第20話 母の治療の代償


 祭が行われて一週間が経った。


 自室の炬燵こたつで、狐達と白蛇に囲まれ、まどろみながら、静津は中庭を眺めつつ、あの日から起こったことを思い返す。


 祭のあったあの日、結局白蛇は、静津を白蛇の巫女みことし、異能の力を授けてしまった。


 そして、白蛇は経毘沼へびぬま公爵家から異能の力を奪おうとしたのだけれども、静津はそれを止めた。

 何故なら、彼らは大日本帝国全土から癒しの依頼を受けており、それを静津一人の身で引き継ぐのは到底無理だったからである。


「今後は代償が在るのだから、依頼はなかったことになるのではないのか?」

「代償を支払ってでも、治してほしい怪我や病っていうのはあるものなのですよ」


 別に、癒しをもたらす異能の力の大小を払うのは、術師本人でなくてもよいのだ。

 癒しを希望する者本人が、その代償を支払えば好い。


 静津は肩口で短く切りそろえた赤い髪を見ながら、白蛇にほほ笑む。

 その左目は、物を映していなかった。


 髪と、左目の視力。


 それは静津が、母を治すための代償として捧げたものだ。

 そしてもちろん、代償を捧げたのは、静津だけではない。


「静津姉様。ここに居たの」


 和室で中庭を見ながら、白蛇を腕に絡ませてゴロゴロする静津の部屋にやってきたのは、妹の八重だ。彼女の艶やかな黒髪も、同じように肩口で切りそろえられている。


 それにしても、萩恒公爵家に与えられた美しい着物に身を包んだ彼女は、本当に美しい。

 まだ十歳だというのにあまりにも妖艶で、右目の泣きぼくろが色っぽく、こちらが悪いことをしているような気になる。


「八重、いらっしゃい。炬燵こたつで温まっていく?」

「ううん、先に母様の見舞いに行って来るよ。……このおうち、高級すぎて広すぎて、ずっと居るのが怖いのよ姉様……」


 涙目で震えている八重に、静津はカラカラと笑った。

 硝子に驚いていた頃の自分を思い出し、大分この家に慣れたものだと、感慨深く思う。


「あと四半刻しはんとき後に崇詞様とお話があるから、私は後から行くわね」

「うん、待ってるね」


 そう言うと、八重は母・多重の着替えを持って、先に病院へと向かって行った。



   ~✿~✿~✿~


 母・多重の治療をしたのは、他ならぬ静津だ。

 白蛇の神官になったことで、静津は癒しの力も使えるようになっていた。


 だから、母を多少回復させて話ができるようにした後、母・多重と妹の八重に、率直に相談したのだ。


「母様、八重。この治療は、代償を伴うものなの。私一人で賄うなら、私の命を母様にささげることになる。……どういう配分なら、いいかしら」


 それを聞いた母・多重は、まず「治さなくていい」と言った。

 それは許されないことなので、静津と八重は無視した。


「静津姉様、髪の毛はどうかな」

「うん、好いと思う。……三人全員の、ここから先三年分の髪。これで大分代償が薄まる」

「いいね。他には何が必要?」

「私の目」


 息を呑んだ八重と母に、静津は笑う。


「私の赤い髪三年分。そして、赤い瞳の視力。これを捧げることで、代償を大幅に減らすことができる」

「そんな、姉様!」

「だめよ静津。それなら、母様の両目を……いえ、見捨てなさい。ここが母様の寿命なのよ」

「両目じゃないわ。片方の目の視力を使う。これで命を救えるなら、安い買い物でしょう」


 静津の言葉に、母と妹は泣いていた。

 何度も説得して、いやだいやだとごねる彼女達に時間切れだと告げたところで、八重と母が反撃をしてきた。


「姉様。私達も、片目を差し出すわ」

「えっ、でも」

「二人で片目を差し出せば、姉様の目はいつか見えるようになる。そうよね?」

「どうなの、静津」


 二人の片目を一生分差し出すならば、静津の赤い目が見えない期間は十年ほどで済む。

 けれども、母と妹にそんなことをさせるわけにはいかない。


 そう告げたけれども、結局静津は母と妹を抑えきれなかった。


「姉様は母様と私のために、身を挺して萩恒家に嫁いだでしょう。次は私達の番よ」


 こうして、静津は母の命を救う癒しの術を執り行ったのだ。


 最終的に決めた代償は、静津と母、妹の三年分の髪の毛。

 そして、母と妹の左目の十年分の視力と、静津の左目の視力十五年分である。


 ちなみに、崇は自分の目を差し出すと騒いでいたけれども、静津はこれは白蛇との約束を果たした証だからと説得して黙らせた。


「左目が見えなくなった私を、すぐさま放り出しますか?」

「そんなことはしない!」

「なら好いのです」


 しばらくしたら離縁されるかもしれないけれども、仕事を見つけるまでは置いてもらおう。

 そう思っていたのだけれど、崇詞は何故か顔を赤くして、「そなたはずるい」と私を抱きしめていた。

 不思議なことだ。


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