パートB (1/3)

 移動し続けているはずのメトロリニアの車内で地響きが伝わってくる。


 既に後部車両での出来事は一般客へと伝わっており、騒ぎは拡大し続けていた。

 客室から飛び出した一般客たちは命欲しさに我先へと前方の車両へと移動を始め、第三車両辺りは完全に満員状態となっており、身動きを取ることさえ出来ない状態になっていた。


 事態の収束に務める乗務員が必死に車内へとアナウンスしているが、その声を聞き届ける者はいない。

 無人走行システムによって目的地であるトーキョウ郊外区ターミナルへと走り続けるメトロリニアは地獄のような惨状と化していた。


 そんな中、第二車両の上層は異様な程の静けさに包まれていた。

 否、そこへ近寄る者は例外なく命の保証をされないからだ。


 既に並んでいた座席は全て所定の位置にはなく、投げ飛ばされたものもあれば無残にシートを切り裂かされている席もある。

 その空間の中心に立つのはナイト。ロングコートは刃物によって何箇所も切り裂かれたような跡が残り、その頬にも一筋の赤い線が走っている。


 それでも彼女は周囲で絶えず襲い掛かる三人の女性と対等に渡り合う。

 発達した両手両足を以ってナイトに襲い掛かる三人は紛れもなくただの人間ではない。伸びたその爪は刃物よりも鋭く、そして金属のように固い。


 そんな爪のひと裂きを掻い潜りながらナイトは手刀を打ち込み、一人を後方へと突き飛ばす。

 特殊強化ガラスに激突した女性の背後で、蜘蛛の巣のような亀裂がガラスに走った。

 その光景を尻目に振り下ろされた強烈な蹴りを避けながら、反対側から繰り出される正拳突きを絡め取るようにして押さえつけ、その関節が本来曲がらない方向へとへし折る。


 鈍い音を立ててあらぬ方向へと折れた腕に悲痛な叫びを漏らしながらも、女性はその腕を無理矢理にナイトへと振りかぶる。

 最早その姿は異形であり化物といっても過言ではないのだろう。彼女たちはどれほど打ちのめそうとも倒れない。仮に倒れたとしても立ち上がって再びナイトの前に立ち塞がるのだ。


 それこそが北欧の吸血鬼と呼ばれる存在であり、カーミラという種族の特徴だ。


 彼女たちの死という概念は、人間のそれとは大きく異なる。大抵の場合、物理的な死を迎えることは無い。

 人間を遥かに越えた再生能力を持つ彼女たちは軽い怪我ならば数分で、例え手足を失ったとしても数時間ほどで再生してしまう。

 カーミラにとって重要器官の欠損は直接的な死に繋がることはなく、仮に心臓を失ったとしても一時的に活動を停止するだけだ。


 加えて特筆すべきは、カーミラという種族が持つその圧倒的な身体能力の高さ。

 人間と変わらぬ容姿でありながらも生まれつきの怪力を持ち、手足に血液を張り巡らせることで異様に発達させることが可能であり、更に人間離れした能力を発揮出来るようになるのだ。


 そんな彼女たちカーミラは、本来ならばトーキョウにはいない。


 カーミラのようにクローンとは一線を画する種族は、トーキョウはおろか一般的な都市では存在そのものを拒否される。

 だからこそ彼女たちの生活コミュニティは北欧の連邦都市であるブリュッセル及びフランデレンに築かれており、そこから彼女たちの姿を見ることは滅多にないはずなのだ。


 しかし今のナイトにとって重要なのは、何故彼女たちがトーキョウ行きのメトロリニアに乗っているのかということではなく、この状況をいかにして切り抜けるのかということである。


 彼女は格闘術も修める身だが、それは必要に駆られてのものであり、本職とは言えない。

 ナイトがドーラーとして真価を発揮する為には得物が必要であり、素手で戦っている限りその能力を二割も発揮出来ていない状態に等しいのだ。


 それでもなおカーミラを三人まとめて相手にしながらほぼ無傷でいるナイトという人物こそ、首都管轄第九班というチームの大黒柱である。


 幾度目になるか分からない攻防の果てにナイトは壁を背にして、体勢を低くして構える。

 このまま彼女が三人を足止めし続けることで、相手の戦力を大きく奪うことが出来ると考える。


 カーミラはその特異な性質故に絶対数は決して多いとは言えず、結果的に少人数で行動することが多い。

 メトロリニア内にどれだけの人数のカーミラが潜んでいるのかはわからないが、少なくとも彼女たちは人員不足を補う為にカーミラ以外の種族、例えば彼女たちに隷属する人間を利用している可能性が高いと言えた。


