第30話 呪いの代償(闇の組織編)
「……これより、“未認可術者による呪殺事案”の情報照会を申請します」
神波朔は、いつになく冷たい声で言った。
場所は陰陽庁本庁舎・第四調査課、通称“術災対応室”。
国家認可を受けた陰陽師の中でも、ごく一部にしか知られていない秘密部署だ。
立ち上がる時、その背中にはいつもの柔らかな空気はなかった。
そこにあったのは、国家公務員であり、陰陽庁所属の陰陽師としての“官吏の顔”。
職務に忠実で、そしてなにより――正義に、真っすぐだった。
応接デスクの前にいた上官が、眉をしかめる。
「……確かに、術式痕跡の提出は受理されている。だが神波、おまえ……それ、個人感情が入りすぎてないか?」
神波は表情を変えない。
「私は、個人的感情で動いていません。対象術式は危険度B級以上。しかも未成年に“術式同意契約”を行い、結果として第三者の死亡をもたらしています。倫理規定第十二条、並びに未成年保護条項の重大違反に相当すると判断します」
「……ごもっとも。だが、相手が“本当に術者”だという証拠は?」
神波は、“霊的巻戻し記録札”を提出した。
「呪殺対象者の死因に不審点があることは、病院のカルテで既に確認済み。死の瞬間、対象者の霊的層に“割符印”が確認されている。“式を切り分ける技術”を持つ者の仕業であることは明白です」
「割符印だと……それは、相当に古い技術の流れじゃないか……!まさか、“白隠流”……?」
神波の目が鋭くなる。
「お心当たりが?」
「……噂だ。国家陰陽師制度が整う前、“名前を持たない術者集団”が東北にいたという。依頼でしか動かず、金を受け取らず、ただ“報い”を肩代わりする。儀式も独特で、個人が術を分割し、“穢れ”を部分的に引き受ける形を取る……」
「……その術者が、未成年に対しても平然と“呪殺契約”を交わしたわけですね」
上官は、黙ってうなずく。
「よし。調査許可を下ろそう。ただし、行動は限定する。おまえには調査官資格があるとはいえ、“潜入捜査”は極めて危険だ」
「潜入はしません。“招き”をかけます」
「……“招く”?」
神波は、薄く口元を引き締めた。
「こちらから“呪いの依頼”を送るんです。“復讐を願う者”のフリをして。
奴らは、“本当に呪いを望む人間”にしか反応しない。だからこそ――“信じさせる”必要がある」
その夜、神波は高塚家に戻って報告を行った。
「……つまり、“白隠流”という流派が今も生き残っていて、結城颯太の件は、その一端だと」
百合は、真剣な表情で頷く。
「“術の解体と分割”――普通はやらない術式ね。術者にとっても相当な危険を伴う。それでも引き受けた理由は……?」
「“信仰”だと思います。“呪いは報いである”という信念。だから、金も名も受け取らずに動ける。“人間の願い”だけを拠り所にしている集団です」
ふくまるが、警戒するように呟いた。
「にゃ……“理想に狂うタイプ”にゃ。金や権力よりも、“正しさ”の感覚が鋭すぎる。
それが“他人にとっての正義”と食い違う時、歯止めが利かなくなるにゃ」
百合が目を細める。
「……じゃあ、“その正義”に、こちらの願いで罠をかけるしかないわけね」
神波は、小さな紙片を取り出した。そこには、血で書かれた偽名と、呪うべき“標的”の名。
「依頼内容は、“娘をいじめて自殺に追いやった教師を殺してほしい”――という設定です。ネット掲示板に書き込み、例のルートから連絡を送る」
百合はその紙を見て、一瞬だけ表情を曇らせた。
「……颯太くんが送った時も、きっとこんな気持ちだったのね」
「“もう誰にも止められない”と信じていた。でも、本当は“誰かに止めてほしかった”――そういう願いが、言葉の裏にあるものです」
数日後――
神波のメールに、あのときと同じ文面の返信が届いた。
今夜、午前一時。△△神社の奥、第二鳥居跡にて
“見届け人”が待つ。契約は一度限り
百合は、戦闘用の簡易術装束に身を包み、隣でふくまるが武装した式符を背負っていた。
「……来るわよ。“白隠流”――この時代にまだ生き残ってるなら、術の質も心構えも、本物だと思ったほうがいい」
神波が一つ頷く。
「でも、負けません。俺たちには、“正義”の定義を曲げない覚悟がある」
「……それが、あなたの“陰陽師としての矜持”?」
「そして――“あなたを守る者”としての誇りです」
その言葉に、百合は一瞬だけ表情を和らげた。
「なら、行きましょう。“祓うべき存在”に、こちらの名前で返答するために」
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