◆3/灰の中で――

 ポットのお湯が冷めきってしまった頃、目を赤く腫らしたかがりが、リンネからゆっくりと離れていく。

「……すみません。子供みたいに……」

 照れくさそうに、でもどこかスッキリしたような表情で笑う。

「構わないわ。可愛かったから」

 リンネが悪戯いたずらっぽい表情を作る。

 さっきのローズティーより顔を赤くした篝が、慌てて「いじわる!」と反応した。


「少しは落ち着けた?」

「はい。ありがとうございます」

「良かったわ。……それじゃあ、ここからは少し固い話」

 居住まいをただすリンネに、篝にも少し緊張が走る。


「あの子との――夕霧との戦いの最中、なにか違和感はなかった?」

 篝は少し考え、そして答えた。

「ありました。黒斧が重いというか、わたしの動きに遅れて反応しているような」

「やっぱり……。スズネがまとめた戦闘時のデータを見たのだけど、黒斧との接続が約3割も落ちていたわ」

「……そんなに?」

 よく生きて帰ってこれた、素直にそう思う。夕霧との戦闘を思い出し、今更ながら首筋に冷たい汗が流れた。


「改良した黒斧にはね、土御門つちみかど家の呪術回路を組み込んであるの」

 以前、リンネから受けた説明を何とか思い出す。

「感情とか、魂とか。そういった目に見えない力を装者へフィードバックする……」

 自信なさげな篝の答えに、リンネは「その通りよ」と微笑む。

「一応の制御は出来ている。けれど、構造や理論の大部分は解明されていない。土御門家が滅んだ時に、一緒に文献も散逸してしまったみたいなの」

 眉間にしわを刻んだリンネが続ける。

「オニに対抗するためとは言え、よく分からない技術よ。正直、技術者としては不満だわ」

「でも、わたし達の安全の為に組み込んでくれたんですよね」

「わたしの不満なんて、あなた達を危険に晒すことに比べれば取るに足らないことよ」

 渇いた喉を潤すように、リンネはハーブティーをひと口飲んだ。


「そして、ここからが本題。今回のあなたの不調は、呪術回路からの出力低下が原因と考えられるわ。つまり――」

 リンネの言葉を篝が引き継ぐ。

「わたしが後悔にのまれていたから。そして、迷っていたから」

 一瞬、目を丸くし言葉を失ったリンネが、すぐに表情を緩めて言葉を返す。

「そうなるわ。でも、もう大丈夫かしら?」

 篝は目を伏せ、少し逡巡を巡らせた様子を見せる。

「まだ、正直迷っています。後悔もあります」


「けれど、今度は手を伸ばしてみようと思います」

 灰の中に眠る火種が、ほんの少しだけ赤く輝いた。


「頑張って。でも、無理はしないでね」

 そう言って、リンネは篝をもう一度抱きしめた。

「はい。ありがとうございます、リンネさん」


 部屋に広がる和やかな空気を、サイレンが切り裂く。

『緊急事態発生。すべての職員は各部署の指示のもと、対応に当たれ』

 簡潔で端的な、それでも多分に緊迫感を含んだ声がスピーカーから聞こえてきた。

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