銀河鉄道「大谷向駅」の夜

@AG_Spirit

銀河鉄道「大谷向駅」の夜

バイトの帰り道。

ボクはいつものように、夜空を見ながら妄想をしていた。

趣味とまで言えるかどうか分からないが、夜空を見ながら自分の空想世界を描くことが好きなのだ。

今日までで出来た空想世界は、こうだ。


この杉並木を抜けて数分の場所にある無人駅の[大谷向駅]には、秘密の改札口があるのだ。

普通の改札口を通る前に、駅の外にある電話BOXから"999"とプッシュして改札口を通る。

すると、それは秘密の改札口となって、"宮沢賢治著:銀河鉄道の夜"よろしくの"銀河鉄道 大谷向駅"のホームに繋がる。

直ぐに眩い閃光を放ちながら、銀河鉄道の列車がやってきて、ボクを乗せて素敵な旅へいざなうのだ。


と、ボキャブラリの乏しいボクは、数日かけて冒頭までしか空想世界を描けてないけど…。

そんなリアルとバーチャルを楽しみながら、線香工場の線香がほのかに香る杉並木を抜けた。

ボクの家は、この杉並木を抜ける途中のT字路を曲がったのが早いのだが、空想世界を浮かべてると曲がるのを忘れ、こっちに来てしまう。

時間は、22:13。

いつも通りの通過時間だ。大谷向駅からほど近い変則細道の踏切を渡るボクの通過時間。

カンカンカンカン!!

??

あれ?おかしいな。

いつも通りのこの時間に通る電車は無いはずなのに…。

駅構内のアナウンスが流れる。

"列車が参ります。危ないですので、白線の内側までお下がりください。"

そしてもう1度アナウンスが流れる。

"間もなく銀河急行が参ります。お乗りの方はお急ぎください。"

??

銀河急行?銀河鉄道の列車?

困惑していたボクの背後から、懐かしい声が聞こえてきた。

「おい、君!早く行こう!乗り遅れちゃうゼ?」

振り返ると、中学の頃の友達ケンジだった。

ゲンジに腕をグイグイ引かれてボクは、泡を喰らったように電話BOXに掛け込んだ。

「ボクが先にやっていいかい?君、秘密の番号は分かるね?」

そう言ってケンジは電話BOXに入り、秘密の番号をプッシュした。

続いて、ボクの番。

お金を入れず、受話器を上げる。

電話のプッシュボタンを3回押す。

"999"

カンカンカンカン!ほど近い踏切の音が秋の夜に響く。

シュッシュッシュッシュ!と銀河急行列車がホームに滑り込む蒸気の音が近くに聞こえる。

"銀河鉄道、大谷向〜大谷向〜。お乗りの方は乗車券をお見せくださぁ〜い!"

「さ、早く来いよ!」といつの間にか列車に乗り込んでいるケンジが急かす。

ボクには乗車券なんて…。

「お客様。上着の右のポケットから、乗車券をお見せ頂いて宜しいですか?」

銀河鉄道の車掌は、当たり前のように促す。

ボクは半信半疑で右ポケットに手を突っ込む…と、あるはずのない乗車券があった。

銀河鉄道の夜は、始まったばかり…。



ボクはケンジの対面に腰を下ろす。

2人とも黙って、窓からの景色をしばらくの間、眺めていた。

不意に口を開くケンジ。

「君、大谷川のずっと下流に大きな穴があるの知ってるかい?」

??

ボクはそんな話を聞いたことも、もちろん見たこともなかった。

「その大きな穴は、どこまでもどこまでも続いていて、底なしなんじゃないか?ってくらい深い穴なんだ。」

ケンジは窓の外を眺める姿勢を変えず、淡々とした口調で話した。

"ガタンガタン!!"

!!

激しい音と揺れの後、列車の灯りが突然消えた。


"銀河鉄道 大桑〜大桑〜、お降りの際は、お忘れ物のございませんようお気を付け下さい。"

