大正恋浪漫−カリスマインフルエンサー時を駆ける−改訂版

小乃 夜

第一話:雷鳴と共に、時を超えて

「はい、オッケーでーす! 凛ちゃん、今日もサイコーに可愛く撮れたよ!」

スタジオに響くカメラマンの弾んだ声が、天井の高い空間に軽やかに反響した。橘凛は、その声を聞き届けると、レンズに向けていた完璧な笑顔をそっと緩め、プロのモデルとしての仮面をふわりと外した。一瞬前まで照明を浴びていた表情は、途端に年相応のあどけなさを残す素の顔へと変わる。白い歯を見せる快活な笑顔、トレンドを完璧に抑えたポージング、どんな衣装も自分のものにしてしまう天性の華。それらが、フォロワー数100万人超え、現役女子高生にしてカリスマインフルエンサーという、現在の橘凛の肩書を形作っていた。分刻みのスケジュール、常にトレンドの最先端を追い求め、SNSではキラキラとした理想の日常を発信する。しかし、その輝かしい表舞台の裏では、普通の高校生らしい悩みや、人知れぬ疲労を抱え込んでいるのが常だった。

「お疲れ様でしたーっ!」

周囲のスタッフたちに、いつもの明るい笑顔で挨拶を振りまき、足早に控え室へと向かう。今日の撮影は、春物の新作コスメのタイアップ。淡いパステルカラーの、いかにもガーリーなワンピースを脱ぎ捨て、お気に入りのストリート系ブランドのオーバーサイズTシャツとダメージジーンズに着替えると、ようやく自分の時間に戻れたような、深い安堵が胸に広がった。都会の喧騒と流行の渦の中心に身を置きながらも、凛の心の奥底には、自分だけの静かな空間を求める気持ちが常にあった。それは、無意識のうちに築き上げた、誰にも踏み込ませない聖域のようなものだ。

窓の外は、ついさっきまでの突き抜けるような快晴が嘘のように、不穏な鉛色の雲が低く垂れ込めている。まるで、空全体が巨大な硯石になったようだ。遠くで不気味な低い雷鳴が響き始め、湿った生暖かい風が、排気ガスとアスファルトの熱をまとわりつかせながら、都会のビル群の隙間を駆け抜けていく。アスファルトの照り返しが、一層空の重みを際立たせていた。都会特有の、人工的な光と影が織りなす風景が、天候の急変によって一層不気味さを増している。

「うわ、マジか…これ、絶対降るやつじゃん。最悪…」

思わず口から出た独り言は、不機嫌な響きを帯びていた。折り畳み傘は、いつも最新のガジェットでパンパンのリュックの底に収まっているはずだが、この禍々しいまでの空の色は、ただの通り雨では済まないことを雄弁に物語っていた。空気を肌で感じる野生の勘が、この嵐が尋常ではないことを告げている。駅までの短い距離とはいえ、油断はできない。

急ぎ足でスタジオの自動ドアを押し開けると、蒸し暑い空気がまとわりつき、遠くでゴロゴロと地鳴りのような雷鳴が響き始めた。都会の喧騒も、この荒れ模様の天気にざわつき始めている。人々が早足になり、オフィス街の出口にはタクシーを待つ長い列ができていた。皆、空を見上げ、来るべき嵐に備えるかのように焦燥感を露わにしている。ビル風が吹き荒れ、ゴミが舞い上がる。アスファルトの匂いと湿気が混じり合い、嵐の前の独特な空気が街を覆い尽くしていた。

(やばい、これは本当にやばいかも…駅までダッシュは無理かな…)

スマートフォンの画面をタップし、タクシー配車アプリを開こうとした、まさにその瞬間だった。

ピカッ!

