第8話 盗賊A強くなる為にもアイテムを手に入れる

 


 

アルタイルと別れた夜。俺は良くわからない森を歩いていた。ただ歩く。それ以外のことを考えると、腹の底が煮える。


あいつの笑みが、まだ頭の奥にこびりついている。



「帝王‥くそが!」



ゲームの中でも極わずかのプレイヤーしか辿り着けなかった職業。

王を喰らい、国を支配し、NPCすら意思のない駒に変える絶対権力の職。

そして、今この現実で、あいつがそれを手にしていた。


 


多分今の時期は各国の王達が集まるオープニングイベントの時期だったんだろう。

それ以外だと帝国の王が人前に出るのは最初の【魔王降臨】イベントが終わってからだった筈で、そのイベントがある時はそこら辺に悪魔が出没する筈なのでまだそのイベントは来ていないのは分かる。




 「……クソッたれが」



だからこそアルタイルは最初のチャンスを掴んだ事にイライラしてくる。


勇賢者の石を持っていない俺では【帝王】の職業になるのは無理なのは分かっている。


でも俺もアルタイルと同じように勇賢者の石を持ってるのであれば【王達】の誰かを襲い3つの大国の何処かの王の職業を狙った可能性は高い。


 



「くそくそくそくそ!!」



 吐き捨てても、口の中の苦さは消えなかった。クロノが俺の足元を小走りでついてくる。振り返ると、あの丸い目がじっとこちらを見上げていた。



 「キー……?」



 「大丈夫だ。ただ、ムカついてるだけだ」


 


 俺はそう言って、前を向く。このままじゃ終われない。


 “あの男の作った秩序の外側”に、俺だけの王国を築いてやる。


いや勇賢者の石を持ってない俺じゃ何処かの国の王にはなれない。






「‥いや、別に何処かの王様になろうと思わなくて良いな?」





それから俺は頭に浮かんだ場所へと向かうことにした。

向かう先は北の森、最奥の古代遺跡。ゲームでは“魂喰いの祭壇”と呼ばれていた場所。

 

テイムしたモンスターが百体を超えた時だけ封印が解かれる特殊イベント。プレイヤーたちはこれを【群れ系統のスキル進化イベント】と呼んでいた。


 

けど、実際に到達した奴は数えるほどしかいなかった。この世界が現実になった今、そこに行けるのはあのゲームの初期からやっていた俺やプレイヤーだけだ。


 


夜明け前、ベルタ村。まだ寝静まっている中、一軒だけ明かりのついた道具屋を見つける。ドアを押し開け、ポーション棚の前に立つ。



 「SP回復薬を全部だ。あるだけ持ってこい」


 

 

店主の目が白黒する。寝起きで何を言われているのか分かっていない顔。けど、俺が銀貨を袋ごと叩きつけると、すぐに奥へ走った。


棚の上に並んだ瓶。淡く青い液体が揺れ、栓を抜けば鉄と薬草が混じった生臭い匂いが立つ。


 

十本。十五本。二十本。

 

迷わず全部リュックに詰めた。


 


 「クロノ、行くぞ」


 「キー!」


 

それからベルタ村を出て直ぐに【何故か行きたくない】と思わせる森がある。

その森に入ると、空気が変わった。温度が落ちる。湿度が上がる。夜露が肩を濡らし、土が靴に吸い付く。音がない。

虫も鳴かない。息を吸えば、土の腐った匂いが肺を焼く。体中蛆虫が湧くような不快な感覚。痛み止めを沢山服用して頭が浮いてるような、失恋した後のような胸にぽっかり穴が空いたような。嫌な事が一気に押し寄せてくる。



「だがしかし俺は行く!!行くって行ったら行く!!」


 


ここが――境界線。この先に【魂喰いの祭壇】がある。


 


 


赤い石の扉が見えたのは、それからどれくらい歩いた後だっただろう。

地面に刻まれた魔法陣、黒い柱、そして中央に描かれた赤い紋様。どれも歪み、呼吸しているみたいに揺れている。


 



 「……ここだ!!やっと着いたぞ!!」


 

この場所に辿り着く為にナイフを手に刺したりビンタしたりと痛みで嫌な感覚を無視してきた。


この場所は【神からも見放された場所】として生物であれば誰もが嫌悪してしまう場所だ。だからこそ神が誰にも入られないようにと森に入った瞬間に嫌な気持ちになるようにしていた。



「そんなん俺のイラつきと痛みがあれば乗り越えられるんだ!!」


何度もベロを噛んで口の中が鉄の味ばかりする。リュックから取り出したポーションに口を付けると鉄の味が余計に広がった。


喉が焼けるように熱くなった。だが構わず右手を掲げる。


 


 「――スキル発動!!【下位従属召喚】!!」


 

光の陣が地を走り、最初の一体が現れる。ポーンシーフ。黒い布のような身体に、丸い目が二つ。小さな影がこちらを見上げて鳴いた。




 「一体目!!つぎだ!!行くぞおお!!」




 再び詠唱。


 二体目、三体目。


 ポーションを飲み、詠唱。そしてまたポーションを飲み詠唱をする。


体の中が焼けるように熱い。手足の感覚が少しずつ消えていく。急激に消費するSPを回復薬で戻して何度もポーンシーフを召喚していく。 


 

十体、二十体、三十体。


森の中が淡く光に照らされ、木々の影がぐねぐねと蠢く。気づけば、鳥も、獣もいなくなっていた。いや元からいなかったんだったな。

俺の苦しがる声とポーンシーフの鳴き声だけが風と混じって響いていた。


 


五十体を超えたあたりで、視界が揺れた。吐き気がこみ上げ、膝が崩れる。クロノが慌てて肩に飛び乗ってくる。



 「くそがああ!!!俺はやるって決めたんだああ!!」



アルタイルに勝つ。俺を見下した目で見やがったアイツに勝つんだ!!

