第22話 狐の嫁とその男(終)


 そんなこんなで、静津は崇詞と正式に結婚することにした。

 とはいえ、それは本人達の心づもりがそうなっただけで、内実は変わらず白い結婚のままである。


「美味しそうな蜜柑ねぇ」

「キュンキュン」


 静津は炬燵の中でぬくぬくと温まりながら、いつかの日のように、蜜柑の皮を剥いていた。

 それはもちろん、自分が食べるためだ。


 以前と違うことは、周りに居る者達皆が、静津の剝いている蜜柑を狙って目を輝かせていることだ。


 キュンキュン声を上げながら、蜜柑の実を待っているソワソワの狐達。

 口に蜜柑の実を投げ込んでもらったことのある、ワクワクの六歳児、聡詞。

 新たにお友達になったばかりの、金色の瞳が愛らしいウキウキの白蛇。

 なんだか楽しそうなことだと、キラキラお目目が輝く十歳の妹、八重。


 そしてニコニコ笑顔の絶えない、侍女四人に夫の崇詞である。


「大人の皆さんは、自分で皮を剥いてください!」

「奥様、つれないではありませんか」

「皆が振舞ってもらえるものを、私達だけ頂けないなんて」

「蜜柑、美味しいですよね、奥様」

「ほら、口を開けますから、ここにも放り込んでください。あーん」


「崇詞様も、何故一緒になって待っているのです」

「別に、待っている訳ではない。だが、妻が蜜柑の皮を剥くなら、その実を食べさせてもらうことはやぶさかではない」

「やぶさかであってください。このままではいつまで経っても私の口に蜜柑が入りません!」


 静津の訴えに、一人だけ蜜柑争奪戦に参戦していなかった善治はくつくつと笑いながら、机の中心にある籠の中の蜜柑に手を伸ばし、崇詞にそれを渡す。


「崇詞様。食べさせてもらうだけが夫婦ではないのではありませんか」


 いや待て、待ちなさい。

 何を夫に仕込んでいるのだ。


 ハッとした崇詞が、慌てて蜜柑の皮を剥きだしたではないか!


「静津、ほら。食べさせてやるから、俺の手からゆっくり食べると好い」


 あーん、と言いながら真っ赤な顔で蜜柑を差し出してきた夫に、焦り狂う静津の心臓はドドドドドドと音を立て始めた。


 静津達夫婦の様子を見ながら、愛に反応する狐達がキュンキュン鳴きつつ、体を大きくしていく。

 狐達の様子を見ながら、聡詞と白蛇はけらけら笑い、侍女と善治は体を震わせながら後ろを向き、八重は「勉強になるぅ」と興奮した様子でこちらを観察していて、崇詞は「なるほど、静津はこういうのが好きなのか……」と悪い顔で嗤っている。


 蜜柑を口元にあてがわれ、追い詰められた静津は、顔を赤くしながら思った。


 どうしてだ。

 何故このような事態になってしまったのだ!


「何を言う、静津。全てはそなたが作った場ではないか」


 優しくそう囁いてくるのは、愛する夫だ。


「ここが皆の帰る場所だ。そうだろう?」


 周りを見渡すと、皆ニコニコとほほ笑みながら、静津を見ていた。

 じわりと目頭が熱くなって、静津は胸の内のむず痒さに、思わず頭を振る。


「しかたないですね。じゃあ、蜜柑くらい剥いてあげますよ。順番ですからね?」

「キュン!」

「わーい」

「我も! 我の分も!」

「静津姉様、妹特権で二房!」

「「「「奥様ー!」」」」


 ワイワイと騒がしくなった和室の中からは、雪解けの中庭が日に照らされている光景が見えていた。


 どうやら春がもうすぐ、やってくるようだ。




〜狐の嫁とその男 終わり〜





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狐の嫁とその男 黒猫かりん@「訳あり伯爵様」コミカライズ @kuroneko-rinrin

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