視界が真っ白に染まり、一瞬、何も見えなくなった。コンクリートジャングルを切り裂くような強烈な閃光が、ビル群の隙間から地上に降り注ぐ。それは、まるで世界の終わりを告げるかのようだった。間髪入れずに、バリバリバリッ!! ゴォォォォン!!!という、腹の底から突き上げるような衝撃音。すぐ近くの街路樹に雷が落ちたのか、焦げ臭い異様な匂いが鼻腔を強く刺激した。耳の奥では、電気がショートするような不気味な異音と、人々の上げた悲鳴が、まるでスローモーションのように響いてくる。凛の華奢な身体は、まるで操り人形の糸が切れたかのように宙に浮き上がり、吹き飛ばされた。アスファルトの冷たい感触と、全身を襲う激痛が最後の記憶だった。意識は深い闇へと沈んでいった。まるで、誰かに強制的に電源を落とされたように。

(…ん…ここ…どこ…?)

瞼の裏に感じる微かな光。脳裏に木霊する声なき問いかけと共に、意識がゆっくりと覚醒していく。嗅覚を刺激するのは、微かな薬の匂い。それも、いつもの病院で嗅ぐ、ツンと鼻を刺すようなアルコールの消毒臭とは違う。もっと植物的で、どこか懐かしいような、それでいて深い森の奥にある薬草園のような静けさを感じさせる香りだ。それは、都会の排気ガスや人々の喧騒とは無縁の、清らかな匂いだった。そして、しん、と静まり返った中で聞こえるのは、ちちち、という小鳥のさえずりと、遠くで聞こえる誰かの咳払いだけ。都会の喧騒は嘘のように消え失せ、代わりに風が木の葉を揺らす微かな音、土の匂いが混じった清らかな空気が肌を優しく撫でる。その静寂は、凛が経験したことのないほど深いものだった。

重い瞼をゆっくりと押し上げると、視界に飛び込んできたのは、見慣れない木目の天井だった。磨き込まれた太い梁、節くれだった無垢の柱、白い障子戸、そして畳の匂い。部屋全体が、古き良き日本の家屋であることを静かに物語っていた。現代建築の無機質な空間に慣れ親しんだ凛にとって、それはあまりにも異質な光景だった。

身体を起こそうとすると、さらりとした肌触りの、少し硬めの木綿のような布が肩から滑り落ちた。自分の服装は、お気に入りのロゴ入りTシャツでも、ダメージジーンズでもない。真っ白で、糊のきいた、まるで時代劇の入院患者が着ているような簡素な着物…いや、寝間着? 違和感が募る。

(何これ…? 撮影…? んなワケないよね、私、雷に…)

混乱が脳内を駆け巡る。撮影でこんな凝ったセットは見たことがない。何より、雷に打たれて意識を失ったはずだ。それにしても、この部屋…まるで歴史の教科書に出てくるような和室だし…。

ズキズキと痛む頭を押さえながら、混乱する思考を必死でまとめようとする。周囲を見回すと、そこは四畳半ほどの、質素だが隅々まで掃き清められた和室だった。壁は漆喰で塗られ、そこかしこに歴史の積み重ねを感じさせる木の温もりが漂う。障子窓からは、障子紙を透かした柔らかな陽の光が、畳の上に淡い模様を描いている。その光は、まるで時間がゆったりと、慈しむように流れていることを示しているかのようだった。部屋の隅には、小さな桐の箪笥と、薬瓶がいくつか行儀よく並べられた棚。古びた木製の棚には、見たことのない形状の薬瓶や、乾燥した薬草のようなものが丁寧に置かれている。そして、先ほどから感じている、ツンと鼻をつく独特の消毒液のような、でもどこか薬草にも似た香りが漂っている。それは、都会の病院の無機質な匂いとは全く異なり、どこか懐かしさと共に、心の奥底に染み入るような落ち着きがあった。

(病院…なの? でも、こんな日本家屋みたいな病室、あるわけ…? 夢? でも、こんなにリアルな夢なんて…)