 


震える手で次のポーションを掴むと喉に流し込み血を吐きそうになるのも飲み込んで再び詠唱。

連続でSPを回復して消費するのがこんなにも辛いとは思わなかったがそれよりも悔しさの感情が全てを凌駕していた。


‥だから俺は続けた。何度も詠唱をした。



 六十、七十、八十、九十――。

 


もはや呼吸も意識も曖昧。


それでも詠唱を止めなかった。


 


体の中で何かが切れる音がした。


 

だがもう止まらない。

 

今止めたら俺はアルタイルに一生追いつけない気がしたからだ。





「最後だ……!」


 

ポーションの最後の一本を握りつぶし、液体を口に流し込む。頭が痺れる。心臓が暴れる。腕を掲げた瞬間、視界が真っ白になった。


 

 「――下位従属召喚ッ!!」


 


 光が爆ぜ、最後のポーンシーフが生まれる。その瞬間、地面が震えた。祭壇の紋様が赤く輝き、扉全体が鳴動する。


 


 【群れを率いる資格、確認。封印を解除します】


 


 扉を開く轟音と冷たい風が一斉に吹き抜けた。百体のポーンシーフたちが、まるで生き物のように整列する。

 

クロノがその中央に立ち、俺の顔を見上げて鳴いた。


 「……これで、百体だ!」


 


赤い扉がゆっくりと開いてくとその向こうは闇だった。俺の目が霞んでて思うように歩けないがそれでも一歩踏み出した。



一步を踏み出すとずっと感じていた嫌な感覚は全てがなくなっていた。








中は異様なほど静かだった。石造りの空間。壁には古い碑文がびっしりと刻まれている。

 

湿った空気の中で、血の匂いが鼻を刺す。中央には黒い祭壇。

鎖が垂れ下がり、干からびた何かが絡みついている。


 

 

クロノが警戒するように鳴いた。

 

「キー……」


 


 

その時、声がした。


 


 『……百の魂、確認。だが“主”には足りぬ。』


 


 空間が揺れた。

 黒い影が祭壇の上に立ち上がる。

 顔はない。

 けれど、確かに“見られている”感覚だけがある。


 


 『群れを喰らい、導く資格を問う。』


 


 「資格? そんなもん、必要ねぇよ。奪ってやるだけだ!」


 


 『ならば、代償を捧げよ。魂の欠片を二割、永遠に失う。』


 


 二割。

 それはこの世界でいう“経験値”そのもの。

 つまり、どれだけ戦おうが、通常の五分の一しか強くなれないってことだ。

 ふざけてる。

 でも――笑いが出た。


 


 「面白ぇじゃねぇか!だったらその分、群れを強くすりゃいい」


 


 黒い影が笑う。

 鎖のような光が俺の胸に突き刺さる。

 魂を引き抜かれる感覚。

 痛みを超えて、視界が赤く染まった。


 


 「ぐっ……ぁぁああッ!」


 


 心臓が凍るように痛い。

 クロノの声が遠くで響く。

 倒れそうになるが、踏ん張った。


 


 「これが……“代償”か……」


 


 影が囁く。


 『群れ共鳴――発現。』


 


 スキル欄が光る。


 【群れ共鳴(パストリンク)】

 効果:全テイムモンスターに経験値を均等分配。

 デメリット:自身の獲得経験値は常に二割に固定。


 


 スキルを獲得した瞬間、身体の奥で何かが“繋がる”感覚がした。

 百体のポーンシーフの視線が、一斉に俺へと向く。

 呼吸の音が重なり、鼓動が一致する。

 まるで百の命が、俺の中に流れ込んでくるようだった。


 


 「……これが、群れの共鳴ってやつか」


 


 クロノが足元に来て、小さく鳴いた。

 その鳴き声に呼応して、百体のポーンシーフが同時に膝をつく。

 空気が震える。

 支配じゃない。服従でもない。

 これは、“共有”だ。


 


 「クロノ。お前も、よく耐えたな」


 「キー……」


クロノはずっと俺の肩にしがみついて着いてきてくれた。コイツがいたおかげで俺は耐えれた気がする。


 


 祭壇の灯りが消え、闇が戻る。

 けれどその闇は、もう怖くなかった。

 俺の中に百の光が灯っている。

 それが、俺の力だ。


 


 「アルタイル。お前が帝王でも、構わねぇ」


 


拳を握ると赤黒いオーラが指先に滲む。


 


 「俺は……群れの王になる」


 


クロノが鳴き、百の瞳が同時に赤く輝いた。

その瞬間、祭壇が低く唸り、空気が震えた。

森の外まで響くような咆哮。

世界の法則がわずかに軋む音がした。


 


俺は静かに笑った。


「いいじゃねぇか……この痛み、悪くねぇ」


 


夜が明け始めていた。

森の外から差し込む光が、血に濡れた石畳を照らす。

その上を、俺とクロノと百の影がゆっくりと歩き出した。


どこまでも、静かに。

だが、確かに世界を変える足音で。


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