うっすらと外の景色が浮かぶ。隣駅に着いたようだ。

ボクは懐かしい匂いに気が付いた。列車の灯りが戻り、また何事もなかったように走り出す。

目の前には、ソースの焦げた見かけの悪い焼きそばが湯気を上げていた。

「どうした?温かいうちに食べなぁ!」

今度は懐かしい声が聞こえた。

ボクの目の前には、6年前亡くなったはずのばあちゃんが、笑顔でボクの方を見ていた。

ボクは小さい頃よく、ばあちゃんが電車で用足しに行く時に一緒について行った。

決まってばあちゃんは昔馴染みのいる、この大桑駅のすぐ隣にある[高橋食堂]でボクに焼きそばをご馳走してくれた。

「どうして?ばあちゃんがここに?」

ばあちゃんは少し困った顔をしながら、こう答えた。

「いいから、早く食べちゃいな!今じゃないと食べられない、後はないよ。」

ボクは、懐かしい高橋食堂の焼きそばとおんなじ味を噛みしめた。

「ばあちゃん、お前がちゃんと大きくなったか見に来たんだ。」

「そしたら、こんなに立派に大きくなってて、ばあちゃん安心したぁ。」

ボクは、久しぶりに元気なばあちゃんの顔を見て、涙が込み上げてきた。

ばあちゃんは、あの頃とおんなじガーゼ生地のしわくちゃなハンカチでボクの涙を拭いてくれた。

「ほらほら、泣くことあるかい。おいしいもん食べて元気になれ!」

ばあちゃんは、またニッコリと笑った。

「ばあちゃん…。その…苦しくなかった?」

「ん?あぁ。ばあちゃん、ちっとも苦しくなかったよ。」

「だって、お前がばあちゃんの手をずっと握っててくれただろ?だから、ばあちゃんちっとも苦しくなかった。」

「さてと、ばあちゃん、お前の大きくなった姿も見れたし、ここらで降りるかね。」

ガタ、ガタン!!

!!

また列車の灯りが消えた。暗闇の中、車掌のアナウンスが響く。

"銀河鉄道 新高徳〜新高徳〜、お降りの際はお足元にご注意下さい。"

暗闇の中、ボクは叫んだ。

「ばあちゃん!ボクも、ボクもここで降りるよ!」

「お前の降りる場所は、ここじゃないだろぉ?」

銀河急行の列車には再び明かりが灯り、ゆっくりと走り出した。

外には、ばあちゃんの姿はどこにも見当たらなかった。

新高徳駅の近くには、ばあちゃんが亡くなった病院がある。ボクは、懐かしい気持ちと淋しい気持ちと…、やっぱり寂しい気持ちでいっぱいだった。

灯りの戻った列車の中ボクの対面にはケンジが座り、呆然と外を眺めていた。

「おばあちゃん、久しぶりに君に会えて嬉しかったみたいだね?」

窓の外を眺めたままのケンジの言葉にボクは、少しだけ元気になった気がした。


「こらこら〜、ダメでしょ〜?タクちゃんの席はこっち!」

幼稚園児くらいの男の子とそれを追いかける母親らしき若い女性が、隣の車両からボク達の席へ一目散に向かって来た。

男の子はボクを見るなり両手を上げて、

「パパー!ここにいたんだぁ〜?抱っこして!」

パパ?ボクが?男の子が可愛いかったのと、いきなりパパと呼ばれて恥ずかしい気持ちとで、ボクの耳が赤くなるのが分かった。

「あらあら、タクちゃん!メって言ったでしょ?ごめんなさいねぇ。」

慌てて母親の若い女性は、ボクに謝り会釈をした。

「だってパパでしょ?タクトのパパでしょ?」

母親の若い女性は、困った顔をして男の子を抱っこして元いた車両に戻って行った。

男の子はずっとボクの顔を見たまま母親に連れて行かれた。

あの子の父親に似ていたのかなぁ、ボク?

などと漠然と思うボクにケンジはこう言った。

「あの親子、君の未来の家族だよ!」

??

「え?ボクの家族?」

「そうさ。この銀河鉄道は[過去へ未来へ]繋がっているんだ。だからきっとさっきの親子は、君が数年後に出会う君の家族さ。」

今になって、この不思議な銀河鉄道に乗車しているっていう実感が湧いてきた。

「1つ聞いてもいい?」

ボクはケンジに、疑問を素直に聞いてみることにした。

「ん?なんだい?」

「ボク達は、何のためにこの列車に乗って、どこに向かっているの?」

ケンジは少し険しい顔をして、こう答えた。

「何のためにこの銀河鉄道に乗っているかはまだ言えないが…。目的地は、ボクと君が友達になった、あの日のあの場所。」



""エスケープしよぉ〜ゼ!""

"えすけーぷ?何それ?"

""学校サボんの!""

"え?"

""だから、学校サボってどっか冒険行こうゼ!""

"でも…、親にバレたら…。"

""大丈夫だって!オレ達、意外と真面目な優等生じゃん!""

""自分できちんと[熱があるので今日は学校休みます!]って担任に直接電話すれば!絶対にバレないさ。""


あれは中学2年の時。

クラス替えでケンジと同じクラスになって半年が過ぎた秋のある日のこと。

ケンジの言うようにボク達は比較的まじめで、どちらかというと優等生の位置付けだった。

突然前日に電話があり、ケンジがそんなことを提案したのだ。

ボクも全く乗り気じゃないわけではなく、学校や親に対して何かささやかな抵抗をしたいと少しは思っていた。


"っで、どこに行くの?"

""特に決めてない!君はどっか行きたいとこ、ある?""

"いや、ボクも特にない…。"

""じゃあ、明日いつも通り学校に向かうフリをして、大谷向駅に集合!""

""集合してから行先を決めよう!じゃ、明日!""


