盤上にて剣は哭く

さすらいのマジックキャスター

1話 大鼠に負けた少女、再起の第一歩!

この世には──

神代の残滓が至る所に存在している。

そして、それらは大抵ろくな物じゃない。

魔物、ダンジョン、そして“遺物”と呼ばれるオーパーツ……


その中でも、最も多く、最も危ういとされるのが【魔剣】である。


魔剣には様々な種類がある。

持つだけで身体能力を底上げするものもあれば、

一度でも振るえば地殻変動が起きる、そんな化け物じみた力を秘めたものまで。


……そしてそんな魔剣を、1人の少女──

マナが拾って、成り上がっていく。


これはそんな物語だ。


────────────────


西の辺境街ミアタウンの早朝、朝焼けに染まる冒険者ギルド。


職員たちがいそいそと机を拭き依頼板の紙を張り替えていく。

朝の準備をしている、その中に一際目立った黒髪と鋭い目つきの美人が書類と格闘をしていた…。


「あのぉ…依頼をしたいのですが…」


作業に集中していた彼女は少し驚き、ビクッと肩を小さく震わせたが、すぐに表情を整えた。


視線を上げると、見るからに田舎の出だとわかる身なりの、やせこけた中年が立っていた。


少し口角をあげて、笑顔で対応する


「はい、ご依頼ですね?場所と内容、それから報酬の記述をこちらにお願いします」


笑顔を浮かべながら受付嬢はペンを取り出して記入を待つ。

記入された文面に目を通し、受付嬢は小さく息を吐いた。


【村の近くにある森で小さなダンジョンを見つけた、魔物が住み着いているかもしれないので調査をお願いしたい。場所:ホルト村】


ホルト村…辺境街ミアタウンから外縁街ネイヴォンへ繋がる街道の途中に位置する森に囲まれた村


かつては外縁街ネイヴォンへ向かう旅人の中継地点として賑わっていたが、最近になり近道が出来たことにより旅人は激減。


中継地点としての役割を失ったホルト村は通貨の流れが滞り、暮らしは厳しいものとなっているだろう。


報酬の欄に目を落とす。

【銀貨4枚】少ないな…と心の中で呟く

「はい、確認できました!すぐに依頼書を作成して貼り出しますね!」

依頼人は深々と頭を下げてギルドから出ていく…。


受付嬢「…はぁ、これっぽっちか…ギルドの取り分を差し引けば冒険者の手元には銀貨3枚しか…村中からかき集めたんだろうけど、こんなんじゃ誰も引き受けてくれないでしょ…」

