自殺少女は夢を見る

丸井メガネ

自殺少女は夢を見る

人生生きていれば必ず報われるとはよく言ったものだ。

 誰が言い始めたかもわからないその呪いの言葉を、私は一生憎むだろう。

 少なくともそんな言葉は、漫画の中に出てくる様な都合のいい展開で、主人公が都合よく使うだけの台詞に過ぎない。

 仮に報われるとするのなら、なぜ自殺が起きるのか。

 仮に報われるとするのなら、なぜすぐに助けてくれないのか。

 理不尽だ。あまりにも、世界は理不尽だ。そうでなければ、何故私は自殺をしなければならないのか?何故そうせざるを得ないのか?

 既に考えるだけ無駄であろう。なぜなら私の身体は銀色に光る水面へと一直線に向かっているのだから。

「ああ……死にたくないな……」

 思考を放棄した私の口から不意に出た、叶うことのない本心は、私の意識とともに激しい衝突音にかき消された。


 深い眠りの中で、手足のしびれを感じる。おかしい、死んだのになぜしびれると感じるのか?

 ふと、身体に何かが触れる。大きな手だ。手は寝ている私の肩を掴み優しくゆする。

 寝ている?右側面に感じるひんやりとした硬い感触。

 何かが、おかしい。

 思えば川に飛び込んだというのに、服も濡れておらず髪も乾いている。

「うう……」

 私は重いまぶたをゆっくりと開く。もう物を見ることもない、そう思っていた私の目に飛び込んできたのは、巨大なカエルの頭だった。

「お、おきたかいお嬢ちゃん」

まるで童話に出てくるかのようなカエル男は、満足した様子で喉を鳴らす。

 我に戻った私はその光景を見て、

「きゃあああああ!」

 思わず、叫んでしまった。


「ご、ごめんなさい……私、びっくりし過ぎちゃって……」

「なーに、気にしちゃいねえよ」

 気絶しそうなほどに驚いていた私を、カエル男さんは優しく落ち着かせてくれた。目の前の光景は現実とは思えないほど不思議で、不可思議で、そして何故か、安心感があった。

「お前さん落ちてきたばっかりだろ? 驚くのも無理はないさ」

 確かに、私は自殺のため川に飛び込んだ。しかし、こんな場所に落ちた覚えはない。街並みも、雰囲気もどことなく日本の東京に似ている。

 しかし、そこには現実と違い、一人の人間も歩いていなかった。カエル男をはじめ、道行く人はみな動物の顔や身体を持っていた。

 幻覚か、はたまた現実か。脳内で上手く状況を整理できない。少なくともはっきりしていることは、私がまだ生きているという事実である。

「あの……ここは一体どこなんですか……? それに来たばかりって……」

「あんた達の方でなんて呼ばれてるのかは知らねえが、言うなれば死後の世界? みたいなもんさ」

 カエル男は説明に困った様子で緑色の頭をかいている。

死後の世界。

 これが死後の世界だというのなら、なぜ感覚があるのか?

 というか、死後の世界ならなぜ生活している人がいるのだろうか?

