第6話 神徒さま「あ~あ、もう戻れないぞ、私」
翌日は朝早く、夜明けとともに起こされた。
身支度して案内された部屋に入ると、すでに桃華ちゃんとご両親、それぞれ十代前半と後半の男の子二人がお膳の前で正座していた。
「遅くなってしまい申し訳ありません」
まだ眠気の残る頭でひねり出したあいさつがこの一言だ。
昨日は夕方から夜までずっと空の変化とそれによる日本庭園の姿の違いを観察していたから、寝るのが少し遅くなったんだよね。
「草子は寝坊助であるな」
桃華ちゃんは私をからかう余裕があるほど朝から元気いっぱいだね。
ご両親も笑いながらほんわかした空気を生む。
「では、全員揃ったところで『いただきます』」
旦那様が号令をかけ、みんなが同時に合掌して「いただきます」と朝ごはんを食べ始める。
きっちりしているなと、私も少々遅れながら箸をつけた。
それにしても、昨日桃華ちゃんはお兄さまが「三人」いると言っていたのに、食事の席には二人しかそれらしい人物がいない。
私の聞き間違いか、大店を継ぐためにどこぞに修行に出されているのか。
気になるけど、よその家の事情に下手に首を突っ込まないほうが良いかな。
そう決めてお膳の料理に集中する。
大根、味が染みてる上にやわらかくて舌で押すだけでほろほろ崩れて行って最高!
きんぴらごぼう美味~!
ごま油の香りが食欲をそそり、噛むと独特のザクザクした触感で、味は昆布の出汁がきいててほんのり甘め。
にくいね~、このこの!
揚げ出し豆腐もじゅわっとしてふわっな……語彙力が溶ける極上の逸品だわ。
じ~んとしながら一口ずつ味わい「ごちそうさまでした」と手を合わせるころには幸せすぎて顔面が崩壊していたかもしれない。
私と桃華ちゃん以外はもう食べ終わっていたようで、気づけば姿がなかった。
あいさつした覚えがない。
私はどれだけ食事に集中していたんだろう。
食い意地が張りすぎている。
やがて桃華ちゃんも「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
私は。
「桃華ちゃん。左てのひらの擦り傷、ヨモギを交換するから部屋まで一緒に来て」
桃華ちゃんは頷き、立ち上がる。
私もお膳を下げに来た下働きの女性に「ありがとうございます」と告げて泊まらせてもらった部屋へ桃華ちゃんと戻った。
実は部屋の襖を開ける寸前『布団片づけたっけ?』とヒヤッとしたのだが、部屋は綺麗になっていた。
たぶん女中さんが布団を片付けて清掃してくれたのだと思う。
申し訳ない。
そんな内心はおくびにも出さず、桃華ちゃんに「そこに座って」と指示する。
薬箱から生のヨモギの葉を出し、交換用のガーゼとテープも用意したところで。
「手を出して」
「ん」
私は桃華ちゃんの手を取り、傷が痛まないようにそっと剝がしたのだが……。
「えっ!」
短い叫びは桃華ちゃんのものか私のものか、左てのひらの擦過傷はすっかり治っていた。
つるっとした皮膚は最初から傷などなかったかのようだ。
確かにそうひどくはなかったけれど、一日でこんな……。
動揺していると、桃華ちゃんがガッと私の両肩を掴んだ。
けっこう強い力だった。
「桃華ちゃん?」
困惑しながら呼び掛けると。
「お願いなのである……わらわの……わらわの三番目の兄さまを助けて……!」
両目から今にも涙がこぼれそうな桃華ちゃんの懇願に、私はピンときた。
食事の席に姿を見せなかった兄君こそが、その『わらわの三番目の兄さま』なのだと。
だが、私はお医者様ではないし、傷が一日で治ったのは薬箱をくれた「東照大権現さまパワー」のおかげでたぶん私の力じゃない。
ここで任せてくれなんて頼もしい言葉はかけられない。
「桃華ちゃん。私は確かに特別な力を宿した薬箱を持っているけれど、必ず助けられるわけじゃないよ」
桃華ちゃんはきゅっと唇をかんでうつむいてしまう。
その様子に胸が痛んだ。だから……。
「まずはその三番目のお兄さまに会わせてほしい。どんな症状かわからなければ、適切な薬も選べないから」
桃華ちゃんがとんでもない勢いで顔を上げ、泣き笑いの表情で「ありがとう……!」と感謝を告げてくる。
あ~あ、もう引き返せないぞ、私。
苦々しい気分になりながら「私はお医者様というわけではないから、正確な診断ができると保証はできない。病状が分かってもどんな薬がいいかわからない場合もある」とも説明した。
それでも桃華ちゃんは「なにも手を打てないよりはずっといいのである」ときりっとした表情で発言し「さっそく行くのである」と私の手を取った。
え、ご両親に話は通さないの?
独断専行はダメでしょ!
心の中でツッコミを入れまくるが、桃華ちゃんの勢いにはかなわないのであった。
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