第3話 新たなる事件
休日、曇り空の下、幸乃は駅前で揺れる木々を見上げていた。目的地は、通り魔事件の被害者である、真紀が育った養護施設。
「山吹さんの言う通り、危険度は低い任務のはず。でも…」
幸乃は小声でそう呟く。
公安の山吹が言った言葉が、耳の奥に残る。
「いくら協力者とはいえ、大事な教え子を危険な目に遭わせるわけにはいかない。だから、比較的危険度の低い任務を中心に任せる。今回は、彼女が育った施設に行って、情報を探ってきてくれ。ここから電車で三十分くらいのところにあるから、土日に行くと良い。
名前を偽って生活していた都合上、表向きは“失踪”という扱いだ。くれぐれも彼女が亡くなったことは悟られないように」
施設の門をくぐったとき、微かに薫る洗濯物と木の香りが、どこか懐かしく胸を締め付けた。職員の女性が応接室に案内してくれ、丁寧にお茶を淹れてくれた。
自分は小学校の頃、塾で勉強を教わっていた。最近連絡を取っていないから、心当たりがないか知りたい。その偽りの設定を自分に定めたうえで、探りを入れようとした。早速彼女は自己紹介、という名の嘘を相手に伝えた。
「そう、大学時代の真紀にお世話になっていたの…」
施設の女性が、ゆったりと微笑んだ。内容が嘘だとも知らずに。
「ええ。小学生の頃通っていた塾で、勉強を教えてもらっていました。勉強だけでなく、ちょっとした生活のアドバイスまでいただいて…相談にも乗ってもらっていました」
幸乃はカップを両手で包み込むように持ち、静かに言葉を続けた。事件解決のためとはいえ、堂々と嘘をつく自分に心を痛めた。
「塾を辞めてからもたまに連絡を取っていたのですが、音信不通になってしまって…心当たりはありませんか?」
女性は少し顔を曇らせた。
「ごめんね、私の方も去年から連絡が取れなくて…警察官になったとは聞いているけど、辞めてからはね…」
沈黙が数秒、部屋に落ちた。幸乃は少し間を置いてから尋ねた。
「施設にいた頃の真紀さんって、どんな方だったんですか?」
「誰よりも明るくて、正義感の強い子だったわ」
「だった…?」
女性は、ふっと視線を落とした。
「確か十年前だったかしら…高校の頃、真紀が入っていた部活の後輩が亡くなってしまってね。それ以来、彼女…変わってしまったの。ずっと気に病んでいたみたい。だから施設を出てからも、ずっと心配していたのよ」
「そうですか…」
幸乃の心に、重く沈むような予感が広がっていく。真紀の過去——後輩の死。それは、単なる事故ではなかったのではないか?通り魔事件と、何か関係があるのでは…?
「彼女の通っていた高校って?」
「駅前の私立高校よ。でも当時を知っている人はもういないかも…」
「そうですか…」
この件についても調べてみないと。
彼女はそう思っていた。
「すみません、もう行かないと。ありがとうございます」
腕時計を見る演技をした後、幸乃は頭を下げ、施設を後にしようとした。
「いえいえ。それにしてもあなた、昔の真紀に似ているわね」
「え?」
幸乃はキョトンとした表情をした。
「真紀のように正義感が強くて、真面目なのが伝わってくる。頑張りすぎないかって、いつも心配だった。でも…不思議と応援したくなっちゃうのよね。……気をつけてね」
優しい声に、幸乃はかすかに笑みを浮かべ、深く頷いた。
施設の門を出たとき、空はすっかり晴れ、光が彼女の頬に差していた。歩き出しながら、幸乃は静かに、真紀の面影を胸に刻んだ。
その後幸乃は、施設の女性に言われた真紀の出身高校に向かい、静かに門の前に立っていた。鉄の門はどこか重々しく、周囲には学生の声も響いていない。週末の校舎は、記憶の時間が止まったかのように静まり返っていた。