 いや、常識で考えてはいけないだろう。何せ、死んだはずの私がここにいるくらいなのだから。納得させるしか、ないだろう。

「まあとりあえずついて来いよ。落ち着ける場所案内してやるから」

 カエル男は和葉についてくるようにうながす。正直言って怪しいが、この街について何も知らない私には選択肢があるとは思えない。

 なに、一度は死を選んだ身。今更怖いものなど、そうあるものか。

 おっかなびっくり後に続く。道行く人はみな一様に私を一瞥するが、特に足を止めることも奇異の目を向けることもなくただただ歩き去ってゆく。

「あの……どこに向かってるんですか?」

 問いかけにカエル男は振り返らない。止まることなく足を進めながら、私にこう言った。

「あんたみたいなやつ専門の、案内人がいるんだよ」


「ほれ、ついたぞ」

 人ごみを抜け大通りを外れた先の繫華街。居酒屋の立ち並ぶ通りの片隅に、小さな事務所がポツリと立っている。

【案内屋】

 赤みがかったボロい看板には見慣れない店名が書かれており、いかにも怪しい雰囲気を醸し出している。

「……そのまんまだ……」

「ははっ。まあ安心しなよ、悪い奴じゃねえから」

 カエル男はぎいい、ときしむ音を立てる木製のドアを開く。事務所の中は以外にも綺麗で、ただ少しばかりのほこりと執務机に置かれた灰皿から漂うタバコの香りが漂っていた。

「おーい夢ちゃん、仕事だぞ」

 すると突然、巨大な執務机の下から人間の手が現れる。

「ん~……なんだあ?」

「なんだ、じゃなくて仕事だって。まーた昼間から飲んでんのかい?」

 海外のB級ホラー映画でありがちなゾンビが墓の下からよみがえるシーン。まさにその一幕を再現しているかのように、出て来た手は机を支えにしてゆっくりと身体を持ち上げる。

「ばーか。仮にも教師だ、昼間から飲むわけねえだろ」

「何でもいいからほら、久々のお客様だぞ」

 不意にカエル男の手が伸びて、私の肩を掴んで引っ張る。

「きゃっ!」

「高校生の緋水月和葉ちゃんだ。まだ落ちてきたばっかだぞ」

 カエル男の背中に隠されていたテーブルの向こうには、長く寝ぐせのついた黒髪をかきむしる男性が立っていた。

「は、初めまして! 緋水月和葉って言います!」

「……」

 男性は何も答えずに、ただ私の顔をじっと見つめている。初めての男の人からの視線に顔が自然と熱くなる。

「……夢咲藤次だ。よろしく」

「は、はい。よろしくお願いします」

「じゃあ俺は仕事に行くから。夢ちゃん、後よろしく!」

 そう言ってカエル男は急ぎ足で事務所を出て行ってしまう。やはりいい人なのだろうか、後でお礼を言えたらいいな。

「じゃあ、早速仕事に入ろうか」

「えっと……その前に一つ聞きたいんですけど……」

「ここがどこかだろ? 順を追って説明してやるから少し待っとけ」

 そう言って藤次は私にソファへ座るよう促す。

 そしていつ入れたかもわからない、しかし熱々の出来立てコーヒーを私の前に用意してくれる。

「まずは飲んで落ち着けよ。まだ混乱してんだろ」

「……いただきます」

 火傷しないよう、少し冷ましてから一口流し込む。芳醇な香りと深い苦みが鼻を吹き抜ける。しかしよく調合されたコーヒーは飲みなれていない私でも美味しいと感じることができた。