ぽつりとため息混じりに愚痴をこぼす


だがその瞬間、脳裏に一人の少女がチラつく

「うーん、どうしようかな…」


1年ほど前に冒険者になって初めての依頼

大鼠退治で失敗して心折れた"ある少女がいる"…以来彼女は薬草採取や低リスクの依頼ばかりこなして日銭を稼いでいた

その時に少女を担当したのが自分だったため、単独での依頼を止められなかったことを、ずっと気にしているのかもしれない。


「うん…言うだけ言ってみよう」


もし彼女が引き受けてくれれば厄介な依頼を消化できる。そして少女は冒険者としての自信を取り戻し一石二鳥だろう。


そう思いながら彼女は再び事務作業を再開して

彼女が訪れるのを待つのであった………


───────────────────

私の名前はマナ。しがない冒険者だ。


幼い頃、村にやって来た吟遊詩人から聴かされた冒険譚アドベンチャー──

それに心を奪われ、私は冒険者になることを夢見るようになった。


十歳の頃から、村にいた元冒険者の戦士と斥候のもとで訓練を受けてきた。

そして十六歳、成人を迎えた私は街へ出ることを決意した。


にも関わらず、村を発つ日に見送ってくれたのは両親だけだった。

小さな頃から訓練ばかりの日々を送っていた私は、村の子どもたちから浮いた存在だった。

変わり者として敬遠されてきた私は、人付き合いが苦手になってしまった──

それでも構わなかった。


私の家は裕福ではなかったが、それでも両親は大枚を叩いて、

一振り…短剣よりも長く両手剣よりも短い

中剣を買ってくれた。

その剣を携え、いつか【竜を殺す者ドラゴンスレイヤー】になる日を夢見ていた……


だが、現実は──


……こんなものだった。


わたしの初仕事は大鼠退治だった。


初めての戦闘。

湿っぽくて薄暗い下水道で大鼠たちと遭遇した。


最初の1匹は、余裕で倒せた。

ただ、真っすぐ突っ込んできた鼠の頭に剣を振り下ろすだけ。


「なんだ、こんなの余裕──」


そんなふうに慢心をした。だから、次の瞬間、不意を突かれた。


足に噛みつかれていた。


痛みが走った。

悲鳴が出てしまうほどの痛み。


見下ろすと、革のブーツ越しにぽっかりと開いた鼠の歯型。

傷口はズキズキと脈を打ち、暗赤色の血がじわじわとにじんでいた。


そんな鼠が目の前に数十匹。

今にも飛びかかってきそうだった。


"殺される"──そう思った瞬間、戦う意思は霧散した。


恐怖に支配された私は複雑な下水道を右へ左へとパニックのまま逃げ回った。


落ち着きを取り戻したときには出口を見失い1時間ほど立ち往生してしまった。


なんとか出口を見つけて教会へと駆け込み、穴の開いた足の傷口を治療してもらった


…鮮明に今でも覚えてる恐怖の記憶


竜殺しドラゴンスレイ】どころか、

鼠殺しラットスレイ】すらできなかった。


あまりの不甲斐なさに、心は折れ、完全に自信を失った。


されど──人は、生きていくには食わねばならない。


だから私は、今日も薬草採取か野犬退治の依頼を受けるため、冒険者ギルドへと足を運ぶ……。

─────────────────


──乾いた風が吹いていた。オレンジ色の斜陽が体を覆う、それなのに心の中だけ曇っているようなそんな早朝。

できるだけ他の冒険者と顔を合わせないよう、

朝早くから通い慣れたギルドの扉の前で、わたしはため息をひとつ、そっと吐いた。


「……今日は…薬草摘みにしようかな…」


革のブーツが木の床を踏む音。重くないが、軽快でもない。

受付嬢のいるカウンターへ、なんとなくの惰性で近づいていく。


受付嬢は顔をぱっと明るくして、声をかけてくる。


「マナさん、ちょうどよかったです!えっと…少し変わった依頼なんですけど、聞いてみてもらえませんか?」


わたしは少し戸惑ってから、控えめに頷いた。


「……わ、わたしに、ですか?その……変わったって、危ないとか……ですか……?」


受付嬢は、少し困ったように笑った。

けれど、わたしの目を真っ直ぐに見て、こんなふうに言った。


「危険性は未知数です。でも、マナさんなら……いえ、マナさん“だからこそ”お願いしたいって思ったんです」


そして、彼女は依頼内容を簡単に説明してくれた。


ホルトという村の近くに、魔物が住んでいるかもしれない小さなダンジョンが見つかったこと。

報酬は銀貨3枚程度であること。


距離は街から馬車で半日程度で、場所は外縁街ネイヴォンへ繋がる街道の途中に位置する、森に囲まれているということ。


そして調査と討伐、両方の可能性を含むため、ある程度の準備が必要になること。


わたしは少しだけ眉をひそめた。

危ないかもしれない。でも、薬草採取で日々を流すだけの生活も……限界が来ていた。


「……で、でも……わたしなんかに、本当に……?」

その瞬間、あの時の記憶がフラッシュバックする


受付嬢は言った。


「誰かがやらなきゃいけないんです。マナさんなら、ちゃんとやってくれるって思ってます」


──言葉の重みが、胸に残った。

信頼されることに慣れていないわたしは、照れくさくて、どう返せばいいかわからなかった。


……にもかかわらず、気づけば、口が動いていた。


「……じゃあ……その依頼、わたしが……行って、みます」


受付嬢はふわっと笑って、小さな紙を手渡してくれた。依頼内容の控えと、ホルト村への簡単な地図だった。


わたしにとってそれは、妙に重たくて──

両手でそっと、受け取った……。

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