が床にドサリと置かれている。ふんふんと鼻歌交じりにジョキジョキ新聞にハサミを入れているが、殺意が湧いてしまう。
「部長、夏休みの宿題は最終日に仕上げるタイプでしょう」
「いや、私はやらないタイプだな。内申がボロボロになっても結果で黙らせてきたタイプだ」
素敵な笑顔でそう言い切る幽子部長に、諦めか呆れか、ため息が零れて笑ってしまう。こういう憎めない人は、こういう憎めない人としてこれからも生きていくのだろうなと思わされる。
過去のスクラップ腸を開き、どんな記事を保管しているのか確認した後、部長が読み終えていった新聞から手を付けるのだった。
「郷土研究ってこういう事もやるんですね。てっきり史跡や伝統文化等を調べるものだと思っていました」
「メジャーな研究は一通りやり尽くされてしまっているのさ。何か誰も手を付けていない隙間産業を見つけなくてはいけない、後続の辛いところだな。だがスクラップ帳は面倒だが楽だぞ。最終的には考察書いて展示すれば文化祭のブースが完成するからな」
「そういう手抜きだから、廃部の危機になるんじゃ……」
「てへ」
「可愛く言ってもダメだと思いますよ」
溜め込んだ作業を手伝わせる事に、悪いとは思ってくれているのか。幽子部長が雑談に付き合ってくれる。
果てしなく思える作業も、それだけで少し光明が見える。
何でこの部に入ってしまったんだろうかと、入学当初久しぶりに再会した日向の上目遣いにやられたことを呪っている。
単調作業は、空想と思い出とを蘇らせて、少しでも現実逃避をしようと脳が動いている。
新聞を斜め読みし、学校名や生徒の名前が記事に出てこないかを探している。近隣で起きた事件についても。ただし、そうした記事は新聞に載る事の方が珍しいから、基本的には新聞を読むだけの作業が続く。
「しかし今時新聞っていうのも、何だか古いですよね。普通にネット記事じゃダメなんですかね」
「ゆくゆくはそうなるのかもしれないが、こういうのは同じ媒体での継続性が価値を生むからな。数十年もののスクラップ帳の価値は、同じものを作れないという意味において唯一無二だ。郷土研究なんてろくに部員が集まらない部をなかなか廃部に出来ない理由だな」
話していてなるほど、とも思わされる。そこまで分かっていて好き勝手やっているのだなとも思わされる。
だったら廃部になんてならないのでは、とも思うが。
部室を見渡せばあまりに各々が好き勝手にやってもいる訳で、廃部、なんて話が出てくるのも頷ける。そう贔屓目に見ても、ただの溜まり場だものな。
個人で自由にやればいいとも思うけれど、幽子部長が部に並々ならぬ想いを寄せていることは、見て取れる。
「学校の記事をスクラップするのは分かるんですけど、何で近隣の刑事事件まで切り抜くんですかね」
「さぁな。誰かが始めたことを我々が継続しているだけだ。ただ、警察発表の県内の事件数と地域の事件数を比較することで、相対的な地域の治安が分かるからな。これが、ウチの目玉という訳だ」
じ、地味。とどうしても思ってしまう。
そして、だからこそサクライヒナコ、なのだとも気付かされる。
幽子部長は、メジャーな研究は一通りやり尽くされてしまっている、と言った。それで部だけに伝わるサクライヒナコの怪異を引っ張り出してきたことに筋道が通る気がする。夏菜子先輩とは古くからの友人のようだし、日向は、不思議な伝承があると釣ったのだろう。
改めて、我が郷土文芸ドラゴン部は、この人を中心に回っていると気付かされるのだった。
そうして数日が過ぎた。
部誌の代わりに新聞を読み込む毎日。もちろん朝から晩まで全て新聞という訳にはいかず、時折日向の漫画を読んだり夏菜子先輩のドラゴン像造りの手伝いをしたり、幽子部長のゲーム内の素材集めに付き合わされたり。だらけきった夏休みも過ごしている。
