『開幕!性欲魔人と毒舌天使のバトル』

漣 

第1話 ようこそ、最低のルームメイト



 


春。

新しい学年、クラス替え、そして寮の部屋割り。

学園の始まりは、空気まで浮ついている。けれど——。


 


「……は?」


 


廊下の端、303号室のドアを開けた一ノ瀬仁は、目の前の人物を見て声を漏らした。

椅子に座って脚を組んでいるのは、異様なまでに整った顔立ちの男。長い睫毛に切れ長の目、色素の薄い唇。


 


「うわ、あんたか。終わったね、この一年」


 


皮肉というより、もはや呪詛だった。


 


「……笹原」


「同室、最悪の引き。性欲魔人と毎晩同じ部屋とか、寝る前に性教育されてる気分なんだけど」


 


相変わらず口が悪い。毒しか出ない。

こいつ、口を開けばだいたい仁の性生活にケチをつける。


 


「で、昨日の子、Cカップないよね。あれでよく勃ったね。感心する」


 


「朝イチでなんの話してんだよ」


「だって、俺の隣のベッドから喘ぎ声聞こえてくるんだもん。犯罪未遂?」


 


「お前が起きてる時間にしてねぇよ」


 


「うん、してる。壁越しに聞こえるんだって、学ばないねあんた。しかも一昨日の子、2-Bの子でしょ?顔は可愛いけど口がデカすぎて、アヒルにしか見えなかったんだけど」


 


「お前、よく人をそこまで貶せんな」


「事実しか言ってない。あ、名前わかんないか。あんた、女の名前覚えないんだっけ」


 


仁がため息をつくと、笹原は小さく鼻で笑った。

体格は華奢で、背丈も仁より一回り小さいくせに、口と態度だけはやたらでかい。


 


「俺さ、お前の女遍歴だけは詳しくなるの。ありがたいよね、情報開示が性癖で」


 


「うるせえ」


 


「なんなら、そのうち学校の掲示板に“今週のセフレ”リスト貼ってやろか?」


 


「やってみろ。刺すぞ」


 


「あ、それって脅迫だよ。セクハラの次は犯罪かぁ。あんたさ、卒業できると思ってんの?」


 


仁はもう何も言えなかった。

口で勝てる相手じゃないとわかっている。

どれだけ理屈を並べてもうるさいし、毒舌は一切止まらない。


 


だが。

腹が立つのはそれだけじゃなかった。


 


「お前さ。……女に興味ねぇの?」


「んー、顔は見てるけど。性欲はないんで」


 


仁は思わず眉をひそめた。

顔は認めざるを得ない。下手な女より美しい。それなのに、まるで興味を引かれない。


 


「お前が女だったら、とっくに抱いてたのにな」


 


そう吐いた瞬間。


 


「うわ、きっしょ。冗談でも言うな。俺があんたの射精対象とか、世界終わるわ」


 


顔ひとつ動かさずに、毒だけ吐く。

その表情がむしろ清々しくて、仁は少しだけ笑った。


 


——こうして、最悪のルームシェアが始まった。


 


しかもこいつ、まだ知らないらしい。

自分のことを「興味ない」とか言っておきながら——。


 


----俺の頭の中、最近こいつの声がずっと残ってんだよ。

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