ジャックと豆の木~空の三宝~

山下ともこ

第一章:雲の上の庭

昔むかし、天と地は静かにつながっていました。


地上の人々は、節度と信頼を持って生き、

本当に困ったとき、心からの願いを胸に、天を訪れていたのです。


天はそんな人々に“空の三宝”を使い、ささやかな恵みを与えていました。


“空の三宝”は、雲の上の庭の中心にそびえる大樹の根元に、

そっと抱かれるように在りました。


三宝の一つ目は、金貨の壺。

これは、心からの願いを持って天を訪れた者に、

1日に1枚だけ金貨を与える壺でした。

日々の糧に困った人々は、その金貨を大切に使うと誓い、

地上へと戻っていきました。


二つ目は、黄金のガチョウ。

黄金に輝く羽を持ち、1日にひとつ、金の卵を産む神秘のガチョウでした。

その卵は、すぐに使えば食料や薬となり、貯めておけば、家を直し、

家族の未来を守ることもできるものでした。

その卵は、ただの“金”ではなく、“明日をつくる力”だったのです。


そして三つ目は、麗しのハープ。

このハープの音色は、風に乗って地上へ届き、

聴く者の心に“安らぎ”と“感謝”を芽生えさせるものでした。

但し、麗しのハープには恐ろしい”音の呪い”が潜んでいました。

このハープを地上で奏でると、音色はゆがみ、

聴く者の心に“物質への渇望”と“際限なき欲望”を呼び起こすという、

見えない呪いが潜んでいたのです。

人々の心に静かに入り込み、優しさを競争へ、感謝を所有欲へと、

じわじわと変えてゆく、目には見えぬ“音の呪い”。


このように、天と地がつながっていた時代、

三宝は、ただの“物”ではありませんでした。


それらは人々の心に寄り添い、人々が節度を持ち、

慎ましやかに暮らす力となっていたのです。


そして、その三宝を見守る存在として、番人・アルディンがいました。

彼は、大地のように大きな体と、風のように静かな目を持つ巨人でした。

雲の上という不思議な世界に暮らし、

訪れた者の願いが“本物”かどうかを、見極める力を持っていました。


けれど、時が経つにつれ、人々は“もっと、もっと”と求めるようになりました。


もっと食べ物が欲しい。

もっと土地が欲しい。

もっと力が欲しい。

もっとお金が欲しい。

もっと、もっと、もっと……。


いつしか、天を訪れる者は、

心からの願いではなく、欲望を抱えて来るようになりました。

三宝は乱用され、争いの火種となり、地上は汚れ、

空は悲しみに沈んでしまったのです。


天は決断しました。

雲を結界とし、天と地の通い路を閉ざしたのです。


それでも、天は地上を見捨てはしませんでした。

三つの宝を雲の上に封じ、“人の改心”をじっと待ち続けていたのです。


空の三宝を守る番人として、アルディンもまた、誰も来なくなった空の庭で、

ただ静かに、三宝を守り続けていたのでした。




どの位時が経ったか、もう分からない程の長い時を超えたある日…

その永き静寂を、破る音がしました。


――ギギギ……ギイ……


雲の下から、天をつんざくように、一本の巨大な蔓が突き上がってきました。

「これは・・・天の蔓? 何故、地上から??」


アルディンはその蔓の下をのぞき込み、小さな影を見つけました。

「……人なのか……?」


永遠にも近い程、長い時を経て、天に上がってくる、久々の“来訪者”。


ですが、天から何の知らせもないことから、

天と地はまだ繋がっていないと、アルディンには分かっていました。


「何故?人が??」

彼は、じっとその影を見守っていましたが

「…まだ、天と地は繋がっていないはず…ここまでは来られないだろう…」

そう呟くと、アルディンは再び、空の三宝の元へと歩いて行くのでした。



続く~第二章へ~



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