今。ここが正念場

 陰陽寮に預けていたはずの変若水。

 麒麟の巫女が管理するという名目で持ち出されたのだとしたら、儀式とやらがはじまる可能性がある。

 そして異形の王がわからない。

 ほのかががなりながら髪をかきむしっているのに、南雲は黙って唇に手を当て考える。


「……あのさ、もしかしてだけれど」

「なに、わかった!?」

「異形が生まれていたのは平安の世には既に生まれていたんだよね?」

「……そう鬼は言っていたけれど」

「鬼はたしか、大陸から来た話があるんだよね」

「……そういえば。大陸から来た飛縁魔が鬼とすぐに仲良くなったのって、もしかしてそれ?」

「おそらくは。だとしたら、呼び出すのは、平安の世より前のものかも」

「……どういう理屈?」

「私たちの国にも欠けている歴史がたくさんあるし、大陸との交流や戦もたくさんあったはずなのに、そのあたりのことは記録に残ってないと把握できない。異形が生まれたのこそ平安の世だとしても、それより前にも因縁があったのかもしれないって話だよ」

「……つまりは、殴れば全部終わるのね!?」

「……殴って終わりかどうかはわからないけれど、少なくとも儀式を完成させて呼び出されるものはとんでもないから、儀式自体を白紙にしないと駄目ってこと。わかる?」

「さすがにそこまで言われたらわかる。つまりは鬼を殴れば終わる!」


 だんだんほのかは腹が立ってきていた。

 自分たちの不幸を盾に、さんざん周りに迷惑をかけた者たちが、自分たちは不幸だったと平安の世から勝手に呪詛を蔓延させ、ひとつの一族を乗っ取った末に、今度はこの国を終わらせようとしている。

 そもそもいくら五行の一族が陰陽師の一族であり、平安の世に産声を上げた者たちとはいえど、その時代のことをほぼほぼ知らないのだ。その時代から恨んでいるし、その時代からいろいろやらかしていました。これから復讐しますと言われても、それを自分たちの祖先のせいだと言われても、「ならあんたたちが今までやっていたことのなににどう正当性があるのよ!?」と叫びたくて仕方がない。

 もう鬼を殴って終わらせたい。ほのかがそう憤るのを、南雲は苦笑して見ていた。


「そうだね、あんたはそういう子だったわ」

「でしょ。だったらどうすればいい!?」

「とにかく麒麟の一族は後回し。先に鬼のほうに……」


 そこまで言っていて、ほのかは刀を引き抜くと素早く切り上げた。ぱらりと落ちたのは、呪詛の篭もった札。


「……王の下には行かせない」


 そう言ってきたのは、狩衣を着た男たち……普段式典でしか見ない麒麟の一族の男たちだった。

 南雲は式神を放つ。


「……この人たち相手にしないと、鬼の元に行けないみたいだけど……」

「朱明様は行かせるべきでしょうね。特に鬼を倒すともなれば、術式より先に武力。得物が刀である朱明様が行ったほうが確実でしょうし」


 そう拝み屋たちが言う。南雲は人形を飛ばしながら、気を探る。


「ほのか、麒麟の一族が私たちを足止めに来た以上、鬼のほうに当たったのは多分玄冥くんたちだと思う。あんたはそっちに行って」

「でも……あたし一応指揮官。雇っただけのあんたたちを、ここで捨て石には」

「誰が捨て石だ。拝み屋舐めんな」


 皆が皆、拝み屋という手に職で食べてきている女たちだ。気が強く、誇りも高く、その上命の使い方を理解している。


「私たちが国を救うなんていう機会、今しかないんだよ。それにあんたは、玄冥くんの子を産みたいんでしょうが。旦那が死んだら産めないでしょ。だから行くべき」

「……っ! そりゃそうだけど」

「学府時代からの友達が未亡人になるとこなんか見たくないし、こっちだって別に死ぬ気はない……見つけた。鬼の居場所。案内の式神付けちゃるから、それで行ってきなさい!」


 南雲はビタンとほのかに札を貼ると、そのまま押し出した。

 奉公人はいきなり現れた鬼気迫る顔の麒麟の一族に脅え、腰を抜かして動けなくなっている。それを見た途端、ほのかのすべきことがわかった。ほのかは南雲の付けた札を一旦彼女に付けると、腰を抜かした彼女を俵抱きし、走りはじめた。


「あたし、これから夫のところに向かいたいの! あんたのほうがこの家の配置に詳しいでしょう、案内して! その札貼って見える場所が、今夫がいる場所!」

「は、はい……!」

「あんた、撫子様のお付きだったんでしょ? あの人……どうだった?」


 途端に奉公人は、ポロリと涙を溢した。


「……お優しい方でした。この家の方々は、だんだんと様子がおかしくなっていく中、あの方だけでした。最初から最後までお優しかったのは。おかしくなった方々は、使用人や奉公人をなりふり構わず手を上げ、手を出そうとします。誰もかれもがかばってくれない中、あの方だけだったのです。私たちを助けてかくまって、自分の手元に置いてくれたのは……」

