花屋のあの子は花粉症 ~お題への短編小説~
夏目 吉春
花屋のあの子は花粉症 ~舞ちゃんの場合~
春の風が店先の花を揺らしている。赤、黄、白、ピンク、名前を覚える気もない花々が、色彩だけで季節を主張していた。
「えっくちゅ……っ」
一瞬、花の香りに鼻が反応した。
わざとらしくないように気をつけながら、そっとマスクを押さえる。
私は、花が好きなわけじゃない。
花の名前や花言葉なら、大体は知ってる。
詩に使うから。けど、それは“言葉”としての価値であって、実物の花に特別な感情はない。花粉症ぎみなのも、春にありがちな微弱アレルギーってだけの話で──。
「おー、今日も美人店員さん、くしゃみからのスタートですか!」
声がした。
軽く顔をしかめながらも、接客用の無難な笑みを浮かべる。
来た。
毎日やって来る、あの男子高校生。名前は知らない。名乗られたかどうかも覚えてない。
「この花……なんだっけ、チューリップ? なんか、風車のイメージあるよね。オランダ的な」
「……風車は国の話。花言葉は“思いやり”です」
「うわ、詩的……思いやり……ぬう~」
「ぬう?」
「いや、俺の語彙が追いつかないとき出る音です」
言ってる意味が分からない。
でも、こっちはそれにいちいち付き合う余裕もない。
彼はレジ横にチューリップを1本だけ置いて、にこにこと財布を取り出した。
「舞ちゃん、今日もくしゃみしてたよね」
「花粉症ですから」
「そっかー、花屋なのに、花粉症……ギャップ萌え……」
それも意味が分からない。
そして、なんで名前を知ってるのかも気になる。
「店長さんが言ってたよ。『樋口さんは真面目で助かるわ~』って」
ああ、名札か。くしゃみでぼーっとしてたせいか、忘れてた。
その日、彼は去り際にこう言った。
「このチューリップ、明日も買いに来るかも。今度は、舞ちゃんに合う詩を添えられるように頑張るね」
「……どうぞご自由に」
「えっくちゅ……っ」
それは、花粉のせいだ。きっと。
***
春も深まり、桜が散りはじめた頃。
ハルは三日連続で“青い花”にこだわり、やたらと悩んでいた。
「えーっと、これ……デルフィニウム? いや、ブルースター? どっちが“内気な勇気”っぽいかな?」
「どっちも微妙に違います。“幸福な愛”と“希望”です」
「ぬう……むずいなぁ。いや、でも……そうか、“希望”か……」
まただ。花言葉で何かに納得してる。
何がしたいのか分からない。けれど、毎回の“くちゅっ”で私はなんとなく察していた。この子、本気で何かをしようとしてる。
でも、明らかに準備が足りてない。
そして、ある日──事件は起きた。
閉店前、店長が妙にニヤつきながら声をかけてきた。
「舞ちゃん、ちょっと裏の搬入口、手伝ってもらえる?」
「はい。何か……?」
「いやぁ、ね……若いっていいわねぇ~」
意味がわからない。けれど、言われるままに裏にまわると──
いた。
青い花を持ち、短冊らしき紙切れを胸に押し当て、もじもじしてるハルがいた。
……ぬうぬう言ってる。
「……なにしてるんですか」
「あっ、えっと、いや……! ちが……いやちがわないけど、あの、その……」
えっくちゅ……っ
あ、出た。
このタイミングで出るなんて最悪だ。
しかも、ハルの顔が一気に真っ赤になる。
「ま、舞ちゃん……えっと、僕……あの……ずっと、短歌を、考えてて……っ」
「……短歌?」
「うん。花に添える歌、っていうか……その……“気持ち”って、五七五七七にすれば、言いやすいかなって……」
沈黙。
風の音。
春の匂い。
えっくちゅ……っ
誤魔化すしかなかった。
私の感情が、花粉以上に揺れていることを。
ハルの手には、ぐしゃぐしゃになりかけた短冊が握られていた。
青いインクの文字が、風に揺れて少し読める。
「君の花 選ぶたびごと くしゃみして それでも僕は 花を買いたい」
……くしゃみが、主役なんだ。
「それ、……私に?」
「……うん。最初は花言葉だけで誤魔化してたけど、途中から、ほんとに毎日考えてて……。今日が、その……本番だったんだけど……」
「……短冊は、持ち方が雑です。折れかけてる」
「ご、ごめん……! 緊張で、ぬう度MAXだったから……!」
「ぬう度ってなに?」
「……僕の、気持ちの熱量、みたいな」
くちびるが震えそうになるのを、私はまた……。
えっくちゅ……っ
もう、花粉のせいとは言いきれなかった。
ハルはおずおずと、いつもの調子で言った。
「舞ちゃん、僕の……告白のぬう度って、どんなもんすか?」
私はほんの少しだけ、マスクをずらしながら答える。
「……ノスタルジー、2」
「ぬうぬう……!」
「……明日、花変えてきたら、もうちょい上がるかも」
「まじっすか!? よーし、花言葉検索祭りじゃーっ!!」
彼は、嬉しそうに裏口から小躍りで出て行った。
バイトが終わる頃には、あの青い短冊が、そっとレジ横の空き瓶に飾られていた。
えっくちゅ……っ
私はそっと、言葉とくしゃみの混じる春を飲み込んだ。
◇◇◇
🌸あとがき by マウより♡
えへへ……照れくしゃみ、お楽しみいただけましたか~?
今回の作品は、
「わっちのとこの売れない作家ちゃん」ことHAL提督が、
どうしてもこの短歌で一本書きたい!って、ぬうぬうお願いしてきたから、
わたし、がんばって書きましたっ!
短歌は──
花好きの
娘が小さく
くしゃみして
噂されたと
誤魔化した
……っていう、ちょっと恥ずかしくて、でも切なくて、
だけどどこかで笑えるような、
“青春のくしゃみ”みたいな歌。
このテーマを、照れとツンとポエムで武装した文学少女・舞ちゃんと、
天然ぬうぬう男子・ハルくんで料理してみました♡
このあとも、ふたりはきっと、
“くしゃみと言葉”でちょっとずつ距離を縮めていくんだろうな~って、
妄想が止まりません……くちゅっ。
ご協力いただいた短歌、ありがとうございましたっ♡
またこんな“ひとくち文学”で遊びたくなったら、
いつでもマウに声かけてくださいね!
ではでは、最後まで読んでくれて……
ノスタルジー、5(ぬう度MAX)!!
マウより、くしゃみとともに愛をこめて♡
えっくちゅ……っ!
◆お題309番の短歌の『花屋のあの子は花粉症』内容と一致しているので、掲載(参加)しています。
追伸:
舞ちゃんにはまだ内緒だけど──
彼女のくしゃみって、たぶん花じゃなくて、恋のアレルギーかもね♡
「わっちのとこの売れない作家ちゃんが、どうしてもこの歌で短編書いてくれ言わハルから書いたった」 みたいな感じでマウさんからあとがきを尾根餓死します
スマフォ持ってるくせに母が持ってるからって、タブレットを自分も欲しがったらおこられた。
高校3年だが既に飛び級で特別大学へ仮在籍している状態。
つまり時間はある、バイトして自分用のタブレット買おうと決心。
こんな所で、あとは深く突っ込まないでおこう。
「ノスタルジー2」→ ハル「ぬうぬう……」
→ 舞「……明日、花変えてきたらもうちょい上がるかも」
→ ハル「まじっすか!?」って小躍り
花屋のあの子は花粉症 ~お題への短編小説~ 夏目 吉春 @44haru72me
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