夜の奥で君を想う
@chimovtuber
夜に想う
夜の部屋に、音がない。
時計の針だけが、時間をなぞるように刻んでいる。
この部屋には、もう君が来ることはない。
名前を呼べば、遠くで何かが響くような気がするのに、
誰もいない。何もいない。
ただ、僕だけが、置いていかれた。
君がいなくなった朝のことを、僕は思い出せない。
気がついたら空は青くて、目の前には、
“もういない”という事実だけが残っていた。
あの瞬間から、僕はずっと夢を見てる。
息をして、歩いて、誰かと話して、
でも何ひとつ、本物じゃない気がしている。
僕の頭の中に生きる君と
記憶でつながり続けていたい
ごめんねって伝える度にその言葉が現実か夢かわからなくなっていく
ふと、君の笑い声が耳の奥で揺れる。
反射的に振り返ってしまう癖が、まだ直らない。
混濁する意識の中で
君が笑ってくれたのは夢だった
今起きている時間がほんとうなのかわからなくなっていく
夜になると、少しだけ、君に近づける気がした。
街灯も、人の声も、すべてが遠ざかって
僕と君の間にあったものだけが、静かに浮かび上がってくる。
でも、夢の中ですら、君は手を伸ばさない。
いつも少しだけ遠くで、
あのときと同じように笑っている。
どこまでも夢が続いている
どんどん混じって
絵の具を垂らした水みたいに境界線の滲んだ世界の中にいる
君に触れられないなら
僕も、夢の中にいたいと思った。
現実の方が、よっぽど夢みたいに曖昧で、
痛みだけが本当だった。
僕は
混ざりあってしまえばいいと 願う
僕が
忘れなければいいと 願う
僕は
…
何度も、君の声を思い出しては、
その輪郭をなぞりながら崩れていく自分を感じていた。
忘れることは、裏切ることのように思えた。
でも、忘れないままでは、僕は進めない。
君が見たら、きっと笑うだろう。
「まだ泣いてるの?」って、あきれた顔をするんだろう。
ねえ、
君に会いたい。
でも、君に胸を張って会えるように、
僕は、ちゃんと生きていたい。
夜に想う。
君の声を、ぬくもりを、
失ってしまった全てを、
確かにあったと思えるように。
朝、窓を開けたら、
風が春の匂いを運んできた。
もうそんな季節なんだと、僕は少しだけ驚いた。
君がいなくなってから、何度季節が巡ったかもよく覚えていない。
カーテンの隙間から差し込む光がまぶしくて、
僕は思わず目を細めた。
駅前のベンチに腰かけて、ぼんやり空を見ていた。
前を通り過ぎる制服の女の子たちが笑いながら話してる。
それだけで、ほんの少し泣きそうになった。
君がくれた、小さな日々。
何気ないひとこと。
喧嘩のあとの沈黙。
コンビニの明かり。
それら全部が、今も僕の中で呼吸している。
思い出は痛みを伴うけれど、
その痛みごと、僕は君と生きてきたんだと思った。
くだらない話の途中とか、ライブ終わりのアイスを食べた時とか、
電車がちょうど来た時とかに、
「はー、生きてる〜」って、気だるそうに僕たちは笑っていた。
別に深い意味があったわけじゃない。
大事にしなくてもよかったのに、
なんでか今になって、
それがいちばん大事な言葉に思えてる。
そしたら、不意にふっと笑ってしまった。
横を通った男性がこっちをちらりと見た。
僕は「ごめんなさい」って小さく言って、
目をおさえた。
涙じゃなくて、ただ、そのときの空がちょっとまぶしかっただけ。
君のことを、忘れたくはない。
君のことを想いながら、僕はこの世界を、もう一度ちゃんと見てみたい。
春の風も、猫の声も、コンビニのレジ音も、
全部が君と見た風景につながっている気がするから。
君がもう歩けない道を、
僕は歩いていく。
君が見られなかった空を、
僕は見上げる。
君が残してくれた言葉を、
僕はちゃんと、覚えている。
だから僕は今日も、夜の奥で君を想う。
そして…
君が教えてくれたこの世界で、
そっと、深く、息をしている。
夜の奥で君を想う @chimovtuber
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます