第15話 買い出しトリオ
中間テストを終え、学校全体が文化祭の熱気に包まれ始めていた。
クラスの出し物である「不思議の国のアリス」をテーマにした喫茶店も、いよいよ本格的な準備が始まろうとしている。
放課後、教室は机や椅子が端に寄せられ、大きな作業スペースへと様変わりしていた。色とりどりの画材や装飾品が広げられ、クラスメイトたちの賑やかな声が響く。
奏雨と律、そしてさららの三人は、喫茶店内の装飾準備に取りかかっていた。
教室の地べたに座り込み、大きな紙に絵を描いたり、材料を切ったりする奏雨と律の傍らで、クラスメイトたちが慌ただしく動き回る。
出入り口の壁面に立体的に飾る予定の「Alice in Wonderland」の文字。
その塗装材が足りなくなりそうだと、奏雨は気づいた。同じ作業をしている女子生徒に端末の画面を見せる。そこには簡潔な文字が浮かんでいる。
「塗装材足りなくなりそうだから、俺買ってくるね。」
女子生徒は画面の文字を読み終えると、奏雨の顔を見てブンブンと大きく頷いた。
「え!ほんと助かる!ありがとう!」
彼女の声には、心底からの感謝が込められていた。
その様子をすぐ隣で見ていた律は、わずかに優しく口元をほころばせる。
その時、別の作業グループから抜け出してきたさららが、奏雨と律のグループに声をかけた。
「そっち、何か買い出し行く?私たちの方、絵の具が切れそうだから、買いに行こうと思っててるんだけど〜」
明るく響くその声は、奏雨の耳には届かない。
何を話しているのか聞き取れない奏雨は、ただ、さららの顔を見つめるしかなかった。
すると、先ほど奏雨が端末を見せた女子生徒が、すぐにさららの問いに答えた。
「今ちょうど奏雨くんが塗装材を買いに行こうとしてたところだよ!さららちゃんのグループの買い物も、奏雨くんに任せる?」
その言葉を聞いたさららの視線が、自然と奏雨の方へと向けられた。突然、キラキラと輝くさららの大きな瞳と目があって、奏雨は思わず驚いたように肩を揺らす。
さららは、もう一度女子生徒へ視線を移すと、楽しそうに提案した。
「絵の具、大きいの買うつもりだから重いし、私も一緒に行ってくるよ!」
そう言うと、さららは自分の端末を取り出し、音声テキスト化アプリのアイコンをタップした。起動した画面にマイクを近づけ、「一緒に買い出しいこ!」と吹き込む。彼女の言葉はすぐにテキストに変換され、画面に表示された。
さららはその端末を、まっすぐに奏雨へと差し出す。奏雨は表示された文字を読み、一瞬、戸惑ったように目を瞬かせた。しかし、次の瞬間、小さく頷いた。一人で行くつもりだった買い出しに、さららが同行を申し出てくれたことに、彼の心臓が小さく跳ねた。
一連の流れを見ていた律は、一瞬でもほころんだ顔を、いつもの仏頂面へと戻した。
そして、奏雨に向かって、ジェスチャーを交えながら言った。
「おれもついてくよ。」
奏雨は、さらに戸惑ったように頷いた。まさか三人で買い出しに行くことになるとは思っていなかったのだろう。
こうして、文化祭の準備という日常の中で、さらら、奏雨、そして律の三人は、連れ立って学校の外へと買い出しに出かけることになったのだった。
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