公安に任せきりじゃ、足りない。真紀さんが何を見て、何を選んだのか…それを知るには、自分で動かなきゃ。
強い意志のもと歩いていたところに、ふと、門のすぐ脇にしゃがんで雑草を取っていた老人が目に入った。薄くなった髪に麦わら帽子をかぶり、年季の入った作業着を着ている。ゆっくりとした手つきで、花壇の手入れをしていた。
「すみません!」
幸乃の声に、老人が顔を上げる。皺だらけの顔に、少し驚いたような表情が浮かんだ。
「ん? ああ、どうかしたかね?」
「十年前、この学校の近くで…女子高生が亡くなった事件について、何かご存知ありませんか?」
一瞬、老人の目が細くなり、風がふわりと花壇の花を揺らした。
「…ああ、十年前というと、もしかしてアレのことかのう…」
老人はゆっくりと立ち上がり、帽子を軽く持ち上げると、少し遠くの交差点を指差した。
「あの交差点あたりでな、若手官僚が通り魔に襲われたんだよ。で、近くを偶然通った女子生徒も、巻き添えに…いや、顔を見られたんじゃろうな。助けようとしたのかもしれん。酷い話じゃ」
「若手官僚…?」
幸乃の声が、思わず漏れる。
「ああ、当時は騒ぎになったもんだよ。将来有望な若手官僚が犠牲になったってな。キミはその頃、まだ生まれてなかったかもしれんが」
老人の声はどこか乾いていた。何年も土をいじり続けてきた者の、積み重ねた年月の重さがにじんでいた。
「事件が起こった当初は、警察も相当動いていたみたいじゃ。しかしのう…捜査は長引くにつれて妙に尻すぼみになってな。まるで何か見えない力で止められてるかのようだったよ。マスコミも、最初は派手に騒いでいたのに、急に黙りこくってしまった」
幸乃は、その言葉に小さく息を呑んだ。
——あの事件と、同じ。先日、自分が巻き込まれた通り魔事件。あれもまた、公安によって情報が封じられ、外部からの目がそがれていた。
もしかして、公安が圧力を…?幸乃は疑念を抱いた。一応公安の協力者になったとはいえ、疑念を抱いたのも事実だった。
そしてふと浮かぶ、真紀の姿。彼女は高校時代にその事件を経験し、正義感を胸に警察官となった。だが、その正義は、やがて彼女自身を飲み込んでいったのかもしれない。
「…そうだったんですね」
幸乃は小さく頭を下げた。
「用務員さん、教えてくれてありがとうございます」
「わしなんぞの昔話が、役に立つかは分からんがな。気をつけてな、娘さん」
「はい」
再び門を振り返ることなく、幸乃はゆっくりと歩き出した。
この事件の犯人を、真紀は密かに追っていた。そしてあの夜、その犯人と接触し、殺されてしまった。そんな仮説が、頭の中で構築されていた。
午後四時、陽が落ちきる前の繁華街。街路には若者や観光客が入り混じり、雑多な騒音が空に溶けていた。
幸乃はその中にいた。帽子に黒いジャケット、デニムのショートパンツと、カジュアルな服装に身を包んでいる。彼女が公安の協力者であることなど、誰か想像するだろうか。
山吹先生に、今日知った事実を共有しないと。確かこのあたりで調査していると言っていたはずだ。
そう思っていた矢先、彼女の視線の先に、まさにその人物が現れた。灰色のスーツにシャツの第一ボタンだけ外したラフな姿。人波を縫うように歩く姿は、表向きは“ただの塾講師”にしか見えない。
彼女が山吹に対し、思わず駆け寄ろうとしたそのときだった。
「おいコラ!さっさと金出さんかい!」
突然、横の通りから怒鳴り声、そして、何かを殴っているような鈍い音。すかさず幸乃は様子を見に行った。