パニックになりそうな心を必死に抑え込んでいると、からり、と控えめな音を立てて障子が開いた。

「あ、お目覚めになられましたか。よかった…」

入ってきたのは、白い割烹着に濃紺の袴を合わせた、髪を後ろで質素に一つにまとめた初老の女性だった。その穏やかな笑顔と、少しシワの刻まれた目元には、心からの安堵の色が深く浮かんでいる。彼女の纏う空気は、都会の喧騒とは無縁の、どこか牧歌的な温かさを感じさせた。しかし、その服装も、優雅で丁寧な言葉遣いも、凛が知っている「看護師さん」とはまるでかけ離れていた。彼女の歩みは滑らかで、足音ひとつ立てずに凛の傍らに近づいてくる。

「あの…ここは…? 私、どうして…」

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。女性はにこりと微笑み、慣れた手つきで凛の額にそっと手を当てた。ひんやりとした手の感触が心地よい。その指先は、長年の労苦を物語るように少しゴツゴツしていたが、その温かさには確かな優しさが込められていた。

「熱はもう下がったようですね。本当に安心いたしました。ここは**久遠寺様(くおんじさま)**のところの診療所でございますよ。お嬢様、昨夜、雷雨の中、道端でお倒れになっているところを、**若旦那様(わかだんなさま)**がお見つけになり、こちらへお運びになったのです」

「くおんじさま…? わかだんなさま…?」

知らない単語の洪水に、凛の眉間に深く皺が寄る。まるで、古い映画の中に迷い込んでしまったようだ。耳慣れない言葉の響きは、一層この場の異質さを際立たせる。そして、何よりも引っかかるのは、「道端で倒れていた」という言葉。やはり、雷に打たれたのだろうか。でも、だとしたらなぜこんな、まるで時代が遡ったような場所に? 現代の日本に、こんな場所があるなんて聞いたことがない。この診療所と称する場所は、凛の知る日本の常識とはかけ離れていた。

「私の…荷物は…? スマホとか、バッグとか、ありませんでしたか…?」

震える声で、今一番確かめたいことを尋ねる。スマートフォン。それさえあれば、現在地もわかるし、助けも呼べる。しかし、女性はきょとんとした顔で小首を傾げた。その表情は、本当に心当たりがないという風で、純粋な疑問が彼女の瞳に浮かんでいた。

「すまほ…? ばっぐ、でございますか…? さよう、お嬢様がお持ちだったのは、桜の絵柄の可愛らしいがま口と、それから…何やら黒くて四角い、硝子(ガラス)の板のようなものでございましたが…あれは一体…?」

「不思議な板状のもの」――それは間違いなく自分のスマートフォンだ。しかし、その言い方、まるで未知の物体を見るかのような口ぶりに、凛の胸に形容しがたい不安が広がった。彼女はスマートフォンを知らない…? そんなことって、今の日本でありえる…? まるで、遠い異国の話を聞いているかのような反応に、凛の現実感がぐらつき始める。頭の中で、ありえないはずの可能性が、少しずつ形を成していくような気がした。

その時、背後の廊下から、静かだが芯のある足音が近づいてくるのが聞こえた。その足音は、畳の縁を避けるように、しかし迷いなく凛の部屋へと向かっている。そして、再び障子がからりと開く。

「容態はどうか、タエ」

凛の心臓が、先ほどとは全く違う種類の衝撃で、ドクンと大きく跳ねた。声だけで、その場の空気が張り詰めるのを感じる。そこに立っていたのは、先ほどの女性――タエと呼ばれたらしい――とは対照的な、すらりとした長身の青年だった。背の高い彼の存在が、四畳半の部屋の空間を圧倒する。