「美味しい……」

「なら良かった。酒もいいがコーヒーが一番好きなんだよ」

 微笑む彼の口調は少しばかり優しくなっている。どうやら悪い人じゃないみたい。コーヒーの吹き抜ける香りとともに、私の心の不安が少し抜け落ちる。

「それで? まだ高校生なのに自殺とはなんかあったのか?」

 私の手は彼の一言で凍りつく。ここに来たごたごたで忘れていたが、私は自殺をしていたのだ。忌まわしい、思い出したくない過去のせいで。

「……なんで自殺ってわかるんですか?」

「ここがそういう場所だからだ」

 藤次さんは椅子を立つと窓際へと歩み寄る。外には東京によく似た街並みが、黒い雲に覆われた都会の街並みが映っていた。

「ここは『死鏡世界』。あんたみたいに無念を残して死んでいった魂を送り返す場所であり……同時に送る場所でもある」

「じゃあ……あのカエルさんみたいな人達は何なんですか?」

「あれはこの世界の住人だ。もっとも俺みたいな普通の人間も存在するがな」

 おかしな話だが、信じるしかないだろう。事実、私はその夢みたいな世界にいるのだから。納得していないものの、私はその説明を嚙み砕いて飲み込んだ。

「それで、帰りたいのか?」

「え?」

「いっただろ。ここには死にきれなかった人間が来る。つまりあんたは現実世界に思い残したことがあるってことさ」

 私の心を見透かしたような答え。

 私が後悔していることを、思い残したことがあるのをこの人は知っている。

「強いこうかいがあるのに、あんたは何で死んだんだ?」

 思い出したくない情景が、忘れ去りたい過去が脳裏に浮かびだす。

 自然と手が震えるのが分かる。自然と拳に力が入るのが分かる。

「……死なないといけないほど、逃げたかったから……じゃないですか?」

 諦めたような言葉が、震える声で、口元からポツリとこぼれる。

「どうあがいても……どう努力しても……生きている意味なんて、なかったんだから!」

「なら何故未練がある? 何故後悔がある?」

「それは……」

 言葉に詰まった私の頭の中に、一人の女性の顔が浮かぶ。優しい笑顔で、凛々しい後ろ姿で、私の人生を助けてくれた女性。

「……私を育ててくれた、叔母が居るんです」

 強くて、優しい人だった。両親を亡くした私を引き取り、まだ若いのに女手一つで育て上げてくれた男勝りの美人な叔母。思えば、高校生になってからめっきりと話さなくなってしまった。

「その人にお礼の一つもできずに死ぬのが……残念だったのかもしれません」

「……郎」

「え?」

 不意に藤次さんがガタンっ、と椅子が音を立てて動くほど勢い良く立ち上がる。彼は速足で私の前に来ると、困惑している私の胸倉をいきなり掴んで怒鳴り声をあげた。

「馬鹿野郎! 死んだらもう、それっきりなんだぞ! 後悔、怨嗟、感謝、何も残らねえんだぞ! 残念だったのかもしれませんだ? じゃあお前はその叔母さんに相談しないままでいいと思ってんのか⁉ 大切な一人娘として育ててきたお前が自殺した時の気持ちは、考えたことがあんのか⁉」

 力のこもった右手で私の胸倉を掴む彼はさっきまでの優しい藤次さんとは大違いだった。しかしその眼は、怒りに染まりながらもどこか悲しそうな瞳にも見える、そんな目をしていた。

「……すまん、ついカッとなっちまった」

 驚きで怯えた様子の私を見た藤次さんは我に戻ったのか、右手を離すとばつが悪そうに謝罪する。勿論驚きはしたが、不思議とあまり怖いと感じることはなかった。

「大丈夫です。それに、藤次さんのいう通りなのかもしれませんから」

 藤次さんは再び窓の外に目を向けると、懐から取り出した煙草を咥えて火をつける。部屋には鼻につくほどに充満した煙草の匂いが再び強くなってながれだす。

 藤次さんは一息で半分も灰にしてしまうほど大きく煙草をすうと、深呼吸のようにゆっくりとたばこ臭い息を吐き出す。

「何故……」

 私は藤次さんにある事を聞こうと口を開いた。

「何故……私のような自殺者を、ましてや初対面の人間を助けているんですか?」

 素朴な疑問だった。彼が私に怒鳴ったのも、恐らくは死んでほしくないという優しさからきているのだろう。そうでなければ、初対面の人間にあんな事をいう訳がない。

 藤次さんは、半分もない煙草を灰皿に押し付けると、窓の外を向いたままゆっくりと口を開いた。

「かく言う俺も……過去の後悔からこの仕事を続けているだけさ」

 ぬぐいたくても、ぬぐい切れないほどの後悔のおかげでなと、藤次さんは寂しそうに呟いた。


「俺が高校生だったころだ。あの頃はまだ送り人になったばっかで現実と死鏡世界を行き来するのも苦痛に感じるほど大変だったんだ」

 藤次さんは入れなおしたコーヒーを飲みながら、ポツポツとその過去を話してくれた。

「友達なんてものは全く作らず、一人で寂しい青春を送っていたんだが、一人だけそんな俺を応援してくれてる奴がいたんだ。幼馴染の姫崎玲奈って奴だったんだが、それはすげえいい奴でな。思えば、初恋の人でもあったかな」

 突然の恋愛話。シリアスな話かと思っていたら、肩透かしを食らったような気分だ。

 藤次さんは私の顔を見て、少しばかり恥ずかしいのか頬を緩めてにっこりと笑う。

「彼女は俺の仕事を知っていた。だから学校でもノートを見せてくれたり、朝起こしに来てくれたりとよく世話を焼いてくれてたよ」

「それってもう夫婦と変わらないんじゃ……」

「今思えばな。だが、だからこそ俺は後悔することになったんだがな」

 意味が分からない。相思相愛に間違いないのに、何を後悔したというのだろうか?

