第11話 出陣
そして
崇詞が
場所は、帝国神社の大聖堂で行う予定らしい。
「ていこくじんじゃ?」
「そうですよ、聡詞様。すっごく大きくて、綺麗な神社らしいです」
「大聖堂は黄金に輝いていると聞いたことがあります」
「水を司る
「それを言うなら、火を司る萩恒家のために、毎日聖堂で焚き木をすべきだわ」
けらけらと笑う侍女達に、聡詞は目を輝かせている。
「静津! 静津は、ていこくじんじゃ、見たことあるの?」
「いいえ。私は田舎育ちで、住んでいた村から直接このお家に来たので、帝都のことはあまりよく知らないんですよ」
この萩恒公爵家はもちろん、帝都の中に存在している。
しかし、契約上、この家の外に出ないこととなっている静津は、帝都に足を踏み入れたことがないのだ。
「僕も! 僕も、あんまりお外にいったことがないんだ」
「そうなのですか」
「行ってみたいね。静津、今度一緒に行こうよ」
「そうですねえ。でも、まずはお庭の探索の方が先かもしれませんね」
「お庭?」
「まだ雪だるまを作ってませんもの」
静津は今日を最後に、この家を出る身だ。
一緒に外に遊びに行くという約束を叶えることはできないだろう。
けれども、雪だるまを作ることくらいならできるかもしれない。
あの完成された美しい庭に素人の
「そうですね。一度くらいなら、中庭に雪だるまを作っても崇詞様も怒らないでしょう」
「!」
跳ねるようにして喜んでいる聡詞に、静津達の目じりが下がっていく。
「楽しそうだな」
低く柔らかい声がして、その場の全員がパッと顔を上げる。
声の主はもちろん、
この
御年二十歳の貴人は、神事を行うための
赤い生地に金色の模様が刻み込まれた
それは彼の弟の
「にぃさま! 綺麗!」
「こら、聡詞。綺麗というのは、男に対する誉め言葉ではないぞ」
「ええと、すごいの。にぃさま、すごい!」
「そうか、ありがとう」
膝を折って頭を撫でる崇詞に、聡詞はそわそわとした様子で固まっている。
どうやら、兄にいつもどおり抱きついてしまいたいのに、美しい装束に気を使って、それができないでいるらしい。
崇詞の後ろを付いてきた善治が室内に入ってきたところで、崇詞が皆に向かって語りかけた。
「皆、聞いてくれ」
その場に居るのは、崇詞に聡詞、静津に、家令の善治、侍女の
「俺はこれから、祭を執り行う。そのために、帝国神社へと向かう」
「はい」
「故に、この家のことは善治、お前に任せる。聡詞、お前は善治と壱子達の言うことをよく聞くんだぞ」
「はい、にぃさま!」
「こちらにおいで」
膝を突いた崇詞が呼んだので、聡詞は嬉しそうに近くに寄っていく。
やってきた小さな
「最後にお前の笑顔が見られてよかった」
「……にぃさま?」
「祭はな、大変な仕事なんだ。聡詞、兄さんの背中を押してくれるか?」
「背中をおすの?」
崇詞の背中をぺたぺた触る
そして、崇詞は静津を見た後、ふわりとほほ笑んだ。
「静津も、今までありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「背中を押してほしいところだが、そなたは全力でこの家に私を縛り付けてきそうだな」
「そう思うのであればおやめくださいまし」
「恐ろしいことを言う
「行ってらっしゃいませ」
膝を突き、三つ指を立ててふわりと頭を下げると、聡詞の傍らで膝をついていた崇詞は、一瞬固まった後、「うん」と一つ頷いた。
「行って来る」
静津達は、玄関まで出て、崇詞を見送った。
善治は崇詞の付き添いで、共に馬車に乗り込んでいった。
きっと、これでもう、静津と崇詞が会うことはないのだろう。
それを思うと目頭が熱くなるけれども、聡詞の手前なので、必死に心を落ち着けて涙をこらえる。
しかし、馬車がとうとう見えなくなり、玄関の戸を閉めたところで、侍女達がその場で泣き崩れてしまった。
お陰で聡詞が仰天して、「わぁ!?」と声を上げた。
「いちこ!? にちか、さんご、しの。どうしたの!?」
「なんでも……なんでもないのですよ、聡詞様」
「ただ、崇詞様のお姿が、ご立派だったから」
「素敵な装束でしたね」
「崇詞様はきっと、立派にやり遂げてくださるはずです」
「――何をやり遂げるの?」
怒気をはらんだその声音に、泣いて座り込んでいる侍女四人は、静津を振り仰いだ。
事情を知っている侍女四人が、こうまで泣き崩れるとは、尋常ではない。
苦行に行くのだとは、分かっていた。
崇詞が覚悟を決めていることも。
大人である彼が決めたことを、静津が止める権利など、どこにもない。
けれども、彼が
仁王立ちをする静津に、聡詞はその服の裾をそっと握り締める。
「大事な聡詞様にも何も言わず、あの人は何をしようとしているの」
「お、奥様」
「私達は何も」
「私に隠すのは、狐の嫁――
「ちがうよ、静津」
否定する幼い声に、ぎくりとしたのは静津だけではなかった。
振り向くと、そこには不思議そうな顔をした
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。