藍色の細い縞模様の着物を、まるで自分の皮膚の一部であるかのように自然に着こなし、背筋はどこまでもまっすぐに伸びている。その着物の仕立ての良さ、着こなしの完璧さに、凛は思わず目を奪われた。現代のファッションとは一線を画す、洗練された日本の美がそこにあった。結い上げられていない、艶やかな黒髪がさらりと肩にかかり、切れ長の涼やかな瞳は、奥に深い知性と、底知れぬ洞察力を宿しているように見えた。その眼差しは、現代の若者特有の軽薄さは微塵もなく、むしろ時代を超えた風格さえ感じさせた。それは、現代のどんなイケメン俳優やモデルとも違う、凛とした気品と、近寄りがたいほどの威圧感を同時に放っていた。彼の一挙手一投足から、洗練された品格が滲み出ている。

(うわ…何、この人…空気が違う。オーラが…っていうか、顔面偏差値、天元突破してない…?)

混乱の極みにありながらも、数々の美形モデルたちと仕事をしてきた凛の審美眼が、彼の尋常ならざる美貌と存在感を瞬時に捉えていた。その美しさは、ただ整っているだけでなく、どこか浮世離れした孤高の雰囲気を纏っていた。息を呑むような、そんな美しさだった。

「あ、暁人(あきひと)様。おかげさまで、熱もすっかり下がられたご様子です。ただ、まだ少々、お心持ちが落ち着かないようで…」

タエと呼ばれた女性が、深々と頭を下げ、一歩下がる。その敬意を払う仕草は、青年がこの家でいかに重要な立場にあるかを物語っていた。暁人と呼ばれた青年は、無言のまま、その黒曜石のような瞳でじっと凛を見据えた。それは品定めするような、あるいは得体の知れないものを見るような、複雑な色が混じった視線だった。まるで、彼の前では何も隠せないかのような、射抜かれるような感覚に、凛は思わず息を呑む。彼の静謐な眼差しは、凛の心の奥底を見透かそうとしているかのようだった。その視線に、凛は身体の奥底から震えが来るのを感じた。

「気分はどうだ」

低く、落ち着いた、しかしどこか冷ややかさも含む声が、静寂を破った。その声には、有無を言わせぬような響きがあり、凛は反射的に背筋を伸ばしていた。彼の言葉には、有無を言わせぬ絶対的な権威が宿っているかのようだった。思わず襟を正してしまうような、そんな威厳を伴った声だった。

「あ、はい…だいぶ…あの、助けていただいて、本当にありがとうございます…」

かろうじて言葉を紡ぐと、暁人はわずかに眉を寄せた。その小さな動きだけで、彼が何かを訝しんでいるのが伝わってくる。その視線は、凛の言葉の裏にある不自然さを探っているようだった。彼が何を考えているのか、全く読めない。そのことが、凛をさらに不安にさせた。

「礼には及ばない。それより、君は何者だ? 見たところ、この辺りの者ではなさそうだが。一体、どこから来た?」

単刀直入な、しかし核心を突く問い。凛は言葉に詰まる。どう説明すればいい? 「実は私、令和の日本から来ました! 雷に打たれたら100年以上タイムスリップしちゃったみたいなんです、マジウケるんですけどー!」なんて、絶対に言えるはずがない。そんなことを口にすれば、頭がおかしいと思われるのが関の山だ。彼の真剣な眼差しを前に、軽々しく嘘をつくこともできなかった。咄嗟に、ありきたりな言い訳しか思いつかない。

「えっと…私は、橘凛、と申します。その…遠方から来た旅の者でして…少し道に迷って、それで…昨夜の雨で、その…」

しどろもどろになりながら、先ほどタエにしたのと同じ、我ながら稚拙すぎる言い訳を繰り返す。凛の脳内はフル回転しているが、まともな言葉が出てこない。暁人は、その美しい顔をわずかに傾け、疑念を隠そうともしない表情で凛を見つめている。彼の眉間の皺が、一層深くなったように見えた。その沈黙が、凛の心をさらに追い詰めた。部屋に満ちる沈黙が、まるで刃物のように凛の心を切り裂く。

(ダメだ、全然信じてない顔してる…!どうしよう、このままじゃ変な人だって思われちゃう…!でも、本当にどう説明すれば…!?)

