第8話 雨に溺れる

 緑一色の平坦な野原。やがて緑は土に乾き、砂が大地を埋める地帯。忘れられた地、ケヘラ砂漠を三人は歩いていた。手から零れ落ちる軽さをしておきながら、集った砂は硬く重い。一歩進む度に、踏みしめる足の疲労が確かに蓄積していく。       




 問題はそれだけではない。このケヘラ砂漠が普通の砂漠地帯と違うのは、特殊な環境にある。空に太陽が昇っていながらも、まるで暗雲から降り注ぐような豪雨が雲一つない空から降り注ぐ。降る雨が何処から来るのか、そしてこの雨が純粋な雨なのか。その真実を知る者は、今はこの砂漠に埋もれた都市と共に眠っている。




 この奇妙な環境下に振り回されるミチルとジジ。一方で、ノボルは構わず前へと進むのみであった。




「兄貴は、流石だね……全然、堪えてないや……」




「だからこそ足並みが揃ってないわけだけど……ねぇ、ノボル! ちょっと休憩しましょうよ!」




「雨を凌ぐ場所は無い。今はここを抜けて、その先で休む」




「ここを抜けるって、もう一時間以上は歩き続けてるけど……?」




「ならここで野垂れ死ね」




「……兄貴って、昔からあんな感じなの?」




「そうよ……」




 ノボルは後ろに振り返ると、限界を迎えようとしている二人にため息を吐き、肩に担いごうとした。




 その時、少し離れた砂丘の上に、黒い人影を見た。それは三人を監視するような佇まいで、遠目から見ても異様な存在であった。




 遅れて二人も黒い人影に気が付くと、それは砂丘を下って、三人のもとへ駆けてきた。段々と姿形がハッキリとしてきた人影の正体は、異様に背丈がある人型の黒い布。ノボルは二人の前に立ち、駆けてくる黒い布を迎え撃つ気でいた。




 黒い布は三人と一定の距離で足を止め、空洞の顔からノボルに話しかけてきた。




「この地を身一つで渡るとは、命知らずなものだな」




「問題無い。この程度、俺達なら渡り切れるさ」




((勝手に同レベルにしないでほしい……))




「その言葉、アレの存在を知らんようだな。ここには元々、巨大な都市があり、巨人族が暮らしていた。しかし厄介な神秘に目を付けられ、巨人族をも巻き込んで都市を砂で埋め尽くした。この雨も神秘が未だここに鎮座している証拠だ」




「過去の悲劇など俺達には関係ない。もういいだろ。俺達は先へ行く」




 ノボルは二人を肩に担ぎ、歩き始めた。雨で濡れた砂は足取りを重くさせ、一歩進むだけでも体力が消耗してしまう。雨と汗が混じりながら、ノボルは進み続けた。




 すると、先程話しかけてきた黒い布が軽快な足取りでノボルを追い抜き、行く手を阻んだ。




「ハァ……まだ何か用か?」




「警告だ。無知のまま進み続けても、無意味しか得られない」




「意味の分からん事を」




「連れの二人が静かな事に気付いていないのか?」




 その言葉がキッカケで、ノボルは違和感を覚えた。肩に担いでいた二人が、やけに重く感じる。一度肩から下ろして二人の様子を診ると、二人は溺れていた。降り注ぐ豪雨が肌に侵入し、体の内を圧迫していたのだ。口や鼻から水が漏れ、まるで涙を流すように眼から水を流している。




 ノボルは急いで二人の体から水を抜こうとするも、自身の体内でも同様の現象が起き、大量の水を吐き出すと、その場に倒れてしまった。








 ノボルが目を覚ますと、そこは暗闇であった。僅かに空いてる穴から流れ込む空気の匂いとは別の、生物の臭いが漂っている。




「目を覚ましたか」




「……ここは?」




「私の体内。今は君達の安全地帯と言っておこう。ここに留まる限り、雨の影響を受けない」




「腹の中ってわけか。何故助ける?」




「君達は無知だ。あのまま見捨てていくのは心が痛む。それに久方振りにマトモに会話が出来る」




「布の癖に、心はあるのか」




「そこの獣人は覗いて、君達は外から来た異邦人。異能を宿す者であろう?」




「ワタルを知ってるのか? アイツは今何処にいる?」 




「名は知らぬ。だが君達に似た種族は最近になって再び目にするようになった。その影響はかつての時と同じく、停滞していた世界を動かしている」




(俺達以外にも、この異界に来た人間がいるのか?)




「君が求めるワタルを知らない。だが君達と同じ種族がいる場所まで案内しよう。それまでは、私の中で休むといい」




 異質な容姿からは想像もつかない優し気な声。何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうが、外に出ても雨に溺れるだけ。ノボルは黒い布の提案を受け入れ、今一度目を瞑るのであった。

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パラモネシア 異界への渡り橋 夢乃間 @jhon_

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