当然、スクラップ帳の進捗は芳しくない。
本気になればきっとすぐに終わるのだろうけれど、なかなか手が動かない。それでパラパラと過去の記事を読み返したり、幽子部長と雑談に耽ったりと時間をやり過ごす。
特に近隣の刑事事件なんて、そうそうあるものではなくて。スクラップ帳を作っていることすら馬鹿馬鹿しく思えてくる。
目も覚めるような重大な事件を追っていた、のならまだ分かるのだが、記録を取り始めた一番最初の記事は近くの旅館で起きた高校生の傷害事件で、あとはせいぜい火事や交通事故の記録なんかが続く。
近隣で起きた、という一点だけを見れば珍しい事件だったのかもしれないが、テレビのニュースを眺めれば、一日で数十年分もの事件が紹介される程度なのだった。
そして、合宿の当日がやってくる。
「さて、諸君。今日は待ちに待った合宿だ。よく遊ぶぞ!」
「「おー!」」
「いや、一応、郷土史跡を巡る長期フィールドワークに伴う滞在、という名目なんですが」
俺の言葉には誰も耳を貸してくれない。
湖畔のレイクビューホテルと言っても、バスで数十分、という距離にあるホテルで、県外でもなく海でも山でもなく、BBQや星空観察といったベタなイベントがあるわけでもなく、ホテルで晩食を食べて一泊してくるだけ、という旅程だ。
平日の旅程のため、顧問の教師は夜に泊まりにだけやってくる。てっきり教師も夏休みは夏休みなのかと思っていたが、中々世知辛いらしい。
考えてみれば、イロモノとはいえ女子3人と過ごす一泊二日の旅なのだが、どこか心が晴れない様子でいる。
サクライヒナコの怪談。
あの不可解な出来事に首まで浸かっていたお陰で、この平凡で幸せなはずの時間に、空白を、空虚のようなものを感じているのだ。
ホテルのチェックインの時刻は、15時で。10時には集合した俺達は早々にホテルに向かい荷物を預けた後、近くの歴史史跡へと向かう。本当に郷土史跡を巡る長期フィールドワークを行うんだと感心したが実態はただの観光で、炎天下の中はしゃぎまわる3人の荷物持ちとカメラマンを担当されている。
一応観光地であるから食事処や休憩処はある。
この観光は実績作り。はしゃぎまわったのはせいぜい一時間ほどで、今は皆で空調が効いた食事処でアイスを食べている。
レジャーが得意な人間がいないことで、近隣のホテルで宿泊、という手頃な提案に落ち着いた理由だった。幽子部長の慧眼、というか英断なのだった。
俺は俺で史跡を巡る度に、案内板を眺めては、部長がゲームで使っていた武将はこの土地に縁がある人だったんだ、等と学習を深めるのだった。
そして今、ホテルへと向かっている。
15時のチェックインよりは少し早い到着になるが問題ないと回答を得られたことで、早速向かうことになった次第だ。
若人がこれでいいのか、とも思うのだが。
日向は興味がないものには本当に関心を示さない人なので、ずっと仏頂面で退屈そうにしている。夏菜子先輩は本当にドラゴンにしか興味関心が無い人なので、へー、ふーん、と適当な気返事を浮かべるばかりなのだった。
しかし裏を返せば2人には夢中になれるものがあるということ。
部に入るまで知らなかった一面なのだけれど、日向は本当に読書や執筆が好きなようで、かなりガチ目に文芸部の活動に精を出している。ホテルへのチェックイン後、部誌に寄稿用の小説を書くようで、ノートPCを持ち込んみ荷物を圧迫している原因だった。
夏菜子先輩のドラゴン好きは平常運転で、スケッチブックとクロッキーでのデザインに取り組むらしい。
一泊二日なんていう旅程ではなく、もっと長期の合宿ならきっと集中して作業に取り込めただろうに。
そんなことを外野の俺は思うのだった。
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