第9話 依頼人と人を見る目
「……これ、探してほしいんだけど」
放課後、いつものように図書室の隅にいると、美羽がひとりの男子を連れてきた。
「清雅くん、彼は二ノ宮翔太くん。中学の後輩なんだけど、ちょっと事情があって……」
二ノ宮と名乗ったその男子は、少し伏し目がちで、手に小さな紙箱を持っていた。中には、細い金のチェーンのついた、小さなハート型のペンダントの一部が入っていた。
「これ、落としたんじゃなくて……俺が持ってたペンダントの“もう片方”なんだ。幼馴染の女の子に、昔、ふたりで買って──で、もうひとつが、なくなっちゃったって聞いて……」
言葉を濁しながらも、翔太は真剣な顔で言った。
「でも……俺自身が、これを彼女に返すかどうか、迷ってるんだ」
「……え?」
俺は一瞬、混乱した。
「探してほしいってことじゃ……ないの?」
「ううん、見つけてほしいんだ。だけど、俺が持っていくとは限らない。……ただ、彼女がまだ大事にしてるかどうか、知りたいんだよ」
つまり──それを持っている誰かと、彼の“縁”がまだ続いているのか、確かめたい。
ただそれだけ。でも、それがすごく切実な想いに見えた。
「彼女はこの学校の子なの?」
「うん、2年生。」
「……わかった。やってみるよ」
箱の中のペンダントの一部にそっと触れると、また左目の奥がわずかに疼いた。
「──縁を結びし者との、繋がりを示せ」
目の前に、淡い光の線が浮かび上がる。
それは、校舎の裏手に向かって、ゆっくりと延びていた。
「ついてきて」
俺は翔太と美羽を引き連れて、線の先をたどる。
途中、美羽がぽつりと呟く。
「この学校って、いろんな想いが、置き去りになってる気がするね。卒業した子も、何年も前の記憶も、まだどこかに残ってる感じがする」
俺はその言葉にうなずいた。
そう、“想い”は、モノを通して、ずっと残ってる。
──やがて線の先で、ひとりの女子生徒が中庭のベンチに座っていた。
長い髪をひとつにまとめていて、制服の袖をいじっている。
「……あの子だ」
翔太が小さく呟いた。声が震えている。
俺は彼の代わりに声をかけた。
「すみません、これ……持ってますよね?」
そう言って、箱の中のペンダントを見せる。
彼女は少し驚いて──やがて、制服のポケットから、小さなハート型のペンダントを取り出した。
「えっ……これ、もうひとつ……?」
翔太は、目の前で立ち尽くしていた。
彼女が、ゆっくりと口を開く。
「……懐かしいね。昔、ふたりで買ったんだよね。私、ずっとこれ、大事にしてたよ」
「……そっか」
翔太の声は、どこか安心しているようにも、寂しそうにも聞こえた。
「ごめん、俺……それを渡すと、本当に終わっちゃう気がしててさ。けど、君がまだ持っててくれたなら……なんか、それで充分な気がして」
彼女はしばらく黙っていたけれど、やがてふわっと微笑んだ。
「ありがとう。……でも、私。」
そして、もうひとつのペンダントを、そっと翔太の手のひらに重ねた。
──その瞬間、俺の目には見えていた。
ふたりを結んでいた細い“線”が、ほどけるように消えていく光景。
まるで、互いを認め合ったことで、縁が“役目を終えた”かのように。
「……なんか、悲しいな」
俺がそう呟くと、美羽が横で言った。
「でも、ちゃんと終わるって、すごく勇気がいることなんだよ。未練って、甘くて苦いから」
翔太は最後まで彼女に何も言わず、ただ、ありがとうと一度だけ頭を下げて、その場を離れた。
俺は思った。
“縁”って、繋がりを持ち続けることじゃない。
終わらせることで、はじめて届く想いもある。
──それはたぶん、俺の力じゃ視えないものだ。
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