第6話その先には

電車が小さな駅に止まるたび、俺は何度もスマホを見た。通知はひとつもなかった。検索履歴には、“ユナ 本名”“行方不明 女性”“児童施設 死亡”と打ち込んだ言葉の痕跡が並んでいた。


 終点近くの小さな町。駅前はコンビニと花屋だけ。施設までは歩いて十五分。足元の砂利道が、まるで過去に戻る道のようだった。


 施設の受付で、職員に声をかけた。

「ユナ、という女性が来ていませんか。彼女が、以前この施設に預けていた子どもに会いに来ると言っていたんです」

 若い女性職員は、眉をひそめた。

「ユナさん……すみません、少し確認します」

 奥に引っ込んだ職員が戻ってきたのは三分後だった。その顔色を見て、俺はすべてを察した。

「ユナさんは……三日前に、外泊申請を出して、お子さんと一緒に外出されました。」

「……それっきり、戻っていない?」

職員は小さく頷いた。


 近くの交番を回り、周辺のビジネスホテルや駅の監視カメラの位置を確認した。民間施設の防犯映像、コンビニ、街灯の角度。現役時代の動きが、体に蘇る。けれど、俺がたどり着いたのは、“手遅れ”の事実だけだった。



 三日後、ニュースで流れた。


 「地方の廃屋で、母子とみられる遺体が発見されました」


 焼け跡。煙の匂い。二つの体。身元を示すものは何もなかった。けれど、捜索願の名前と、遺体の特徴、そして――折れた煙草の箱。


 警察署の小さな取調室で、俺は元同僚に事情を聴かれた。懐かしさも、軽口もなかった。

「……元刑事ならわかるだろ。

 これが、自殺と他殺のどっちに見える?」

俺は、何も答えなかった。ただ机の上の煙草を見つめていた。それは、ユナがいつもくれたやつと同じ銘柄だった。ノートがひとつ、廃屋の残骸の中から見つかった。水に濡れて滲んだ文字。子どもの落書きのあとに、数行の大人の文字があった。


 ごめん。

 あの子をひとりにはできへんかった。うちは、誰かに赦してもらいたかっただけやのに。でも、赦される方法が、もうわからんかった。煙草、最後まで吸えへんままで、ごめん。


 葬儀はなかった。身寄りもなく、火葬だけが行われた。俺は骨壺の前に、一本だけ煙草を置いた。火はつけなかった。


 その夜、俺は駅のベンチで煙草を咥えた。風が強かった。火はなかなかつかなかった。十回目のカチ、でようやく小さな火が灯った。


 煙はまっすぐに昇った。




 でも、その煙の先には、何もなかった。

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