 三人のカーミラはナイトを完全に敵として捉え、無我夢中で襲い掛かる。それ故に突然の乱入者に気づくのが遅れた時、状況は一転することとなる。

 その乱入者が一般人だったならば、彼女たちの発達した腕の一振りにて終わっただろう。

 しかし階段を登って現れたのは両手に銃剣を構えるピンク髪の少女――ウィーラである。


「はいはぁい、遊びは終わりですよぉ」


 気の抜けた声と共に連続して撃ち出された弾丸が、一人のカーミラの側頭部を捉え、真横へと吹き飛ばした。


「遅いぞ……!」


 ナイトはウィーラの姿を見つけるなり、ため息混じりの苦情を言い放つ。

 一方、ウィーラは口を尖らせて真っ向からその言葉に反論してみせた。


「これでも急いだんですよぉ、少しは褒めてくれたっていいじゃないですかぁ」

「それなら背負っているものを早く寄越してくれ」

「言われなくたって渡しちゃいまぁす」


 ウィーラは襲い掛かるカーミラの一人を攻撃を屈んで避けると同時に、くるりと身体を回しながら背中の細長い金属製の箱を放り投げる。


 鈍いシルバーの光沢を放つ箱をナイトは片手で受け取ると、阻止しようと蹴りを繰り出したカーミラへとそのまま箱を叩きつけた。

 身の丈ほどもある巨大な箱がカーミラの身体を容赦なく突き飛ばす中、ナイトはそれを背中に背負う。すると腰部に備え付けてあった固定用器具が作動し、箱を完全に固定させる。


 ナイトは巨大な箱を背負った状態で両手を下に突き出しながら、ウィーラへと鋭く言い放った。


「離れていろ、怪我をしたくなければな……!」


 何も言わずに階段の位置まで後退したウィーラは、これから何が起こるのかを理解している。

 カーミラ三人を前にして、ナイトは何を思ったのか目を閉じると、僅かに開いた口の端から息をゆっくりと吐き出した。


抜剣ばっけん――弐刀にとう


 それは彼女にとって詠唱のようなものだ。


 無防備な姿を晒すナイトへと一斉に飛びかかったカーミラを前に、背中の箱に亀裂が走り、左右に別れる。

 それらはスライドしてナイトの腰へと移動すると、同時にそれぞれの中から柄が飛び出す。ナイトは左右の手に取り、その得物を抜き放つ。


 その瞬間、カーミラの一人が姿を消した。

 否、上半身と下半身に両断された上で、車両の隅へと吹き飛ばされたのだ。


 それがナイトが手にする二本の刀によるものだと気づいた時には、もう既に仲間が一人減っていた。

 目の前で突然仲間を斬り捨てられた二人は本能的な危機を感じ取ったのか、その場から反転してナイトとの距離を取る。


 しかし今度はナイトが前へと踏み込みながら、間合いを詰める。


投剣とうけん――肆刀しとう


 迫り来るナイトから飛び退いたカーミラたちへ、その直後に放たれたのは今しがた抜き放った二本の刀。


 弓矢のように飛来する刀を、一人が腕で弾き飛ばそうと構える。しかし次の瞬間にはその腕が宙を舞っていた。

 それもそのはず、ナイトが投擲した刀は振動剣であり、どれほど筋力が強化されていようとも生身の身体であれば容易に切り裂くことが出来る。


 そしてナイトの攻撃はそれだけでは留まらず、新たに箱から引き抜いた刀をそれぞれの手に持ち、腕を失ったカーミラへと肉薄する。

 距離を取るよりも早く振り下ろされた一閃によって、二人目のカーミラが頭から真っ二つに斬り伏せられた。


 最後に残されたカーミラはナイトの圧倒的な剣術の前に畏怖し、無意識に退路を確認する。その隙を見逃さずナイトは両手に持った刀を再び投擲した。

 しかし今度は直線的なものではなく、まるでブーメランのように高速回転を加えた攻撃である。


回剣かいけん――陸刀りくとう


 左右から同時に飛来する刀は、絶妙な時間差でカーミラへと迫りその行動を阻害する。

 たとえその場で回避を試みようとも、後方へ退こうともどちらかが襲い掛かる。それは狭い車両内だからこそ有効的な追い込み戦法。


 しかしそこでカーミラは敢えて前へと勇み出る手段を取る。

 跳躍しながら手足を出来る限り身体に寄せ、回転する刀が肩をかすめながらもその攻撃を辛うじてかわしたカーミラは――その眼前で構えるナイトの姿に絶望を抱く。


閃剣せんけん――捌刀はっとう……ッ!」


 気合と共に発せられた声は周囲を切り裂くかのように鋭く、ナイトが箱から抜き放った刀の一閃がカーミラの手足と首を刎ねた。


 訪れた静寂は戦いが終わった合図である。ナイトは両手に持つ刀を振り抜き、付着した血を払ってから納刀する。

 僅か一瞬のうちに着いた決着に、その光景を見守っていたウィーラがぱちぱちと手を叩く。


「さすがはお姉様でしたぁ」

「茶化している場合ではない。状況の報告をしてくれ」


 ナイトは戦闘に使用した累計六本の刀を順番に拾い上げ、腰に伸びる箱へと納めていく。


 八本もの振動刀を内包する複合制御機構。

 それこそがナイトの保有するA級L.I、イオタ・ブレイド。


 そしてそれを扱うナイトこそ、古流剣術流派の一つである彩弥之玖釖流あやのきゅうとうりゅうの使い手であった。

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