「うっ……やめ、やめてください……!」
細く震えた声が続く。幸乃の目に映ったのは、レンガ壁に押し付けられ、顔を腫らしている若い男。その胸ぐらをつかんで拳を振り下ろすのは、中年のヤクザ風の男。袖から刺青が覗き、目の奥には獣のような光。
「助けなくていいんですか?」
「我々の立場を考えろ。こういったことに巻き込まれるのはまずい」
「でも……!」
「ダメだ」
短く、そして冷たく、山吹は一蹴した。
幸乃は視線を戻す。中年男の拳が、また振り上げられる。若者の眼鏡が砕け、血が地面に垂れる。あたりは見て見ぬふりをしており、先ほどまでうるさかった街に静寂が訪れていた。
見過ごせるわけがない。
そう思った彼女は、静かに山吹のバッグへと、震えた手を伸ばした。公安の職務として、彼はここにいる。だとしたら、持っているかもしれない。
あった。
中にある冷たい金属の重みを、ひっそりと取り出す。撃鉄を引く音が、彼女の耳にはとても静かに聞こえた。
山吹も、何が起こったのか、彼女が何をしようとしているのか、即座に理解した。
しかし、そのころにはもう遅かった。
束の間の静寂が訪れた繁華街に、銃声が響く。
弾丸は中年男性の肩に当たった。男性は痛みで悶絶し、その場に倒れ込んだ。恐喝されていた若い男性を筆頭に、大衆は恐怖でひたすら静止していた。
「何ということだ…ここから離れるぞ」
自分の銃が抜き取られたことにようやく気づいた山吹が、ここにいたらまずいと言わんばかりに、半ば強引に幸乃の腕を引っ張っていった。一緒に繁華街から去っていく彼らを、たくさんの戸惑いの目が捉えていた。
繁華街を離れた二人は、少し離れた場所に停めてあった山吹の車に乗った。あたりはすっかり暗くなり、夜の街が窓の外を流れていく。漆黒の車中で、エンジンの低い唸りと、時折ワイパーが撫でるような雨音だけが車内を満たしていた。後部座席で幸乃は帽子を深く被ったまま、助手席の山吹に視線を投げた。彼女の顔は、時折通り過ぎる街灯に照らされて、ちらと浮かんでは闇に沈む。山吹はルームミラー越しに彼女を見やり、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「……それにしても驚いたよ。まさか君が街中で発砲なんてな。大胆というか、無鉄砲というか」
「問題ないでしょう?」
幸乃はあっけらかんと答えた。
「公安の力なら、あれくらい揉み消すことは容易いはずです。それに私、ちゃんと帽子を深く被ってましたから、顔も見られてません。私服だったので学校がバレるおそれもありません」
「だからってなぁ……」
山吹は眉を寄せて、溜め息混じりにハンドルを握り直す。
幸乃は窓の外を眺めながら、淡々と続けた。
「仕方なかったじゃないですか。あのままだったら、確実にあの若い男性は亡くなっていました」
「……殴ってた方の男が死んでたかもしれないって思わなかったのか?」
「思いましたよ。でも問題ないです。小学生の頃から、夏祭りの射的では誰にも負けませんでしたから。金魚より景品を獲る方が得意だったんですよ」
ドヤ顔で言う彼女に対し、山吹は思わずハンドルを切り損ねそうになった。
「……はあ。呆れる」
山吹は知らないが、幸乃はどこか子供っぽく、ズレているところがあった。ついこの間までサンタは実在すると思っていたり、挙げ句の果てには赤ちゃんはキスで出来ると思っていたりするほどだ。
「先生が躊躇してる間に撃てたんですから、結果オーライですよ」
完全にペースを握られた山吹は、もう何も言わず、ただ深く息を吐いた。
「ところで」