 私が上を向いて考えていると、藤次さんは小さく笑ってから、コーヒーカップの中を眺めながら小さく呟いた。その目はまるで過去を映し出している鏡を見ているかのようで、心ここにあらずと思うような目だった。

「彼女は、自殺したんだ」

 衝撃の一言に、私は手に持っていたコーヒーカップがこぼれるほどにカップを揺らしてしまう。

 自殺? 何故?

「原因は、いじめだったよ。あんたと同じ、悪質で、非道で、極悪なほど卑劣ないじめさ」

 もう過去のことだと、藤次さんは笑いながらコーヒーをすする。しかしその右手は微かに震えていた。

「俺は気づかなかった。いや、気づけなかったというべきだろうな。全てを知ったのは何もかもが手遅れになった後……彼女が死人として俺の前に現れたあとだった。」

 そういうことかと理解した半面、心が痛む。自分も同じ理由で死んでいるからだろうか。きいていて胸が痛い。

「俺は何度も止めたさ。未練があるんじゃないのかと。後悔があるんじゃないのかと。だが、彼女から帰ってきた答えはこうだった」


『最後に、君に会いたかったから』


「そうして笑顔でさよならを告げて、彼女は旅立っていったよ」

 目頭が熱い。自分で飛び降りたときは流れなかったのに、気がつけば私は頬を伝っている涙を制服の袖で拭いていた。

「それから俺は誓ったんだ。必ず後悔のあるやつを死なせないと。絶対に、笑顔で送るとな」

「いい……話ですね……」

 鼻水をすすりながら、私は大粒の涙をポロポロとこぼす。

 ああ、私はなんて考えなしだったのだろうか。

 残された人の気持ちを考えられなかったなんて、大切な人の悲しむ姿を考えられなかったなんて。

「勿論、死ぬのが悪いとはいわねえ。希望も未来もない人生、それは死んでるのと何ら違わねえからな。だが……」

 藤次さんはいつの間にか空になったコーヒーを置くと、私の前に大きな手を差し出す。そして先程とは打って変わった優しい口調で、こう言った。

「あんたにはまだやれることがある、残したことがある、違うかい和葉ちゃん?」

「……はい、はい!」

 私は涙をぬぐうと、赤くなったその手を優しく重ねる。そうだ、私は全てを失った訳じゃない。先ずは周りをしっかり頼ろう。叔母さんにも相談しよう。私の人生を、取り戻そう。

「……いい目になったな、和葉ちゃん」

「そうですか? なら貴方のお陰です」

 わたしの人生は生まれ変わった。今、この瞬間に。命の恩人はその薄暗い雰囲気からは想像できないほどの笑顔を見せてくれる。

私もいつか、この人のようになりたい。私は心の中に、自分の夢をしっかりと刻み込んだ。


「で、肝心な帰り方なんだが……」

 一通り落ち着いた後で、私は藤次さんについてくるように促されて人通りのない路地を歩いていた。

「実は結構簡単なのさ」

「簡単……ですか?」

「くりゃ分かるさ」

 暫く黙って歩いていると、やがて路地の真ん中に一つの鉄扉が現れる。不自然に置かれた扉は開く気配もなく、その路地にどっすりと立ちはだかっていた。

「もしかして……」

「そう、あれが現実に繋がる魂の扉『死境門』だ。亡くなった奴はあそこからしか帰れない。俺たち送り人は少し違うんだけどな。とにかくあそこをくぐれば死を回避した状態で現実に戻れるってわけさ。」