今となっては懐かしい思い出だ。

ケンジの言うあの日のあの場所は、たぶんその事だと思った。


あの日、大谷向駅に集合したボク達は、駅の狭いトイレで登校用の運動着から私服に着替えて、周りをキョロキョロ警戒しながら電車に跳び乗った。

今市の町方面に向かうと人目に付き面倒事が予想されるとケンジの計画に従い、ボク達は人目の少ない鬼怒川方面を目指した。

その時の2人の所持金は各自、電車代を混ぜても千円あるかないか位だったと思う。

特段、ゲームが好きとかファッションが好きというわけではなかったので、どこか自分達の知らない新天地ならどこでも良かったに違いない。

駅を出て、近くのコンビニで確か…チーズ蒸しパンと何か炭酸系の飲み物を買って、意味もなく乾杯した記憶がある。

その後どうやって時間を過ごし、どうやって家に帰ったかは、遠い記憶で全く思い出せなかった。


プシュー…シュッシュ。

「君!着いたよ!」

ボクはケンジの言葉で、思い出の回想から我に返った。

"銀河鉄道 鬼怒川公園〜鬼怒川公園〜。銀河急行は当駅で[10分]ほど停車致します。一旦お降りの際はくれぐれも発車時間をお間違いないようご注意下さい。"


「降りてみようゼ!」

「うん…。」

相変わらずのケンジ節で半ば強引に連れて行かれたボクだったが、うっすらと光る夜の景色に少しだけ懐かしさとワクワクを感じていた。

あの日、チーズ蒸しパンを買ったマイナーなコンビニは既に閉店となっており、残念な過疎化が進んだこの場所では、明るく光るのは通りに数か所ある街灯と、鬼怒川公園だけだった。

ボクとケンジは自販機で、最近変わったばかりの[あたたかい]方の飲み物を買って、近くの公園で立ち話を始めた。

「君は、あの日の事を覚えていてくれたんだな?」

ケンジが遠い目をしながら話し始めた。

「今だから言うが、あの頃の君は無知過ぎて…初めの頃は、バカな田舎モン野郎って思っていたんだ。」

「でも、金魚のフンみたくオレについて来ては、オレのやる事なす事いろんなもんをどんどん吸収していった。」

「そしていつしか君は、友達みんなの輪の中心にいた…。」

「オレは、自分が君を成長させたんだ!という誇らしい気持ちと、手が届かない高いところに行ってしまったという切なさがあった。」

「そこで、あの日エスケープに誘ったんだ!」

ケンジは淡々と話を続けた。

「でも君はあの日、いつもと変わらないままの君で、オレと一緒にここに来た。嬉しかった。」

「投げなしの金で、チーズ蒸しパンとシャッセを買って乾杯したよな?」

「そうか!シャッセだ!あの微炭酸のヤツ!あれ旨かったよね?」

ボクはやっと胸のツカエがおりてテンションが上がった!

懐かしい思い出話、久々な気がした。

そしてケンジは一呼吸して話を続ける…。

「その後、あんなことがなければ、オレ達はずっと友達だった…。」

??

あんなこと?

「ケンジ?あの後?あんなことって何があった…っけ?」

ケンジは静かに息を吐き出した。

「やはり、君はあの時の記憶に、カギを掛けてしまってたんだね…。」

ケンジは駅の方へ歩き始めた。

ボクもケンジの後に続いて歩き始めた。

「あの後オレ達は、何もやることがなかったから少しして駅に戻ったんだ。」

「そして悲劇が起こった…。」

「もともと右耳が悪かったオレは…。更に気温の低いここではほとんど聞こえてなくて…。踏切の音に気付かず線路に入り…。」


フォーンフォン!!フォーンフォン!!危険を知らせる列車の音が木霊する。

フラッシュバックのようにあの時の記憶の断片が一気にボクの脳裏に流れ込む。


「ケンジ…ボクは…。」

あまりにも悲惨な出来事にボクは、あの日の記憶を閉ざしていた。

ケンジはあの日…ここで。死んだ…。

「君のせいでもないし、あれは仕方がない事故だった…。」

しばらくの沈黙の後、構内アナウンスが響く。

"銀河鉄道 銀河急行は間もなく発車します!お乗りの方はお急ぎ下さい。"

「オレがあの日のように、この銀河鉄道に君を誘ったのは、オレのことを思い出してほしかったから…」

「君とオレが友達になったあの日のこと。そして…オレがここで死んだことを心にきちんと刻んでほしかった!」

ケンジは勢いよくボクの背中を押し、ボクを列車に追いやる。

ボクは体勢を崩しながら列車に飛び乗る。

「ありがとう…。そして、サヨナラだ。」

ケンジの最期の言葉が終ると、銀河急行列車のドアは閉まった。

ゆっくりと列車が動き出す。

ケンジはボクに背を向け、スーッと闇に消えた。

ボクは、ドアに寄りかかりながら窓の外を、いつまでもいつまでも眺めた…。



カンカンカンカン!

ガタンゴトン!ガタンゴトン!ガタンゴトン!

勢いよく目の前を通り過ぎる大きな音にボクは、我に返る。

大谷向駅からほど近い変則細道の踏切を、点検回送の列車が通り過ぎた。

時間は、22:23。

あれから時間は10分経過。

ボクの描いた空想世界の[銀河鉄道]は今も、過去と未来の思い出を乗せて走り続けているだろう。

夜空を見るボクの頬には涙の跡が、秋風に吹かれて冷たくなっていた。


fin.

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