幸乃が言葉を切り替える。
「先生の方は回収ありました?」
「一応な」
山吹は表情を引き締める。
「彼女――真紀さんが、裏社会の情報屋と接触していたことがわかった。どうやら、とある殺し屋の動向を追ってたらしい」
「殺し屋、ですか?」
「ああ。国内外で名を上げてるプロだ。名前も顔もバラバラ。要人を狙っては、煙のように消える。公安の追跡にも一切引っかからない。さらには彼女、坂宮議員の周辺も嗅ぎまわっていたらしい」
「坂宮議員……」
幸乃は眉をひそめた。
「知っているのか?」
「ええ。今月末、中学に講演で来る予定なんですよ。特別授業の一環で」
「そっちはどうだ?何か収穫は?」
「はい。真紀さんが追っていた事件ですが、十年前に起きた通り魔事件に関係しているようです。若手官僚と、事件を目撃した女子高生の二名が殺されました。問題はその女子高生ですが、彼女の高校時代の後輩だったそうなんです」
「……なるほどな。繋がったか。恐らく、その通り魔事件も殺し屋の犯行だった。表向きは単なる通り魔の犯行として処理されたが、真紀さんは不自然さに気づいた。そして、後輩の死の真相を暴くために、警察官になった。殺し屋を追い、裏の情報網を探り、違法捜査スレスレの手段で迫った。だが、気づかれた――そして殺された。……そういう筋だな」
「でしょうね」
幸乃は淡々とした声で言った。その後しばらく沈黙が続いた。山吹は信号で車を止め、視線だけで幸乃を見た。
「……なにか?」
「いや」
少し目を細める。
「……彼女と、どこか似ている気がしてな。ロジックよりも感情で動くところとか、周囲の忠告を聞かないところとか……。今回の独自捜査でも、我々公安以上に強引な手段を取ったらしい。まあ、彼女も公安だったがな。とにかく、君の今日の発砲、あれを見て生前の彼女がよぎった」
一呼吸置いて、言葉を続ける。
「――いいか、絶対に無茶はするな。命があっての任務だ。これまで無茶をしてピンチに陥ったり、最悪亡くなったりする部下を見ているんだ。いいな?」
幸乃は、その言葉を数秒だけ反芻し、ふっと微笑んだ。
「……検討します」
「検討じゃなくて、約束しろ」
「わかりました。……検討します」
山吹の溜め息が、車内に静かに溶けた。
その後日曜も調査を行ったが、目ぼしい収穫はなかった。月曜もお互いに忙しい合間を縫って調べたが、なしのつぶてだった。
そんなふうに過ごした後、火曜の朝の教室は、いつもと同じ雑多な声と机を引く音でざわついていた。窓際の席で教科書を開きながら、幸乃は静かにその喧噪に身を置いていた。聞こうとしなくても、耳は勝手に拾ってしまう。
「なあなあ、土曜に近くで起こった発砲事件なんだけどさー…」
声を上げたのは、隣の席の男子生徒だった。
「知ってる知ってる!ちょっとニュースになってたけど、あっさりと消えたよな」
前の席の女子がかぶせる。
「昨日塾で聞いたんだけど、なんか噂によると、中学生くらいの女の子が撃ったんでしょ? ちょうど私たちと同じくらいの年齢よね~」
「案外、この学校の生徒だったりしてな。あの辺で遊んでるヤツ、意外と多いし」
「まさか~。そんなの、ドラマの話でしょ」
言葉が笑いに溶け、教室に拡がっていった。
幸乃はノートを開いたまま、口元だけをかすかに引き締める。安心と同時に、胸の奥に重たく沈んでいくものがある。
公安と繋がっていること。
人混みのなかで拳銃を撃ったこと。
それが、いま、教室で「面白おかしい噂話」として語られていること。
それに、誰も自分を疑っていないこと。
……この日常を守るために、私たちは動いてるんだよね?