 パチンっと藤次さんが指を鳴らす。

 その音に反応したのか、重厚な鉄扉がギいいいいいという金属音を発しながらゆっくりと開いていく。

「確かに、結構簡単そうですね」

「だろ? 言っても開けれるのは生きてる人間だけなんだけどな」

 藤次さんは扉に近づくと、私に扉をくぐるように促す。私はされるがままに、一歩一歩ゆっくりと扉に近づいて行った。

 やがて扉が目の前まで迫り、私はくぐる手前でその足を止めた。

「一つ、聞いてもいいですか?」

 藤次さんに聞きたいことが、もう一つだけ残っていたのだ。

 藤次さんは意外そうな顔をして私を見ている。

「現実でも、藤次さんに会えますか?」

 私の命の恩人に、お礼の一つでもしたいのだ。もしかしたら私の心には別の気持ちがあったのかもしれないが、とにかく会いたいと思っていたのだ。

「そうだなぁ……」

 藤次さんは顎に手を置いて少しばかり考え込むと、笑って私の頭を優しく叩いた。

「ま、生きてりゃ会えるかもしれねえな。会えなくてもそれが人生ってもんだろ」

 予想外の答えが可笑しくて、私は思わず気の抜けた笑い声を上げる。

「あはははは、確かにそうですね! ありがとうございます! それじゃあ!」

 満足のいく答えかは聞かれても答えられないだろう。だが、少なくともこれでいいと思うことができたのは成長した証だろうか。

 私はもう二度と止まることなく、その門の中へと飛び込んだ。


深い深い暗い海。再び沈んだ意識が目覚めたのは、見知らぬ部屋、そのベッドの上だった

「……んん……こ、こは……?」

 周囲を見渡そうと首を動かすが、痛みが彼女の動きをとめる。

「和葉……?」

 不意に、右手側から声がかかる。顔を動かせないが、見なくとも誰かわかる。

「叔、母……さん」

 その呼びかけに応じるように、視界の右側に叔母の顔が現れる。叔母は目元に涙を浮かべ赤くなった目頭をぬぐうと、優しく、そして力強く私を抱きしめる。

「良かった……! もう、会えないのかと思った……!」

「ごめん……な、さい……私……」

「謝るのは私の方よ和葉、あなたのことしっかり見れてなくてごめんなさい……本当に、ごめんなさい」

 一層強く、叔母は私の身体を抱きしめる。聡明な彼女の事だ、恐らく原因には見当がついているのだろう。

 しかし私は涙を流す叔母の背中に手を回すと、優しく抱きしめ返す。

「もう……大丈夫だよ。私、強くなったから」

 噓ではない。何かは上手く思い出せないが、何か特別な夢を見ていた気がする。

 私の人生を変えてくれた、特別な人の夢を。



七年後――



「今日から赴任いたしました、緋水月和葉です。よろしくお願いします」

 二十四歳の春、私は都内の高校の教師になった。あの日、夢から覚めた私の中にあった教師という夢。何故目指そうと思ったのかは、思い出せない。

でもそれでいいと思っている。

 過去の私のような、ひとりぼっちの生徒たちを助けると決めたのだから。

 職員室で学年主任の先生に挨拶を済ませ教室へ向かおうと職員室をでる。しかし私が扉を開けたとき、その扉が反対側から開けられ私は入ってきた男性にぶつかってしまう。

「きゃっ! ごめんなさい……」

 私は謝罪しようと顔を上げて、そして固まってしまう。何故なら、目の前には見覚えのある、でも名前も知らない懐かしい顔があったのだ。

「どうも和葉先生」

 私の事を知ったような口ぶり。嗅いだことのある匂い、見覚えのある髪型。記憶の扉が一気に開かれる。

 そうだ、この人が。

 私の、憧れの、命の恩人だ。

 男性は似合わない笑顔を見せる。別れ際に見せてくれた、あの優しく眩しい笑顔を。

「夢咲藤次です。よろしく、お嬢ちゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自殺少女は夢を見る 丸井メガネ @megamaruk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