第2話
どうやら、ここはどこかの塔の最上階らしい。みれば、下まで長い螺旋階段が続いている。埃っぽい石段を一つずつ順に降りていくと、入口らしき金属の扉を見つけた。
そっと引いてみると、重たい扉は、軋みを上げながらわずかに開いた。年月の重みで錆びついた蝶番は固く、私の力ではなかなか動かない。それでも諦めずに引いていると、ぎしりと音を立てて壊れるように開いた。
塔の外は、思った以上に緑が深かった。上の窓でのぞいたときよりも、緑の匂いが濃く感じる。
ふと足元をみると、可愛らしい花がいくつも置いてあった。誰かが定期的に入れ替えているのか、萎れたものは横に避けられている。
なんとなく、これは私に贈られたもののような気がして、そう思うと少しだけ元気が出てきた。
扉の先から続くのは、朽ちた石畳と地を這うように広がる木の根。そして、苔に飲まれた瓦礫の山。そのすべてが、長い時間の経過を物語っていた。
石畳の道を一歩ずつ進んでいく。鳥や虫の声が、木々の葉音が、いくつも重なって聞こえてくる。果たして私は、こんなにも豊かな自然に囲まれたことがあっただろうか。わからない。
どれだけ歩いただろうか。振り返ると、塔の全貌が見えた。蔦に飲み込まれた塔は、まるで森そのものと一体化しているようだ。かつては美しい瑠璃色の塔だったのだろう。今では青と緑とが混ざり合い、自然のたくましさをも感じさせるものになっている。
やがて、森の切れ目へとたどり着いた。そして、――その向こうに広がる風景は、私の呼吸を止めた。
はるか遠くまで続く広がる平地に、黒ずんだ建造物の影が見える。それは、尖塔と円形の城壁を持つ巨大な都市。その残骸。かつて、そこに人々の営みがあったことを示す証は、すべて自然と時に浸食され、ただ無言の墓標のように立ち尽くしていた。
途切れた記憶がつながる。かつて見た景色とは全く異なるそれであっても、私が見間違えるはずもなかった。
王都。第二の故郷と呼べるほど、長く過ごした都市だった。
「どうして……こんなことに……?」
例え十年眠っていたとしても、こんな風になるとは思えない。百年や千年もの時間がなければ、こうはならないだろう。
私が眠っている間に何があったのか。私はなぜそんなにも永い眠りにいたのか。そして、どうして私は平気なのか。どの質問も、思考は空を切るばかりでわからない。
ただ一つだけ確かなのは、王国は、少なくとも王都は、既に「終わった」後だということだった。
時の残酷さに私はその場に立ち尽くし、一歩も動けなくなってしまった。
せっかく思い出すことできた記憶は、もはや手の届かない歴史に埋もれてしまったのだ。美しかった王宮の庭も、王都の喧騒も、この世界にはもう存在しない。
それなのに、自分だけが時を越えて、生きている。なぜ――?
廃墟と化した王都を見つめながら、ルナは指先に力を込めた。ぐっと握った手が震える。無意識に何かを拒むように、あるいは、思い出すことそのものを恐れているかのように。
(……もしかして、わたしが関係してる……?)
唐突に、そんな考えが胸をよぎった。王都と違って、私だけが塔の中で眠っていたのだ。
封印――。
鏡の欠片に映った自分の姿を思い返す。どこか陰鬱さと、断絶とを感じた。あの塔は私の牢獄であり、聖域であり、墓標だったのかもしれない。
思わず両手を胸元に引き寄せた。目に見えない重いものが、そこにあるような感覚。これは不安? それとも罪悪感? なにかが心のしこりとして、存在感を発している。
はっきりとした記憶はない。けれど、胸の奥に巣くっている、名もなき痛みだけは確かだった。
「私は……何をしたの?」
その問いに答えられる者は、きっともういない。塔も、王都の残骸も、ただ風に吹かれるままだ。
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