第28話 草子「どうしたんですか?! どこか怪我を? それとも具合が……」
ほぼ初の外出から一週間が経った。
「大黄牡丹皮湯」を継続的に飲んでいる蓉子さんからは「最近は肌質が改善してきてる気がする。白粉のノリが良いっていうか」という感想をもらった。
しかしこれは薬の効果ではなく葛城屋の食事が栄養満点なだけかもしれない。
葛城屋の食卓といえば、三男の菖蒲くんが家族と同席できる程度にまで体調が回復した。
食欲も同年代の男子と変わらない。
いっぱい食べるようになった彼を目にした奥方様と旦那様も感涙していた。
心底から良かったと安堵するとともに、少しは役に立てたのかなと嬉しくなる。
もう「六君子湯」はなしでよさそうだ。
けれど、念のために薬草茶は続けて提供していこうと思っている。
薬箱の中を確かめて(東照大権現さまの言葉通り、生薬は自動で補充されるけれど、機械でも故障したりするので在庫確認は怠らない)「よし。みんなあるな」と胸をなでおろした時だった。
「桜井さま、今お時間よろしいでしょうか」
襖の向こうから奥方様に声をかけられる。
「大丈夫ですよ。お入りください」
許可を出すと奥方様が襖を開けて入ってくる。
「清吉さんのお嫁様が、お話があるそうなのですが」
「蓉子さんが?」
蓉子さんはフットワークが軽いので、話がある場合本人が直接私のところにやってくることが多い。
わざわざ奥方様を介して自分のところにやってくるように伝えるなんて……もしかしたら緊急事態なのかもしれない。
「蓉子さんはどちらに?」
「ご提供させていただいたお部屋にいらっしゃいます」
つまりは葛城屋に滞在中、自室として割り当てられている場所だ。
「すぐ行きます」
私は念のために薬箱を背負って蓉子さんの部屋へ向かった。
奥方様も同行してくれる。
ちなみに桃華ちゃんはお花のお稽古に行っている。
奥方様だけでなくお師匠さまにも怒られたらしく、サボるのをやめただけでなく愚痴もこぼさなくなった。
淑女としての自覚が出てきたのかもしれない。
「蓉子さん。お呼びだと聞いて参上しました」
入室の許可が出るのもそこそこに中へ入ると。
「草子ちゃん……」
寝巻である白い浴衣姿のまま布団の上で膝を抱えている蓉子さんが、顔面蒼白で私を見上げる。
「どうしたんですか?! どこか怪我を? それとも具合が……」
矢継ぎ早に質問してしまったが、奥方様に「桜井さま。落ち着いてくださいませ」となだめられて口を閉じる。
すると蓉子さんが。
「ごめんなさい。本当は、喜ぶべきことなの。なのに、あたしちょっと怖くて……その……すごく久しぶりに月のものが来たの」
月のもの……つまり、月経だ。蓉子さんは声を震わせながら。
「肌質が改善したし、化粧ノリも良いし、なにより気分が落ち込んだりすることが減って……葛城屋さんにお世話になってからとても楽しかった」
話の結論が見えない。
いったい蓉子さんは何を伝えようとしているのだろう。
ただただ黙って聞く姿勢でいたら、蓉子さんの目から一滴ぽろっと涙がこぼれた。
「清吉さんの子を産みたいのは本心よ。だけど、彼の元に戻ったら、またお義母様に怒鳴りつけられるんじゃないかって……だってそうでしょう? 月経が毎月規則正しく来るようになったとしても、それで本当に子が産めるようになったのかは、孕まないと証明できないんだもの」
蓉子さんの懸念は当然のものだ。
なぜ気づかなかったのだろう。
「大黄牡丹皮湯」で身体を整えるだけでは片手落ち、心のケアも必要だったんだ。
でも、出産経験どころか恋人がいたことすらない私にアドバイスなんてできない。
私が強張ったまま何もできないでいると、奥方様がすっと蓉子さんへと歩み寄り、膝をついて「つらかったですね」と彼女を抱きしめた。
蓉子さんが息を呑んだ気配がして、数秒後。
「ごめっ、ごめんなさい。こんなっ……」
涙声で謝罪する蓉子さんと「いいんですよ」と慈しみの声をかける奥方様の姿に、私はそっと部屋を出た。
私にできることはなんなのか、薬を作る以外にもやれることがあれば……。
そう考える間、真珠のような蓉子さんの涙が脳裏にずっとリフレインしていた。
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