まずは共同生活

 車が走ること一時間。

 ふたりが辿り着いたのは、別邸であった。

 それぞれの五行の一族が金を出し合い、人手不足の陰陽師たちに早めに子作りをさせるために用意した場所である。これを南雲あたりに聞かせたら「下世話」と一蹴しそうなものだが、異形を孕むおそれのない縁談で、まとめて子をつくろうという上の考えもわからなくもないのだから困る。

 そして黒斗と一緒にほのかは車を降りていくと、「お帰りなさいませ」と早々に使用人たちに出迎えられてしまった。皆、それぞれの家から用意された使用人である。


「……多分短い滞在になると思うが、よろしく頼む」

「はあ……ですが子ができるまでは、ここに滞在を……」

「この婚約は、異議申し立てが通ったら終わるはずだから。五行の相性が悪い者同士だと、そもそも子をつくろうとしたら負担が大き過ぎるから無理だ」

「はあ……」


 使用人たちの中には、そもそも陰陽寮の学府に通っていたら学べる基礎教養もない者たちもいるのだから、いきなりそんなことを言われても困るだろう。

 ほのかは黒斗に「ちょっと、物の言い方!」とうなじを抓り上げる。それに黒斗はむっとする。


「俺は間違ったことを言ったか?」

「言ったわよ、この陰険っ! 知らないことを捲し立てられても困るでしょうが! すみません、あたしたち、この婚約に問題あるんじゃないかと、麒麟の巫女に問い合わせますんで。正式な婚約がまとまったら、また来るとは思いますが、まだまとまりませんから……」

「はあ……そうだったんですか? 今まで麒麟の巫女が占いを間違うなんて話、聞いたこともありませんけど」


 使用人のひとりにそう言われてしまった。

 ひとまずふたりは学府から持ち帰ってきた荷物を使用人に運んでもらいながら、部屋に向かった。庭は庭師により綺麗に切り揃えられた松に、池。池には鯉がポシャンと泳いでいる。

 その中、ふたりは一旦学府で配布されていた水干からそれぞれ着替えに部屋に行った。ほのかは普段着にしているのは銘仙の着物に袴を合わせている。腰には刀を提げて、そのまま広間に出て行った。

 黒斗の普段着は着流しだった。その横に座った。


「それで……麒麟の巫女の返事を待ってから行動するとして、どうするの」

「どうとは?」

「……他の子たちの婚約まとまった場合、あたしたち浮いちゃうじゃない。実家の説明とかどうするって話。アリバイとかつくっとかないといけない?」


 一応夫婦の仮契約で、営みをしたけど無理だったと大義名分をつくらないといけないのかと思ったら、それはそれでほのかは嫌だった。


(相手がこいつなのもそうだけど……無理ってことを証明するために子作りも、なんかほんっとうに嫌!)


 そもそも日頃から宿敵と思っていた相手と子作りしろと言われても、ほのかも嫌だが黒斗のほうはどうなんだという話であった。

 黒斗は白い髪を触りながら言う。


「……それはお前に負担がかからないか? ただでさえ、水が火に強いのは明白。どう考えたって、負担も負荷も請け負うのはお前だろうが。いくら子をつくるのが第一とはいえ、占いに不備がある内はしない」

「そりゃそうなんだけどさあ」

「そもそもの問題。お前は陰陽師の中でも、ほとんど術式使えないのに、得意の刀を振るうことができなくなってどうするんだ。身重で刀なんて振るわせられないだろ。麒麟の巫女に問い合わせ終わるまで、事に及ぶとかできるか」


 その言葉を、ほのかはポカンとして聞いていた。

 日頃からこのふたり、首席を奪い合って、魑魅魍魎を屠り合っていた仲だ。その上、彼女の脳筋っぷりをしょっちゅうなじってきたのだから。


「……てっきりあんたのことだから、子作りは陰陽師の職務だからと、その場でやられるとばかり思っていたんだけど」

「だから刀提げてきてたのか」


 黒斗は心底呆れ返った顔で、腰の刀の柄からちっとも手を離さないほのかを眺めた。それにほのかは言う。


「あたしだって、子作りが職務なのは知ってます! うちの業界人手不足だから子作りが急務なのも理解してます! ただあんたとしたら死ぬだろうから、あんたが職務とか言い出したら斬り殺してやろうと思ったの。悪い?」