「…そうか。橘殿、と。ひとまず、身体が本調子に戻るまでは、この診療所で安静にしているといい。何か必要なものがあれば、タエに申し付けるように」

そう言って、暁人は背を向け、部屋を出て行こうとした。その背中に、凛は本能的な危機感を覚えた。このまま彼を行かせてしまったら、自分は本当にこの訳の分からない状況に取り残されてしまう。彼の背中が、遠い異世界へと消えていくように感じられた。たった一人、見知らぬ場所に放り出される恐怖が、足元から這い上がってくる。

「あ、あのっ! ちょっと待ってください!」

思わず叫ぶように声を上げると、暁人がぴたりと足を止め、ゆっくりと振り返った。その冷ややかとも取れる視線に一瞬言葉を失いそうになるが、凛は震える唇で、どうしても確かめなければならないことを口にした。

「ここって…本当に、本当に、東京、なんですか…? それと…あの、ぶしつけなことをお伺いしますが…今って、何年、何月…なんでしょうか…?」

最後の言葉は、ほとんど懇願するような響きになってしまった。自分の声が震えているのがわかる。心臓が異常な速さで鼓動している。暁人は、いよいよ不可解だと言わんばかりに眉間の皺を深くし、しばし黙考するような素振りを見せた後、静かに、しかし一言一句はっきりと告げた。その声は、凛の耳に、重く、そして決定的な響きを持って届いた。

「ここは帝都東京、**麹町(こうじまち)**にある、私の家の敷地内だ。そして、現在の年号は…大正。大正十年、**皐月(さつき)**も半ばを過ぎた頃だ」

「たいしょう…じゅうねん…?」

その言葉は、まるで鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を凛に与えた。大正。歴史の教科書で見た、あの時代。鹿鳴館、モダンガール、竹久夢二…。華やかで浪漫あふれるイメージの裏側にある、自分が全く知らない、100年以上も昔の世界。彼女の知る東京とは全く異なる、古き良き日本の風景が、脳裏に一瞬にして広がる。自分が知っている東京の煌びやかなネオンも、高層ビル群も、そこには存在しない。

(嘘だ…そんなの、ありえない…! 何かの壮大なドッキリ? でも、この空気、この匂い、この人たちの話し方…全部、リアルすぎる…!スマホが通じないのも、私が倒れた時のことも、全部辻褄が合う…)

全身から急速に血の気が引いていくのを感じた。目の前がぐにゃりと歪み、立っていることすら困難になる。スマートフォンがない。インターネットも、SNSも、当たり前のように享受してきた文明の利器が、ここには何一つ存在しない。家族も、友達も、自分の知っている大切な全てが、手の届かない遠い過去の世界にある。彼女の世界が、根底から崩れ去るような感覚に襲われた。絶望が、冷たい泥のように心の奥底から湧き上がってくる。

(マジ…か? 本当に100年以上タイム…スリップした…!?信じられない…)

「…っ!」

声にならない悲鳴が喉の奥で詰まり、視界が急速に暗転していく。凛はその場に崩れ落ちそうになった。その瞬間、ふわりと、しかし力強い腕が彼女の身体を支えた。驚いて霞む目で顔を上げると、いつの間にかすぐそばに戻ってきていた暁人が、眉間に深い憂慮の色を浮かべ、心配そうに凛の顔を覗き込んでいた。その表情には、先ほどの冷ややかさは消え失せ、代わりに人間らしい温かさが宿っていた。

「…大丈夫か。やはり、まだ無理は禁物のようだ。タエ、奥の部屋へお連れして差し上げろ。ゆっくり休ませるんだ」

その声は、先ほどよりも明らかに温かみを帯びているように感じられた。しかし、凛の耳にはもう、その優しささえも届いていなかった。大正十年――その残酷な現実だけが、意識が途切れる寸前の彼女の頭の中で、何度も何度も木霊していた。


(第二話に続く)

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