でも、その日常の中に自分の居場所はない。心のどこかで、その事実がじわじわと、痛みのように広がっていた。
いつものように、しかしどこか心の落ち着かない生活を送っていると、気がついたら昼休みを迎えていた。
「幸乃~、次の数学の小テストってさ、出るとこ決まってるらしいよ!」
奈桜がにこにこしながら駆け寄ってきた。幸乃はふっと表情を和らげる。
「またどこかの裏情報?」
「そーだよ、裏ルート。私は情報屋ってことでひとつ」
「それ、公安にマークされるタイプだね」
「うわ、こわ~。……でも、幸乃は安心して。私が守ってあげるから!」
それを聞いて、幸乃は思わず吹き出した。
守られるどころか、今の自分がどれだけ“普通”から外れ、危険な領域に踏み込んでいるのか。
それを言うことはできなかった。公安というのは、親しい間柄でも自分の身分を明かせない立場だから。ただ、ありがとう、と微笑んでおいた。
少なくとも表向きは、今日一日、幸乃は平穏な学校生活を送っていた。そう、放課後を迎えるまでは。
放課後となり、夕日が徐々に沈みつつあった。幸乃は昇降口近くに立っていた。普段持っているはずの通学バッグが少し重く感じるのは、単なる疲れか、それとも何か胸につかえたもののせいだろうか。
「奈桜、遅いな……」
最初のうちは、何かの用事かなとしか思っていなかった。だが、校門の影がだんだんと伸びていき、空が茜色に染まり始めても、奈桜の姿は見えなかった。
ざわつく胸を抑えながら、幸乃は校舎に引き返した。
まず向かったのは、奈桜の所属するダンス部の部室だった。だが、ドアは開いておらず、中からの物音もない。どうやらここにはいないようだ。
次に、二人が所属するクラスの教室。廊下からそっと中を覗いたが、机は整然と並び、教室は空っぽだった。
「もしかして、保健室……」
一縷の望みにすがって保健室へ向かうが、看護教諭は「今日は誰も来てないわよ」と笑った。
夕方の校内は、どこかひんやりしていて、誰もいないはずなのに、誰かに見られているような気がする。そんな空気に、幸乃の心も冷えていった。
そろそろ塾が始まる、もっといえば山吹と"進捗"を共有する時間である。もっとも、今日は学校だったのもあり、これといった収穫はなかったが。奈桜のことを心配する気持ちを胸に抱えながらも、幸乃は学校を後にした。
風が吹き抜け、髪がふわりと揺れた。遠くに沈む夕陽が、街を淡い橙に染めていた。
夜の帳が街を包み、時計の針が九時を指したころ、幸乃はひとり静かなリビングでテレビを眺めていた。画面ではバラエティ番組が明るく賑やかに進行していたが、彼女の心はそこにはなかった。
「奈桜、どうしたのかな……」
つい数時間前、一緒に帰ろうとしたはずだったが、いつも待ち合わせている場所に、奈桜は来なかった。てっきり先に帰ったものだとばかり思ったが、先ほど奈桜の家に寄って奈桜の母に尋ねたところ、まだ帰ってきていないという。
ソファの背もたれに身体を預けながら、幸乃はスマートフォンを手に取る。けれど、メッセージは何も届いていない。時折窓の外に視線をやるが、街は変わらず静かで、ただ夜風が木々の葉を揺らす音が耳に心地よいだけだった。
——そのとき。
遠くで、甲高いサイレンの音が鳴り響いた。
幸乃は思わず身を起こした。窓を開けると、サイレンははっきりとした方向を持って聞こえてくる。住宅街の奥、あの空き地のほう——。
「まさか……」
根拠はなかった。ただ、胸の奥が強くざわめいた。何かが起こった、そんな予感がしてならなかった。
部屋着姿のまま、幸乃は急いでスニーカーを履き、玄関を飛び出す。夜の空気は冷たく、肌にまとわりつくようだったが、それよりも不安が彼女を突き動かしていた。
細い道を抜け、街灯の明かりがぽつりぽつりと照らす住宅街の奥へと進んでいく。やがて、赤い回転灯が視界に入り、救急車が一台、空き地の脇に停まっているのが見えた。
その周囲に集まる人影、そして——
「奈桜……?」
担架に乗せられた少女の顔を見た瞬間、幸乃の呼吸が止まった。
それは、紛れもなく奈桜だった。
血の気の引いた顔、閉じたままの目、そして必死に声をかける救急隊員たちの声。
幸乃は足元がふらつきそうになるのを堪えながら、立ち尽くしていた。
「どうして……どうしてこんなことに……」
夜の冷たい空気に、サイレンの音が再び鳴り響いた。空き地に集まった人々のざわめきの中で、幸乃の心には、深く黒いものが静かに沈んでいくのだった。
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