悪女、忠告する
私たちの所属するギルド「
「それだけアルさんはギルド長に評価されてるってことですね!」
「それは素直に嬉しいわ。あの人の見る目に間違いがなかったことを証明するためにも、気合いを入れていかないとね?」
「アルさんなら大丈夫ですよ! 私もここから応援してますね!」
「ありがとう、ミア。貴方の応援もあれば百人力ね」
そう言って微笑めば、ミアは照れくさそうにはにかんだ。こういうところがミアの愛されるところなんでしょうね。
「……さて、と。レクイエス、準備は良い?」
「あぁ、いつでも行ける。……が、何か不審な気配を感じるな」
「不審な気配?」
「魔物以外の生体反応、と言った方が正しいか」
レクイエスは試験会場の洞窟を見やる。
試験の内容はこの洞窟を住処にする魔物シャクヤコウモリの討伐だ。小型の魔物ながらいかんせん数が多く、契約獣との連携が大事になるとのことから試験に選んだ、とカリスさんは言っていた。
「魔物以外の生体反応……何かイレギュラーな事態でも起きているのかしら」
「それはわからん。が、お前は必ず俺が守る。決して俺の側を離れるなよ」
「頼もしいわね。もちろんそのつもりよ」
レクイエスは頷いて洞窟の中に入っていった。私は松明を手にレクイエスの後に続く。
洞窟の中は不気味なほどに静まり返っていた。シャクヤコウモリが大量発生している、と聞いていただけに少し拍子抜けしながら歩いていると、急にレクイエスが私の歩みを制した。
「静かに。人間がいる」
「人間? こんなところに?」
試験を行う以上他の冒険者が立ち入れないようにする、とカリスさんは言っていた。そもそも魔物が大量発生している洞窟に近寄る人なんてそうそういるはずもない。
けれどレクイエスを信じないという選択肢はそもそも私の中に存在しない。ここは彼の言う通り声を潜めさせてもらう。
「俺の後ろに隠れていろ。……しばらく様子を見ていた方が良さそうだ」
レクイエスと一緒になるべく音を立てないように岩陰に移動する。岩陰からこっそり人影の方を覗き、様子を見ようとして──私は呆れた。
「エリオットじゃない」
シャクヤコウモリの群れに襲われている人間の集団。その正体は先程私たちを散々見下してきたエリオットとその従者たちだった。従者たちはエリオットを守ろうと必死なようだけど、そのエリオットは我が身可愛さで従者たちを平気で盾にし和を乱しているため、従者たちはシャクヤコウモリの攻撃を何度もモロに受けている。
さらに彼らの騒ぎを聞きつけてシャクヤコウモリ以外の魔物も加わっている。これを大惨事と言わずして何と言うんでしょうね。
「あらかた私の妨害でもしようとしたんでしょうね。どうやって試験会場を特定したかはわからないけれど」
「アル、どうする? 放っておくか?」
「んー……」
正直放置したい気持ちは山々だ。こんな事態を引き起こしたのはエリオットの自業自得以外の何物でもない。これまでのアルストロメリアへの仕打ちや、さっきの言動からして私が助けてあげる道理なんてものは何一つ無い。
けれど。
「助けてあげましょうか」
「……良いのか?」
「えぇ。これも良い機会だと思うわ。──貴方の力、見せつけてあげましょ?」
私がニコリと笑いかけて岩陰から出ると、レクイエスは慌てて私についてきた。私を追い越し、守るように歩を進めていく。
「俺の後ろから出るなよ」
「えぇ、わかっているわ」
突然現れた私たちに驚いたのか、シャクヤコウモリの群れはターゲットを私たちに定めてこっちに向かってくる。鋭く尖った牙を剥き出しにし、翼をはためかせて一気に距離を詰めてくるその姿に恐怖する人もいるんでしょう。
でも、相手が悪かったわね。
「邪魔だ」
レクイエスが軽く腕を振るえば風が巻き起こり、シャクヤコウモリの群れを一匹残らず風の渦に閉じ込めた。レクイエスは風の渦に近づくと、渦に向かって手のひらを向ける。
「燃えろ」
その一言で風の渦には火の粉が混ざり、シャクヤコウモリの体を焼いていく。耳障りな叫び声をあげてシャクヤコウモリは渦から出ようと必死にあがくけれど、もがけばもがくほど火の粉が纏わりついて炎が広がっていく。
次第に叫び声は聞こえなくなり。風の音だけが響く洞窟に、シャクヤコウモリの大量の死骸だけが遺される。
「終わったぞ、アル」
「お疲れ様、レクイエス」
レクイエスは巻き起こした風の渦の前で腕を振り、風を止ませた。ボロボロなエリオットと従者たちと対照的に、レクイエスには傷一つついていない。
「は……おま、」
「あぁ、念の為言っておくわ。別に貴方を助けたわけじゃないの。試験のついで、というやつね。これに懲りたら試験を受けてる人の邪魔をしてやろうなんて思わない方が良いわ」
「!? なんでバレ──」
「あら、本当にそうだったの? カマをかけてみただけなのに案外簡単にボロを出すのね」
これには笑いが止まらない。思わずクスクスと笑う私を、エリオットはわなわな震えながら見ている。
「お前……」
「なぁに? いざ魔物に出くわしたら自分の身を守ることばかり優先して従者を危険な目に遭わせた上に立つ者失格さん。こういう時のために学校で身の守り方を習ったんじゃないの? 一切身についてないことをこれでもかと見せつけられたけど」
「こっちが黙ってりゃ──!」
パァン!
洞窟内に乾いた銃声が響き渡る。このファンタジー世界にあるまじき音の出処──それは私がレクイエスから与えられた、彼の魔力で編んだ銃以外にありえない。
銃から発射された魔力の弾は、いきなり立ち上がって私に襲いかかろうとしたエリオットの頬をかすめ、後ろにいたシャクヤコウモリを貫いた。頬から一筋の赤い線を流すエリオットは、何が何だかわからず目を丸くしていた。
「痛い? 念の為教えておくと、アルストロメリアは貴方の心無い言葉にもっと心を痛めていたのよ。どれだけ心が血を流しても、私以外それに気づく人はいなかった。……アルストロメリアを傷つけ続けた報い、ここで払っていく?」
「ひっ!?」
「私は別に構わないわ。殺人者になろうが何とも思わないもの。ただ一つ、生き永らえたいのなら身の振り方というものを学んでおくことね。──これは忠告よ。貴方がここまでされても何も思わないような馬鹿でないことを祈るわ」
私はそれだけ言い残し、レクイエスとともに洞窟を去った。
悪女、無能令嬢に転生する 夜野千夜 @gatatk
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