第12話 狐のお告げ


「きつねさん達は、ちがうって言ってるよ」

「……聡詞、様?」

「静津は、うちに来てくれたとってもたいせつな人。だから、イケニエは静津じゃない」


 ふわりと聡詞の周りに薔薇ばら色の炎が舞い、侍女達が悲鳴を上げた。

 その炎は静津の周りにもやってきて、愛おしむようにまとわりついてくる。


 熱のないそれは静津の中の閉じられた何かを燃やしたあと、すぐさま消えてしまった。


 けれども、静津はそれを些事さじであると考え、構わずに、聡詞に目線を合わせるべく、その場で膝をついた。


「聡詞様は、何を知っているの」

「僕はあんまり知らないと思う」

「狐さん達が話してくれたのですか」

「うん。今の静津ならいいよって、言ってくれてる。いそぎだからって」


「――きゅん」


 廊下の奥に現れたのは、馴染みの子狐だ。

 最初に見た時よりも、少し体が大きくなっている。

 好く分からないけれども、この子狐はここ数日で成長したのだ。


 静かに佇むその姿と、赤色の双眸そうぼうに、静津は頭に浮かんだ言葉を呟く。


狐神きつねがみ様……」


 廊下の先を見つめる静津。

 そして、同じく廊下の先を見つめる聡詞に、侍女達が不安そうに尋ねてきた。


「何か居るのですか?」

「奥様。私達には何も見えません」

「廊下の奥に、何か、居るのですか」

「狐神……?」


 不安そうにしている侍女達に、静津は頷く。


 あの子狐は、静津と聡詞にしか見えないのだ。

 それは、以前に聡詞が教えてくれたことだ。



   ~✿~✿~✿~


「静津は、きつねさんが見えるんだね」


 三週間前のある日、子狐と遊ぶ静津を見つけた聡詞は、嬉しそうに走り寄ってきて、そのように告げた。


「見える?」

「うん。このおうちにはね、たくさん、きつねさんがいるでしょう?」

「え?」

「でもね、みんなには見えないの」


 聡詞が子狐の頭を撫でると、子狐は嬉しそうに「きゅん」と鳴く。

 静津がこの家に来てから会った狐は、この子狐だけである。

 しかしこの幼い当主の弟君には、もっとたくさんの狐が見えているらしい。


 この六歳の貴人は、嘘が得意ではない。

 これまでのやり取りの中で、静津はそれを知っている。

 少なくとも彼は、真実だと信じていることを口にしているのだろう。


「崇詞様はご存じなのですか?」

「しらないよ。きつねさんが、他の人に言うなって」

「あら」

「だから、僕はがんばって、にぃさまにも秘密にしているの。でも、静津は見えるんだから、大丈夫だよね」


 にこにこと笑う幼子に、静津はなるほどと思う。


 聡詞は赤色の瞳を持っている。

 そしてまだ六歳だ。


 七歳になっていない。


 だからきっと、のだ。

 今の静津に見えないものを、彼は知っている……。


     ~✿~


「え? 僕、きつねさん以外は見えないよ」


 そう思って尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。


 炬燵こたつの中で蜜柑の皮を剥き、一つ実をもいで子狐の口に放り込むと、炬燵の中の子狐は、ぬくぬくと目を細めながら、嬉しそうに実を咀嚼している。

 それを見た聡詞は、「僕も! 静津、僕も!」と言うので、静津は同じように、蜜柑の実をその尊いお口に放り込んでみた。

 美しく尊い御子様は、それは嬉しそうにしながら蜜柑を食べていた。

 幸せの絵面である。


「僕はこのおうちの子だし、目が赤いから、きつねさんはよく見えるんだって」

「そうなのですか」

「ほかを見るのは、赤い髪じゃないから無理って言われたよ」

「赤い髪」


 静津は思わず、自分の赤い髪の端を見る。


「赤い髪。いまのこども達とはちがう。ほんとうの神官のあかし」


 それだけ言うと、聡詞は「いいなぁ。僕も赤が良かった」と、片口で切りそろえられた自分の黒髪の端を見た後、静津の髪を羨ましそうに眺めた。


 そして、それ以上のことは聡詞からは教えてもらえなかった。

 聡詞によると、不思議なことに、いつもおしゃべりな狐が口を閉ざしているのだという。


 崇詞のことも、子狐に聞いてみたけれども、情報は得られなかった。

 狐が教えてくれないのと言われれば、静津に抵抗する術はないのだ。



   ~✿~✿~✿~


 けれども、その狐の気が変わったのだとしたら、話は別だ。


「聡詞様、狐さん達はなんと言っているのですか」

「にぃさまが、白蛇退治にむかった」

「白蛇? ……経毘沼へびぬま家が、関係しているのですか?」

「うん。でも、きつねのよめが足りない。だから、にぃさまは勝てない」

「狐の嫁……私?」

「そう。このままじゃ、にぃさまが死んじゃう。静津!」


 目に涙を浮かべて抱き着いてきた聡詞を受け止めながら、静津は侍女達を見る。

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