第26話 文化祭〜停止した舞台〜
「フラッシュ!」
そう、台本通りに台詞を言った。
それが合図で照明係が一気にライトを明るくするという流れのはずだった。
しかし、その場はただ明るくなるどころか、あまりにも眩い光に劇場全体が包まれた。
さららも思わずぎゅっと目をつむる。
そして、ゆっくりと目を開ける。
劇場全体が、まるで真上に太陽が輝く日中のように、まばゆい光で満たされていた。
そして、すぐに違和感に気がついた。舞台上の先輩方、観客席の人々、自分以外の周りの人間すべてが、時が止まったかのように固まっていたのだ。誰もが動きの途中でフリーズし、表情はぴたりと止まっている。それまで聞こえていたはずの舞台効果音や観客のざわめきも、今は完全に静止し、劇場は深い静寂に包まれていた。
思わず、小道具の杖をぎゅっと握りしめる。不安感が胸をよぎった。
「どういうこと……」
そう心の声が口から漏れた、その時だった。
劇場の1階席から、一人の男性がすっと立ち上がった。
その男性は、夢の中で出会った人物だった。
「おや、さすがにこの魔法にはもうかからないようになったみたいですね。」
そうにこやかに舞台上にいるさららに話しかけながら、その男性は舞台上のさららを目指して、ゆったりと、しかし確かな足取りで歩いてくる。周囲の静止した人々をまるで気にする様子もない。
さららは、その人物の名を、まるで確認するように口にした。
「臣……さん?」
臣は、親しげに微笑んだ。
「正解です。覚えていてくださったんですね。」
さららは、不安と困惑を隠しきれずに問い詰めた。
「これは、どういうことですか!?」
「あなたと直接お話したかったんです。」
そう言って臣は、ついに舞台上のさららの目の前に立った。
臣は、さららの目を見て尋ねた。
「警戒しなくていいんですか?」
さららは、臣の目をまっすぐ見つめ返した。
「私にも分からないけど、あなたは私に直接危害を加えるようなことしないと思うから。お話ってなんですか?」
臣は、面白いものを見つけた子供のような笑顔で言った。
「ちょっと実験をしましょう。」
臣の足元に、ぼうっと淡い光を放つ魔法陣が浮かび上がり、その中から一本の杖がするりと現れる。そして、臣がその杖を軽く振ると、燃え盛る炎の塊が、見る間に鳥の形を成していく。それは、かなり大きく、全身から熱気を放つ、迫力満点の炎の鳥だった。
その炎の鳥が、さららをめがけて勢いよく飛んでくる。
「きゃ!」さららは思わず悲鳴を上げ、寸前で身をかわし、かろうじて直撃を避けた。
そして、炎の鳥に向かって右手を開く。ミモリさんからもらったブレスレットが、強く光を放ち始めた。さららは、その光を解き放つように魔法を放った。放たれた魔法は鳥に直撃したが、完全に勢いを静まらせるには至らない。
炎の鳥が再びさららに向かって飛んでこようとする。
さららは、慌てることなく、右の手のひらから水でできたガードを魔法で出した。それは、渦巻くような透明な障壁で、向こう側の炎の鳥が透けて見える。水と炎がぶつかり合い、ジリジリと互いが競り合う音が、静止した劇場に響くかのようだった。
その様子を冷静に見つめていた臣が口を開いた。
「今この会場には僕が擬似的に日を昇らせているんです。要は、ライトで明るくなっているのではなく、外と同じような理由で昼間の状態になっているということ。薄々分かっていましたが、やはりこの状態だとあなたは少し魔法が使いにくそうですね。」
必死に対応しているさららとは裏腹に、臣はまるで研究結果を述べるかのように冷静にそう言った。そして、「では、こうしてみましょう。」と言う。
そう言って、臣は手に持った大きな杖を振った。
すると、辺りは瞬く間にオレンジ色に染まり、やがて紫を帯びて、まるで日が落ちたかのように暗くなった。そして、頭上には満点の星空と、煌々と輝く月が昇った。
すると、さっきまでジリジリと競り合っていたさららと炎の鳥の状況が一変する。明らかにさららの方が優勢になっていくのが見て取れた。そしてついに、さららは炎の鳥を水のガードで力強く跳ね返した。
さららは、突然の状況の変化に困惑した表情を見せる。
「どういうこと……」
臣は、その様子を穏やかな表情で見守りながら教えた。
「あなたは夜の方が魔力が強くなるってことですよ。」
そして、跳ね返された炎の鳥が、再びさららをめがけて引き返してきた。さららは、迷うことなく右手から魔法を放った。その放たれた魔法は、流星のような輝く光をまとって炎の鳥の目の前まで一直線に飛んでいき、そしてそのまま炎の鳥を優しく包み込んだ。
炎の鳥を包み込んだ光を、さららはそっと臣のそばへ誘導する。そして、魔法を解いた。光の中から現れた炎の鳥は、まるで眠っているかのように穏やかだった。
臣は、それを見て、満足げに微笑んだ。
「あなたは本当に純粋で優しい。」
さららは、息を切らしながらも、はっきりと言った。
「だってその子悪くないから。」
続けて、「私の魔法、夜の方が強いってどういうこと?」と、疑問を投げかける。
臣は、落ち着いた様子で炎の鳥を腕に乗せ、そのくちばしを優しく撫でながら説明した。
「魔法は本来、自然の力を借りながら操るものなのです。なので、魔法が出せる環境、出せない環境があります。」
そして言葉を続けた。
「あなたの場合は夜ですね。特に星の力を借りているようです。」
「星のちから……」
さららは、呆気にとられたように復唱した。
「で、でも!私朝でも夕方でも使えっ……!」
さららが言いかけて、ハッと何かに気がつく。
臣は、その変化を見逃さず、柔らかな声で続けた。
「そう、星って見えないだけで、日中も輝いています。ただ、太陽の光が強いだけ。だからですよ。」
そう言って臣は、炎の鳥にトンッと杖を当てた。すると鳥は、まるでマジックのように煙となって霧散し、足元には微かに火の粉が落ちただけだった。
臣は、静止した空間を見渡しながら言った。
「さて、時間を止めるのもそろそろ潮時ですね。あなたの適性が分かってよかった。」
さららは、突然の別れの宣告に「え!?」と戸惑いを隠せない。
臣は、優しく微笑んだ。
「まだもう少し頑張ってもらうと思います。あなたの大事な青春に邪魔をしてしまってすいませんでした。」
そう言って臣は杖をあげた。その瞬間、あのときと同じ、まばゆい光が劇場全体を再び包み込んだ。さららは、その強烈な眩しさに、また目を閉じた。
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