先輩が先輩じゃなきゃよかったのに
あまねりこ
第1話 先輩が先輩じゃなきゃよかったのに
「先輩が好きです」
ぬいぐるみを前に、私は叶うはずもない告白の練習をしていた。相手は三年生の部活の隼人先輩。
部員とマネージャー、ただそれだけの関係から抜け出せずにいた――。
私が先輩に出会ったのは、高校に入学してまだ一ヶ月も経っていない頃だった。
ある日の放課後、急な通り雨に見舞われた私は、学校近くの本屋で雨宿りをしていた。
「どうしよう……」
母との予定があった私はすぐに帰らなければならなかった。しかし傘を持っていなかったため動くことができず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。何度か腕時計を確認する。もうすでに二十分が経ってしまっていた。――最悪だ、そう思ったときだった。
「これ良かったら使って」
突然声をかけられ振り返ると、そこにいたのが隼人先輩だった。
「君、南高校の生徒でしょ」
「えっ……あの」
戸惑う私に、先輩は制服の胸ポケットについた校章を指差した。
「俺も同じ。だから今度、学校で会えたときに返してくれたらいいから」
「……いいんですか?」
「うん、いいよ。それに何か用事があるんでしょ? 時間を気にしているように見えたから」
先輩の優しく微笑む姿に、心が奪われるのは一瞬だった。
「ありがとうございます! 絶対返します」
先輩にお礼を告げ、私は急いで家へと向かった。おかげで私は無事に母との予定を守ることができた。
その日以来、私は先輩のことで頭がいっぱいになった。そして校庭で先輩を見つけた私は、気づけば不純な動機でサッカー部のマネージャーになっていた。
「あのっ……傘、返すの遅くなっちゃってすみません」
「あぁ、あのときの。役に立てたなら良かった」
あの日と同じ、優しい笑顔。――あぁ、やっぱりかっこいいな。
「ありがとう」
人生初めての一目惚れだった。先輩の走っていく後ろ姿を見ながら、私は小さな声で告白する。
「――好きです」
「はぁ……」
何ヶ月経っても私の恋は収まらなかった。ぬいぐるみを抱きしめながら仰向けになる。先輩は頭が良くて、運動が好きで、そしてなにより――とっても優しい人。先輩がモテるなんて当たり前のことだ。
私はスマホを手に取り、先輩の連絡先を探す。マネージャーになったことで、先輩の連絡先を手に入れられたことはすごく嬉しかった。でも、先輩とのやりとりはすべて事務的な連絡だけ。送れるわけもないのに『好き』の二文字を打つ。……そしてすぐに消した。
「こんなことしてる間にも、先輩は誰かと電話したりメールしたりしてるのかな……」
先輩と二人で夏祭りに出かける――そんな厚かましい妄想を考えながら、私は眠りについた。
サッカー部は合計で三十人、マネージャーは私を含めて四人だった。先輩はこのサッカー部で副キャプテンを務めていた。その腕前と人柄から、部員たちからの信頼は厚く、誰が見ても分かるほどの人気者だった。
マネージャーの仕事は思っていたよりも大変で忙しい。だけど私は先輩の姿が見れることが嬉しくて、頑張れた。……でも。
「隼人! 頑張れー!」
隣で先輩の名前を呼ぶのは、同じく三年生でマネージャーの佐々木くるみ先輩だ。ポニーテールが特徴で、顔も可愛い。性格だって明るいし、まさに理想の女性だろう。可愛い人は名前まで可愛いんだ。なんだか胸が苦しくなる……。
前に廊下で先輩たちを見かけたことがあった。
「隼人、ノートありがとう。おかげで助かっちゃった!」
「まったく、授業中に寝るなよな」
くるみ先輩からノートを受け取る隼人先輩。その優しさが、私だけに向けられたものじゃなかったのだと実感する。仲睦まじい二人の姿に、私は思わず目を背けた。
恋愛経験の少ない私でもなんとなく分かる。くるみ先輩はきっと隼人先輩が好きなんだ。そして隼人先輩もきっと――。
「鈴宮? おーい、鈴宮?」
「あっ……は、はい」
名前を呼ばれ、咄嗟に顔を上げる。
「今日元気なくないか? 大丈夫?」
そこにいたのは、隼人先輩だった。目が合う。
「だっ、大丈夫です……」
「そう? 無理はするなよ」
先輩は微笑むと、私の頭を軽くポンポンと叩いた。その瞬間、胸がドキッと高鳴るのが分かった。
恋は盲目だと思う。どれだけ落ち込んでいても、好きな人に声をかけられれば忽ち悩みなんて消え去って、嬉しいという感情だけが心の中に残る。好きな人に会えただけで、その日が最高の一日に変わって、学校来て良かったなんて思えてしまう。飛び跳ねたくなる。叫びたくなる。好きで好きで、大好きになる。
「隼人先輩」
「ん? どうした?」
「先輩は……」
ポニーテールが好きですか? 年下には興味ないですか? 先輩の目に私はどう映ってるんですか? ただの後輩ですか? ねぇ、先輩には――――好きな人いるんですか?
「先輩が……先輩じゃなきゃよかったのに……」
私は小さな声でそう呟いた。熱くなった体を冷ますかのように涼しい風が吹く。
「鈴宮?」
「……やっぱりなんでもないです。練習頑張ってください!」
告白したらきっと先輩を困らせる。そうやって勝手に決めつけて、答えを聞くのが怖い私は今日も想いに蓋をする。
「うん、ありがとう!」
もしも私と先輩が同い年だったら、何か変わっていたのかな。同じ授業を受けて、ノートを貸し合って、放課後デートとかもできちゃったりして。想像だけが膨らんで、現実は白紙のノートみたいに真っ白なまま。
「ナイスシュート!」
校庭には先輩の声が響いていた。遠くにいる先輩を見つめながら、私はまた小さな声で告白する。
「先輩――好きです」
先輩が先輩じゃなきゃよかったのに あまねりこ @amane_riko54
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