私のユメ、かいませんか?

二桃壱六文線

第1話 「サクライヒナコ」を知りませんか?

「サクライヒナコを知っていますか?」


 壊れたスピーカーみたいに、俺はその言葉だけを繰り返している。

 校門前で奇声を上げ続けている1年生に、生徒も先生も怪訝な視線を向けている。

 けれど学生服に付けられた”郷土文芸ドラゴン部”という腕章を一瞥すると、皆可愛そうなものを見るような目に視線を変える。同情と哀愁と悲哀に満ちた視線に。


 予想通りに99%以上の人が「知らない」と答える。こんな事に意味があるのかなと、自分の行動の意味に泣きたくなる。

 回答を終えた皆から、「強く生きろよ」とか、「まだ若いのに」とか、訳のわからない励ましをかけてもらって、少し泣いた。


 郷土文芸ドラゴン部。


 この巫山戯きった名前の部活動に、俺は馬車馬の様に働かされているのだ。


 

「おう、おかえり雄一郎。それで戦果はどうだった!」

「……何の戦果もありませんよ、そりゃ」


 部室に戻った俺に部長の威勢の良い言葉。思わず口から溢れてしまった愚痴に、即座に叱責が飛んでくる。


「サクライヒナコを誰も知らない! という結論が得られたではないか! 喜べ雄一郎! お前の犠牲は無駄じゃなかったぞ!」

「犠牲って! やっぱり分かっていたんじゃないですか誰も知らないって。というか絶対もっと効率の良い方法がありましたよね!?」

「ふっ。我が郷土文芸ドラゴン部の広報活動としても最高の活動だったではないか!」


 いや、悪評しか振りまいていないんですが。

 勝ち誇った顔で、何かに酔いしれているこのズレたエキセントリックな金髪メガネこそ、我が部の部長、伽耶崎幽子先輩であった。金髪碧眼で、高校生、いや日本人離れしたナイスバディに学年1位を取り続ける頭脳明晰さ。誰もが一目置く超人なのに、頭のネジだけが吹き飛んでいる。そちらの方がご実家という噂で、入学初日に校長を首にして、告白してきた向こう見ずな男子生徒はことごとく弱みを握られ戦々恐々とし、実質学校の支配者だという噂がまかり通っている。

 そんな彼女に近づこうという生徒はおらず、彼女の遊び場である郷土文芸ドラゴン部に強制入部させられた俺を、生贄か人身御供の様に他の生徒は思っているという訳だ。


「部長、そのへんにしておいてくださいよ。私の、雄一郎をあんまり困らせないでください」

「日向……」

「日向先輩、でしょ? それと、勘違いはしないでよ。雄一郎と書いて奴隷と読む、って意味だからね」

「あ、はい。そうですよね」


 助け舟を出すフリをして、結局俺を奴隷扱いするこの人が日向、先輩。

 黒髪ロングに整った顔立ちで、黙っていれば深層のお嬢様。憂いを帯びた瞳を浮かべれば、名家の大和撫子。という清楚系美少女なのだが、実態は超わがまま系お姫様だった。一応幼馴染で幼少期はめちゃくちゃ可愛かった筈なのだが、いつの間にか横暴系女子に変貌を遂げてしまっていた。高校入学時に優しく微笑みかけてくれた姿に昔の姿を重ねたのがいけなかった。こいつのせいで俺は郷土文芸ドラゴン部になんか入部してしまった。あの一瞬の気の迷いをタイムマシンを開発して諌めたい。


「まぁまぁ。何にせよ、雄一郎くんお疲れ様。はい、コーヒー淹れておいたよ」

「あぁ、どうもです。夏菜子先輩」

「いいのいいの、夏菜子特性ブレンドだから。残さず飲んでね」


 労いながらホットコーヒーを手渡してくるこの人は、夏菜子先輩。

 このぶっ飛んだ部の中で唯一の癒やし枠のフリをしているが、この人こそが一番ぶっ飛んでいる部員だった。

 淹れてくれるコーヒーは本当に美味しいのだけれど、渡されるカップが凄く刺々しいドラゴン柄。

 郷土文芸ドラゴン部の、ドラゴンの部分を担当するのがこの人。元々は、郷土研究部、文芸部、オカルト同好会、の3つの部活が部員減少による消滅の危機があったところ、郷土文芸オカルト部に合併し今日に至るという歴史を我が部は持っているのだが、それをこの人が「趣味だから」の一言でオカルトをドラゴンに変えてしまった人だ。

 ドラゴンさえ絡まなければ一番まともな人なのに、実寸型ドラゴンが作りたいという理由で石膏運びをどれだけさせられたことか。だいたい何だよ見たこと無いのに実寸大って。

 髪を明るい赤に染め、ピアスもばちばちに開けているのに、それがメチャクチャ様になる格好いい人なのに、一番ぶっ飛んでいる。郷土文芸ドラゴン部に入部した時のときめきは、ドラゴン人形にうっとりと語りかけている姿を見た瞬間に吹っ飛んでいた。


 このイロモノ3人と小心者1人で構成される我が部だが、今開部以来最大の危機にあった。


「さて、諸君。我が部だけに伝わる7つめの学校の怪談”サクライヒナコから夢を買ってはいけない”について解決をしようじゃないか」

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