「だからする訳ないだろ。そういうのは未来の夫には言ってやるなよ?」

「あんたじゃないんだから言う訳ないでしょ!?」


 これだけさんざん猥談を重ねていても、色っぽい雰囲気にはならない。どうにもこのふたりは、互いが間違って選ばれたのに、事に及ぶのは駄目だろうというところで、意見が一致してしまっていたのだ。


(……まあ、いっか。こいつがあたしのこと抱く気がないんだったら、このまんま占いの間違いが訂正されたら、その相手のところに行くって感じで)


 普段なら、別邸に来たら早々祝言を挙げ、子作りが終わるまでは滞在というのが陰陽師たちの習わしだったのだが。

 ふたりが「この婚約は間違いです。これから麒麟の巫女に訴えます」と言っているせいで、使用人たちも困り果てて祝言の用意ができず、結果として、ご飯と湯浴みの準備以外はなにもなかったのである。

 長いこと陰陽寮でくたくたになるまで鍛錬をしていたので、久々のゆったりと落ち着いて食事を摂り、湯浴みをすることができたほのかは上機嫌であったが。

 ふたりは使用人たちが気を遣って敷いてくれた布団を、なんとも言えない顔で見ていた。


「……使用人の人たちに気を遣わせちゃったね」

「……わざわざそこまで気を遣わずともよかったのに」


 部屋には布団。わざわざ敷居を用意してくれたのならば、部屋を分けてくれたらよかったのに。使用人たちも、上からは「子作りが終わるまでの世話」と聞かされているのに、しばらくの主たちに「婚約は間違い」と言われてしまったのだから子作りしない。でも子作り終わるまでの世話ができないとしたらどうしたらいいんだと考えた末、折衷案で同じ部屋で、敷居をつくろうという形になったらしい。

 浴衣姿のほのかは、同じく浴衣姿の黒斗を見た。ふたりとも結っている髪を寝る前だからと解いている。ほこほこと湯気が昇っているのだが、並んだ布団で冷や水かけられたような気分なため、どう反応するのが正しいのかわからないでいた。


「ここから先、入ったら斬るから」

「わざわざ寝所にまで刀を提げてくる奴があるか。馬鹿なのか。そういえば馬鹿だったな」

「人のことを馬鹿馬鹿言わないでちょうだい、陰険」

「誰が陰険だ……明日の朝、すぐに麒麟の巫女のところに向かう。それまでに身支度整えておくように」

「わかってますよぉーっだ」


 舌をべぇーっと差し出して、渋々灯りを消して布団の中に入った。

 ほのかは小さく「はあ……」と息を吐いた。

 今頃、同期たちはそれぞれ与えられた別荘で、夫婦の契りを交わしているんだろうか。そう思うと、自分たちの寝るだけの時間が不毛だと思ってしまう。

 好きでなくても、いつかは情が通い会うかもしれないと信じながら、相手に合わせる。そういうものだと学んできたほのかからしてみると、婚約した相手が、よりによって絶対に負けたくない黒斗だったのは不運とか不幸とか以前に「本当に嫌」だった。


(あたしは負けたくなかったのに。玄冥にだけは絶対に……)


 たとえ五行の関係でどだい無理じゃなかったとしても、彼に組み敷かれるのだけは絶対に嫌だった。他の人とだったら、こんなものかと諦めがついただろうが、彼とはずっと張り合ってこれたのだ。そんな彼に下に見られるのは嫌だった。

 だんだんと悔しさで涙が出てくる。麒麟の巫女から婚約を告げられたときにすら出なかった涙が、目尻にポロポロと流れてくる。

 自然と嗚咽が漏れる中、本当に小さな声が聞こえた。


「……すまなかったな。使命を果たせなくって」

「……え?」

「ちゃんとした相手とだったら、お前もこの夜の内に契りを交わせていただろう。不毛な夜を過ごさせて済まなかった」

「……なんであんたが謝るの」

「陰陽師の使命は、難しいな」


 ほのかの質問に、黒斗は答えなかった。ほのかはなんとも言えず、敷居の向こうで寝ているはずの彼のことを考えた。そのまま彼女は黙って寝返りを打った。


(……謝られた。あの玄冥に)


 それはすごくもやもやすることだった。なにがそこまでもやもやしているのかは、ほのかにも理解ができなかったが。

 魑魅魍魎を屠りたいと思った。なんだか腹が立ち、イライラとするのだから、当たっても誰にも文句の言えない相手が欲しかった。

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