偽ゴールド免許センター
がらくた作家
偽ゴールド免許センター
「寂れた」という言葉はここの雰囲気を指し示すために生まれたのかもしれない。そんなビルの、地下に通じる階段を私はとぼとぼと降りていく。老若男女が華やかに闊歩する都心でも、バスで停留所を4つほど過ぎれば、一歩進む度に気が落ち込んで来るような暗く湿った世界に突入しようとは思わなかった。
「ちぇっ」
どうせ誰も聞いていないのだからと、私はことさらに大きく舌打ちをした。なにか懲罰を受けに行くのなら寂れた通路もお似合いだが、私はそうではなかった。むしろ、若干ではあっても褒められるべくしてやって来たのだった。この世は悪に染め上げられていて、褒められるような人間など数えるほどしかいないのが常、通れる者がいない道路が廃れていくのは必然じゃないか……わかってはいるが、どうしても納得がいかなかった。
心中文句を垂れながら階段を下りきり、さらに数十メートル地下道を進んでいく。両脇には店舗が並ぶが、どこもシャッターが降りていた。これらの錆びついたシャッターを再び開けるには、きっと怪力が必要に違いない。
突き当りを左に曲がると、シャッターの降りていない目的地が、ガラス戸を開けて待ち構えていた。扉の前には縦長で小型のホワイトボードが置かれていて「ゴールド免許センター」と書かれた紙が磁石で留められている。毎日自動車を運転しているにもかかわらず無事故無違反、今日という日を晴れて無事に迎えた褒められるべき私は、堂々と中へと進む。しかし、ここまで来てもやはり祝福にはそぐわない寂れた雰囲気が離れることはなかった。
階段では他の人を一切見かけなかったがわ待合の席には数十人が腰掛けていた。少し離れたところにある機械から番号札を受け取る。G-122。カウンターの電光掲示板に表示された番号の最も大きな数はG-100。
間もなくその表示が変わり、カウンターの担当者がその番号の主を探す。
「ゴールド101番の番号札でお待ちの方」
その声は低く単調で、当然祝福は感じられない。G-101の札を持っているであろう、カウンターに近づいていく男の方も、華やかさの感じられない不精な雰囲気だった。職員にとってみればゴールド免許保持者など毎日何人も現れる珍しくもない人々、免許更新に来た人々にしてみたら面倒な手続きに時間を取られるばかりのイベントなのだ。それなのに「ゴールド免許」という輝かしい名前のためか、なんだか誇らしげに感じそわそわしているのは私くらいなのかもしれない。
その後も淡々とした様子で人々の手続きが進んだ。それを眺めていると、私は枕元で羊を数えている時のような気分に陥った。
気がつくと、職員が私の番号を呼んでいた。次の番号に飛ばされてしまっては困ると思い至り、私は半ば目覚めていないままの身体で慌ててカウンターに向かう、と、案の定ふらついてしまい人にぶつかった。
「すみません」
しかし、相手は手元に見入っているようで、返事はなかった。
カウンターに着くと、職員は私の手から札を回収し、番号を確認した。
「ゴールド免許の更新でよろしいでしょうか?」
「はい」
「無事故無違反ご苦労さまです」
依然として淡々とした喋り方ではあったが、思わぬ労いの言葉に不意を突かれた。
「現在の免許証お預かりしますね」
職員がカウンターの上のトレイを私の方に少し差し出す。その上に免許証を置くと、トレイは素早く引っ込められ、それがあっという間にバケツリレーの方式で事務所の奥深くに回されて消えた。
それと入れ違いに、別の色のトレイが奥からすごい速さで私のいる方に向かってきた。
職員はトレイから、その上に乗ったものだけを取り上げ、私に差し出した。
「どうぞ」
渡されたのは、金色に輝く、両面とも無地のカード。いろいろなところで金色のものを見たことはあったが、そのどれにも似ていない輝きを放っていた。
「これは……?」
「はい」
職員は、なぜか返事をするばかりでそれがなにかを決して言わなかった。そして、いつのまにか次の番号札を持つ人を呼びつけていた。
それ自体が発光しているように明るさを発散させながら、同時に限りなく光を吸収しているかのような闇を奥に秘めているようにも感じられる謎のカード。ゴールドではあるが、ゴールド免許センターで渡されはしたが、これはゴールド免許ではない。身分証明もできない、ただ光るだけの札。
カウンターを追い出された私は、釈然としないまま待合の席には再び掛けた。これはどうしたものだろう。
途方に暮れてあたりを見ると、施設内の別の壁に短い列ができていることに気づいた。列の先の壁には小さな穴が空いていて、その上には「免許引換所」と記載されたプレートが架かっていた。
免許引換所に並んだ人々は、壁の穴にあの光り輝くカードを挿し入れ、それと引き換えに免許証らしきカードを受け取っていた。どうやら、そこに並べば私は免許証を手に入れられるようだ。迷うことはない。……はずなのだった。
いまだかつて見たことのない輝きのカード。輝く以外には特になにになるわけでもないカードなのは確かだった。壁の貼り紙に「カウンターで受け取る輝く金色のカードは金色に輝くだけです。金銭的な価値もありません」とあった。早々に免許証に引き換えて明日からまた運転の日々に戻るべきだ。しかし、その怪しげな、怪しげではあるが実際には光るばかりで無用のカードを失ってしまうことがどうにも惜しかった。
見ていると、吸い込まれるようで、威光に突き放されるようで、不思議な身体感覚を生んだ。
あまりに見入ってしまったためか目眩がして、私はカードから目を離した。すると、先ほどまでは気が付かなかった光景が目に飛び込んできた。待合の席に座る者は皆、手元に光り輝くカードを持ち、それをじっと見つめていたのだ。私と同じように、このカードを手放し免許を受け取ってしまってよいものか逡巡しているのだった。
偽ゴールド免許センター がらくた作家 @gian_o
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