遥か彼方の青空に
紫水ミライ
第1話 青空の下、出逢う
ふわり、ゆらり。
窓の側のカーテンが揺らぐ。
風がマンションの一室、開けっ放しの窓から入ってきてはそれに顔を叩かれる。
「んぅ……?」
はるかは起き上がり、タオルケットを蹴っぽると裸足で床を歩いた。
窓のカーテンを開けると、眩しい陽の光が視線を遮る。
額に手を翳して空を見る。
青く澄んだ色を浮かべたそこに飛行機雲が線を引く。
窓から羽ばたく鳥を横目に、リビングへ向かった。
「お母さん、おはよう」
ボサボサの頭を整え、髪を結んだ。
制服に着替えると食卓の椅子に座り、パンをかじる。
「はるか、お母さん今日早く出るから! 戸締まりよろしくね」
「ん、了解〜〜」
玄関から出ていく母を横目に、一人の男が写った遺影の前に朝のパンを供える。
「お父さん、ゆっくり食べてね」
はるかが六歳の頃、父は病気で亡くなった。
うっすらとしたその頃の記憶を頭に浮かべながらはるかはパンを食べ終える。
玄関から靴を履き出ると、階段を降りて駐輪場に向かう。
自転車の鍵をかけてペダルを漕ぎ出し、学校へ向かう。
――――下駄箱から靴を履き替え、はるかはクラスへ入る。
おはよう、そういつも通りの挨拶。
席について、チャイムがなると授業が始まった。
なんの変哲もない、当たり前のような。
いつも通りの日常がまた今日も始まる。
その毎日に、生活に。
はるかはどこか物足りなさを感じていた。
他の女子が咲かす恋話も、男子の騒ぎ声も、くだらないと思えてしまうほどに、いつもの日常が好きではなかった。
ただ何のひねりもない、何も起きない。
淡々と時間は過ぎていく。
休み時間、学校の中庭。
緑の芝生の上、パレットを片手に絵を描く青年らしき姿があった。
その深い色の、吸い込まれるような黒い瞳。
はるかは引き込まれるように、自分自分も驚くほど気づけば彼の方に歩いていた。
青年に尋ねる。
「何描いてるの?」
青年は冷静に、キャンパスに色を塗っていく。
中庭の奥にある木を見つめながら、だ。
彼は語る。
「現実ってね、つまらない。どんなに助けてと叫んでも、白い馬に乗った王子様は現れないし、命をかけてモンスターと戦うこともない。青春なんてなくて今を生きることが精一杯で。精霊も小人も居ないし、誰もが思い描くファンタジーなんてありゃしないんだ」
遠くを見つめ、彼は何かを見透かすようにゆっくりと続けた。
「だから、絵で塗り替えるんだ。こんな変哲もない世界も、空想と混ざりあったのならフィクションと同じ。新しい世界がそこに見える」
ぴたり、と筆が止まった。
彼は少し後ろに下がり、はるかにそれを見せた。
「完成したよ、あのただの木がこんな綺麗なんだ」
そこには、何の変哲もなかったはずの木にカラフルに色が宿った絵が浮かんでいた。
虹色の葉と金色のアクセサリーのような果物がぶら下がっている。
個性的で、同時に不思議に綺麗だとも感じた。
その繊細なタッチで描かれた木はどこか想像を掻き立て、今にも絵の中から飛び出してしまいそうだった。
「こんなに……凄い……」
はるかが息を飲むと、彼は頷いた。
「そう、日常も一工夫すればこんなにも楽しい。分かってくれて嬉しいよ、ありがとう」
静かな声色で鼻歌を歌いながら、彼はキャンパスを片付ける。
立ち去る彼を、はるかが引き止めた。
「待って」
彼は不思議そうに振り向く。
「何?」
「あのさ……君、名前はなんて……?」
「僕の名前は
「うん」
それじゃ、と立ち去る彼。
先程まで落ち着いていたはずのはるかの胸に小さな鼓動が生まれる。
胸を撫で下ろしながら、その鼓動の正体を知った。
これが恋だと、悟った。
ずっと鳴り止まないその感覚が残る。
そうして夕焼けの滲む空。
ひぐらしが鳴いて、帰り道を歩き始めた時。
はるかの目の前にあの青年が立っていた。
「……また会ったね、一緒に帰ろう」
朝花がはるかの隣に立つ。
ドクン。
胸の音が、今度は大きくなった。
緊張のあまり顔を真っ赤に染めるはるかと、それを包み込むように朝花の手がはるかの頭をそっと撫でた。
「緊張してる?」
朝花の問いが、はるかの緊張をさらに膨らませる。
「あ、あの……」
はるかが小さく声をかける。
「朝花さん……。私……あなたのことが…………………」
はるかなモジモジしながら告白した。
「私、あなたのことが好きです………………」
その言葉を聞いた瞬間、朝花の表情は変わる。
「ボク、女の子だよ?」
「えっ…………」
朝花はふっと微笑んで、はるかの耳元で囁いた。
「いけない子だね、女の子が好きなんだ…………」
ぞわり。
はるかの背筋に鳥肌が立つ。
それは恐怖ではない、どこか心の昂りだ。
「いいよ……付き合ってあげる。恋人になろう」
「っ! うん……」
女の子だとは思わなかった。
でも朝花の魅力はそんなものじゃない。
今はただ。
朝花に身を委ねるように。
好きという感情を問うように。
ただ二人で寄り添い合う。
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