第3話 カガミ
困った。
風呂上がり、いつものように洗面所で濡れた髪をドライヤーで乾かしているのだけれど。
鏡に映る自分の背後に、暗い顔をした赤いパーカーの女が立っている。
なんとなくわかる。
たぶんこの女、この世の住人じゃない。
雰囲気がどこかカイダンに似ている。
「この部屋、思っきり霊道になってますから」
先日のカイダンの言葉が脳裏によみがえる。
ふと思いついて、ドライヤーを持つ手首を少し返して後方に風を送ってみた。
すると、背後の女の髪がふわっとなびいた。
―――風、当たるんだ。
さて、どうしたものか。
これはたぶん、普通に振り返るといないパターンだ。
そしてまた鏡を見ると後ろに立っているパターン。
どこかでそういうの見たことある。
だけどまあ、1回はやっておかないとか。
僕はゆっくりと後ろを振り返った。
ほら、いない。そうだと思ったよ。
僕はまた鏡に向き直る。
ほら、やっぱり出た。
鏡の向こうの女が少し笑ったように見えた。
ちょっと腹立つ。
それなら、たとえばこんなのはどうだろうか。
いま、位置関係的には僕の右斜め後ろに女が立っている。
鏡と女との間に割り込むような形で僕が右へ移動したらどうなるか?
すると僕の動きとは逆に、女は左側にずれた。
―――ほほう、そうくるか。
今度は僕が左に平行移動する。
女は逆に右へとずれる。
どうにかして鏡には映りたいらしい。自己主張強めだ。
―――それならコレはどうだ?
僕は下半身をそのままの位置で、上体だけをゆっくり右にずらしていく。
女は同じように、上体だけ左へ。予想通りだ。
今度は逆だ。僕は上体だけ左にずらす。女は右へ。
それを繰り返すなかで、上下の動きも加えてみる。
―――Choo Choo TRAIN
やかましわ。
背後の女、すでに笑顔を隠そうともしていない。
腹立つ。
左から振り返る・・・と見せかけて右からターンッ!!
「ギャーッ!?」
「ギャーッ!?」
どうせいないだろうと一か八か振り返ったらいたので、お互いに叫び声をあげた。
* * * * * *
いま、僕の目の前にはちゃぶ台を挟んで赤いパーカーの女が座っている。
年齢は20歳前後か。よくよく見ると整った目鼻立ちをしている。
「名前は?」
「初対面の人には名乗りたくない。です」
え、カイダンの時といい、幽霊ズのセキュリティ意識の高さなんなの?
「じゃあいいよ。キミのことはとりあえず『カガミ』って呼ぶわ」
「ええ・・・鏡だけに? マジっすか・・・」
「仕方ないだろ? キミが本名言いたくないんだから」
「むう・・・」
「で、本題。ウチの洗面所で何してたの?」
「いやー・・・何って言われても・・・」
「しかも途中から僕のことちょっとおちょくってたよね?」
「いや、全然おちょくってないっす。・・・てか、私が何してようが関係なくないっすか? ぶっちゃけ」
「おおう、態度悪いな。悪霊だ悪霊」
「スンマセン、悪霊だけは勘弁してください」
するとその時、誰かが外階段を駆け上がってくる音がして、玄関が開いた。
「ちーす・・・あれ、お客さん?」
カイダンだ。普通にあがりこんできた。
「おや? おやおやおや? お取込み中ですか?」
ちゃぶ台に向かい合って座る僕とカガミを交互に見ながら、カイダンはテーブルにコンビニの袋を置いて腰を下ろした。
「やべ、2個しか買ってきてないわ。溶けないうちに食べて」
そう促されてカガミは「ざっす」と小さく頭を下げて袋からソーダアイスを取り出し食べ始めた。
もうひとつはすでにカイダンがかじっている。
「え、なんでキミらだけ食べてんの?」
「なるほど、カガミちゃんは地縛霊的なアレっすね。たぶん」
「なんだよ『地縛霊的なアレ』って?」
「ほら、よく言うじゃないですか。この世に強い恨みを残して死んだ霊がその場所から離れられなくなってる感じの。知らんけど」
「え、怖・・・そうなの?」
「いやいやいや、違いますよ。自分、もう少しポップな感じの霊ですよ」
「ポップな感じの霊」
「自分、もともとは学校でもあんまり目立たないほうで。結構いじられるタイプだったんすよ。それで中学の入学式に」
「待て待て待て」
「うん?」
「それ長い? 長くなる話?」
「いや、まあ・・・中学編と高校編があるんでそこそこは」
時計を見ると1時を回っている。
「ごめんな、今日はもう帰ってくれないかな。明日仕事あるし。今度聞くから。ホントごめん」
「えっ、この流れで身の上話聞かないとかアリなんすか?」
「マジっすか、ボク今きたばかりやないですか。アイス食って終わり?」
「人の心ないんか」
「そんならもうちょっと早く出て来いやヴォケ」
「うーわ・・・怖・・・」
カイダンとカガミを追い返し、僕はベッドに横たわった。
なーんか、最近目覚め悪いんだよな・・・これも霊障なのかね・・・。
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