「そうだね、知ってる。撫子様、優しかったもんね……ごめん。あの人のこと」

「……あの方は、本当だったら最後まで人間のままでいたかったのだと思います。この家が、あの方を人間でいられなくしてしまったので」

「そっか。あんた名前は?」

「……凪です」

「そっか、凪。あんたの主の敵を取りに行くけど大丈夫? 本当はあんたを外に送り出してあげたいけど、もう事が終わるまで出してあげることが難しいと思う」

「大丈夫です! 最後まで見届けさせてください!」

「わかった……じゃあ行こう!」


 こうしてほのかは、凪の案内を聞きながら走っていた。


(……黒斗、無事だといいけど)


 鬼との戦いがどうなっているのか、ただ死臭が漂ってきてないことだけが、生の証だった。


****


 鬼の出現により、陰陽師たちの激しい戦いが繰り広げられていた。


「急急如律令──召喚天泣!!」


 燐火に対処すべく、皆が皆、自分の手持ちの術式を召喚し続けていたのだ。

 白虎の一族により雨が降り、鬼の起こした燐火は消し去ったかのように見えたが。鬼はせせら笑う。


「利かぬわ。これしきの雨で俺の火が消し去るとでも?」


 鬼の神通力により、燐火が雨に競り勝とうとする。それどころか、燐火と雨が混ざった途端に暴風になり、その暴風をいともたやすく自身に巻き付けるのだ。


「これが貴様らの力だ。返すぞ」

「ぐっ!!」


 結界で暴風をどうにかギリギリ防ぐものの、今度は風になぶられて視界が遮られ、鬼を目視することができなくなっている。

 その中、黒斗は鬼との戦闘には参加せず術式を書いては、一枚ずつ場に貼り続けていた。


(……仮に変若水がこの場に届いた途端に儀式が完成する。そうなったら詰む。いったいなにをする儀式なのかまではわからないが……不老不死の薬を三つも集めて行うような儀式など、ろくなものでもない)


 黒斗は戦闘はできても、肉弾戦は不得手だ。今どうにか札で視界を得た朱雀の一族……ほのかの親戚が刀を抜いて鬼に向かっているものの、鬼が固過ぎて未だにまともにひと太刀すら浴びせられないでいる。

 本当ならば、彼女にはこちらに戻らず、そのまま瑞樹邸で働く陰陽師の血筋とは無縁の者たちと屋敷を離れて欲しいが、それは無理だろうと諦めている。子を成すことで離そうとしたものの、それをわざわざ禁則技を使ってまで抵抗するような女なのだから。

 だから、彼女がこちらに来るだろうことを織り込んだ末に、術式をこの場に刻み続ける必要があった。

 既に瑞樹邸に張り巡らされていた結界は、陰陽師たちの突撃と鬼の出現によりガタガタになってしまい、逆に言ってしまえば、黒斗にも付けいる隙ができたからこそ、こうして術式の上書きができている。


(あとは……ほのかが来るかどうかだが……)


「黒斗……!!」


 明らかに非戦闘員を俵抱きして、ほのかが走ってきたことに黒斗はギョッとした。


「ほのか……お前いったいどうした。あと彼女は……」

「彼女は凪、撫子様の側仕えだった人。既にあたしのいたほうでは瑞樹家の人間たちが襲いかかってきたから、あんなところに放置する訳にも行かないから連れてきたの……撫子様からの予言……この儀式を阻止しないとこの国終わるって」

「……そんなことだろうとは思ってたが」

「……やりたい放題してくれてるじゃない、あいつ」


 ほのかはやっと凪を降ろすと、黒斗は「失礼します」と彼女に何枚も札を差し出す。


「あ、あの……これは?」

「形代です。万が一異形から襲われた場合、これが身代わりになりますから。この場は危ないですが、どのみちここは戦場ですから、せめて得物を持っているものに近付かぬようお願いします」

「はっ、はい……!」


 あからさまに凪は顔を引きつらせつつも頷くのに、ほのかは再び刀を引き抜く。


「それで、作戦はあるの?」

「ここにはお前におあつらえ向けの術式を大量に敷いた。あとは好きにしろ」

「好きにしろとか言われた」

「お前に細かい作戦は無理だとわかってる。そのまま行け」

「はあい!」


 刀を煌めかせ、彼女は走り出していた。朱雀の者たちはギョッとした顔をして振り返る。


「ほのか……!」

「来たよ! じゃあ、鬼を屠りに行きますか!」


 戦場も今や、祭りの舞台と化していた。

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